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第82話

その自分勝手、自分本位な申し出に、怒りじゃなく、笑いがこみ上げてきた。 怒りが過ぎて笑いに転じたわけじゃなくて。 ただ、鞍馬だな…って。すっごく、“らしい”なって。 だからって、戻ってやるつもりなんて毛程も無いけどな! 「鞍馬だってさ、…分かってんだろ?」 「…どうだかな」 ニヤリと片方だけ口端を上げて笑う鞍馬は、漸くいつもの盗賊の頭よろしく。 「鞍馬、俺のこと好きだったって言ったよ。“だった”って。  もう俺が戻らないこと、知ってんだろ?」 「なんだよ、揚げ足取りか?」 気分を害した物言いをしながらも、その表情は変わらない。 「あのさ、俺、あきくんから告白された時、浮気されて何度泣かされても許しちゃう日々から卒業しませんか?って、言ってもらったんだよね」 「はあ?」 表情が崩れた。あきくんの話はタブーみたいだ。 けどさ、俺だって、ただ鞍馬の話を聞きに来たわけじゃない。 鞍馬の言い分だけ聞いて、納得して、じゃあまたね。なんて、それで終わらせられる話じゃない。 「だからさ、鞍馬も卒業しませんか?」 「なにから?」 「俺を裏切り続けてきた日々」 「っ、……」 「それから、好きな人がいるのに他の人と体を繋げること。恋人を自分の所有物みたく扱うこと。あとね、“俺”からも」 「………」 見つめる視線の鋭さは、センマイドオシの如く。 その温度は、青い炎。 つまり、あんまり見続けられると俺に穴が開きますよ!って言う! 「あんま睨むな」 恐いから、って続けると、舌打ちと同時にビシッとデコピンを入れられた。 今日これで何回目? 俺のおでこ、凹んじゃうじゃん。 「俺は戻らない。鞍馬だってそれは分かってる。じゃあ、さ…、前に進むしか無いじゃん」 「……こんで別れたら……また着拒しねぇか?」 鞍馬にしては弱々しいセリフ。それから、淋しそうな顔。 …………そっか。今わかったよ。 アンタほんとに、俺のこと、好きだったんだな…… だけどバカだから、色々間違えて、俺の気持ちを手放した。 今思えば、俺を見つめる鞍馬の眼差しはいつだって優しい色をしていたし、愛しさに溢れていたのかも。 本人に伝わってなきゃ、意味無かったんだけどさ。  いっぱい浮気されて、泣いたし悩んだし、なんで男に生まれてきたんだって眠れない夜もあった。 だけど女になりたい訳でもなくて。 だったらなんで、俺は男が好きなんだろうって…… 「鞍馬もさ、悩めばいいよ」 これは意地悪心や仕返しじゃなくて。 「いっぱい悩んで、鞍馬だけのたった一人の人を見つけなよ」 「それは、お前じゃないのか……トア」 「俺じゃないよ」 初めて向けられた縋るような眼差し。 俺はそれを断ち切るように、微笑んだ。 「だって、俺のたったひとりの人は、あきくんだもん」 「……そっかよ…」 グシャって自分の髪を掻き混ぜて、鞍馬は俯く。 「うん。ごめんね」 「……………」 「だからさ、ほら、鞍馬。鞍馬も笑ってお別れしてくんないと、十碧くん悲しくて泣いちゃうよ?」 「…………ばーっか」 顔は俯けたまま、手がニョって伸びてきて。 朝、一生懸命綺麗に整えた髪をグシャグシャに荒らされた。そりゃもう髪同士が絡むほどに。 「何キャラだそりゃ」 「えー?俺普段からこんなだもん」 「だもん とか言ってんじゃねぇよ。可愛ぶんな」 「可愛ぶってんじゃなくて可愛いの!つかさ、鞍馬は俺のこと、可愛いと思ってなかったのかよ?」 ぶーっ、ってほっぺた膨らまして鞍馬の顔を覗き込む。 鞍馬はちょっとだけ目を見開いて、それから悪戯っ子の顔になって。 「そう言や、可愛かったっけな」 ガブリ、と─── 「いっだーーっ!!」 俺の首筋に噛み付いた……!? 「ちょっ…!おまっ!ばかなの!?ばかなの鞍馬!?」 「あ? 無防備だったから噛んだ」 「いやいやっ、無防備だからってソレ噛む理由にならなくない!?」 「ザマーミロ」 「なっ…んだとぉ、このケダモノがぁーっ!」

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