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第72話
安心した途端 お腹を鳴らした俺に、「そう言えばお昼がまだだったね」と、あきくんと似た柔らかな笑みを浮かべて、お父さんがお寿司を頼んでくれた。
大好きなサーモン、いくら、甘エビ、それに中トロ。
もう全然反対されてない、超ウェルカム状態って分かっちゃったら、「成長期なんだからいっぱい食べなさい」って社交辞令じゃない言葉に抗う術は無いよね!
「十碧はもう伸びなくて大丈夫だよっ」なんてあきくんの焦った声なんてシャットアウトで、お母さんがこれもこれもって寄せてくれたお寿司、頂いちゃうよね。
そんな訳で、俺は遠慮なく食べまくってしまった。
気付いたら、隣であきくんが目を丸くしてるくらい……
「いい食べっぷり。やっぱり男子高生はこのぐらい食べなきゃ駄目よね。陽や玲は食が細くてつまらなくて」
あああぁぁ………
やめてください、お母さんッ…!
つい調子乗って、あきくんの前で大食い披露しちゃうなんて………
あきくんの前では可愛い俺でいたかったのに…っ。メソメソ
「十碧君、痩せの大食いなんだなぁ。すごいすごい」
そう云う陽成さんは、燃費良いんッスね。朝もコーヒー1杯だったし。
その食事量でどうやったらそんなに背が伸ばせんのか教えて下さい。シクシク
「……あきくん、引いたよね…?」
「えっ…!? 引いてないよっ!」
その反応!
う~~、やっぱり引かれてるし!
「あら、ちっちゃい男ね」
「引いてないってば。…少し、驚いただけ」
それと“引いた”と、どう違うんだよぅ。
「十碧」
「……はい」
「今まで、僕の前でだけ食事量制限してた?」
「う……、そう…かも、しれないような?そうでないような…?」
「十碧君、好きな男 の前では可愛くいたかったんだよねぇ?」
「可愛いわぁ。その考えが既に可愛いわぁ」
陽成さんとお母さん、ごめんなさい、ちょっと黙ってて下さい。
今ね、俺けっこう いっぱいいっぱいなんだよ。
まあ陽成さんの言う通りなんだけども!
「じゃあ…ね、十碧。約束」
「やくそく…?」
「うん。これからは我慢しないで、僕の前でもたくさん食べて欲しい。それから、十碧が自分で我儘だと思って言いづらいなってことも、随時受け付けます」
「…アイスのダブル、一人で食べたいとかも?」
「暖かい時期ならいいよ」
「うちに来るとき、ついでにスーパーで牛乳買ってきて、とかも?」
「ふふっ。いいよ、買って行ってあげる」
「えー…。じゃあじゃあっ、今夜はおんなじ部屋なだけじゃなくて、あきくんのベッドにお泊りしたいとかでも!?」
「……前向きに検討します」
「やった!」
「じゃあ、今から、僕の前でも我慢しないで、沢山食べるように」
「…はっ!」
そうだった!
このやり取り、あきくんの前でだけ可愛ぶってはいけませんスタートだった!!
「………ふぁぁい」
なんだか上手く言いくるめられた感満載だけど、頭のいい人相手に口で勝てる気はしない。
渋々頷いた。
でもさぁ……
「俺、可愛くなくていいの?」
「え?十碧は可愛いよ?」
なにそのきょとん顔。そっちの方がよっぽど可愛いからね!
「なんかさ……男でもやっぱり、少食の方が可愛いじゃん」
怜も月都も、可愛い子はみんな少食だしさ。
「そんなことないよ。大食いでも可愛い子はいるでしょう?十碧筆頭に。それよりも、」
ふわりと目を細めると、あきくんは人差し指を立てて、俺の眉間に寄ってたシワを、軽くツンって突付いた。
「相手に良く見られたくて色々なことを我慢してたら、そのうち疲れちゃうと思わない? 心も、一緒に居ることさえも。
僕は十碧の全部をトロトロに甘やかしたいのに、遠慮されてたら淋しいし、大食いだって暴君だって、どんな十碧だって可愛いと思う。
もし十碧が人として駄目なことをやったり言ったとしたら、嫌だなって思いつつ我慢するんじゃなしに、それはいけないことだって、きちんと伝えるよ。十碧にもそうして欲しいって思ってる。
だから、十碧。僕たちはお互いを見せ合って、悪いところは正し合って、高め合って、愛を育んでいきませんか?」
正面から真っ直ぐに向けられた視線。
柔らかいのに力強くて、優しいのに真剣で。
言ってることはすごくすごく理想的なことで、
その伝え方は小っ恥ずかしいくらいのロマンチスト。
あきくんみたいに綺麗な人が口にした言葉だから普通に受け入れられたけど、西野なんかがおんなじコト言ってきたらアウトもアウト。6.4.3.ダブルプレーだ。特に「愛を育んでいきませんか?」なんてトコ。
でもなぁ……
理想の王子様なんだよなぁ。
そんな歯の浮くような、ドラマの主人公か!ってセリフに対する答えだって……、うん。
俺、一択しか思い付かないや。
「うん!育んでいきます!」
「───うん。よろしくお願いします」
その蕩けるような笑顔が見られただけで、受け入れた甲斐があったってやつです!
たとえ周囲からニヤニヤって、気になる視線を浴びせられたとしても。
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