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第9話
先輩と別れた足で、軽音部が部活動中の第二音楽室へ向かった。
早く帰ってちゃんと温まってよく寝るんだよ、なんて子供にするみたいな心配されて、最後まで家まで送ろうか、って気遣わしげな顔させちゃったけど。
でも、早めにケジメを着けたくて。
それぞれが思い思いバラバラに掻き鳴らす雑音の中へ足を踏み入れた。
「おー。トア、どうした?」
俺の姿に目を止めると、鞍馬は一般的なものよりもネックの長い自慢のベースを脇に置いて、こっちに向けて手招きした。
どうした?って、このタイミングで俺が会いに来たなら一体何が目的か、分からない筈もないだろうに。
「話がある」
それだけ伝えて足先を準備室のドアへ向ける。
「おい、アイツまた浮気したのかよ」
「わっりぃヤツだな。トアちゃんカワイソ」
耳を澄ませば聞こえてくる、他の部員たちの声。
今までは気にしたことなんて無かったけど、ほんとだ。皆に知れ渡ってたってワケな。
俺と鞍馬がコソコソ付き合ってたことも、俺が何度も浮気されてるカワイソウな奴だってことも。
俺に続いて準備室に入ってきた鞍馬が、ソファーにドカリと腰を下ろす。
「トア」
隣に座るよう呼ばれたけど、応えてなんてやらない。
今回ばっかりは本当に……許さないし、許せない。もう流されない。
「俺さ、鞍馬はノンケだと思ってたんだけど」
「あ?」
「女の体にしか興味ない男。だから、男の俺の体じゃ勃たないから、女と浮気されても仕方ないんだって…そう思ってた」
「ああ?今回のは洩れないトコでやったろうがオレは」
「は……?」
悪びれるでもない鞍馬の言葉。
眉間にシワを寄せて不機嫌そうな様に、その物言いに……
「いつもはバレるように浮気してたってこと?」
「誰から聞いた、お前?」
浮かんだ疑問と鞍馬の声が被さって、ソファーの上の男を信じられない目で見つめれば、
「お前が怒って泣くの見んのが好きなんだよ。で、誰だ?」
更に信じられない言葉を上乗せされた。
「……アサトが、自慢してきた…」
「チッ、…のヤロウ」
鞍馬が忌々しげに舌打ちする。
急かされて口にした名前は、クラスメイトのもの。鞍馬の直近の浮気相手。
この男子校において当然アサトも男で……だからこそ、許せなかった。
俺のことは抱けないくせに、女の子みたいに可愛いアサト相手なら食指も動くんだ。
なんだよ、男だからじゃない。俺だから、鞍馬は手を出さなかったんだ。
そう気付けば、笹谷先輩と別れてよ、って詰め寄ってくるアサトよりも、なんでか俺を離そうとしない鞍馬の方に腹が立った。
「アレだよ。地元で浮気すりゃ、同中の誰かしらが見て話題になんだろ?お前に話が行きゃあ、お前 怒って泣くだろーが」
「そりゃ泣くだろうよ!俺は、鞍馬が好きだったんだから!」
「したら、安心すんだろが」
「なんの安心だよ!?」
「お前がまだ、俺を好きだっつー確認だよ」
「はああっ!?」
なんだその自分勝手な言い分は!
そんなんで浮気繰り返してたって言うのかよ!?
「今回のは見せるつもり無かったから、近場で済ませたんだよ」
近場過ぎるわバカッ!!
「なんで……、なんでアサトに手ぇ出した?…鞍馬、男もイケたのかよ…」
「いや、オンナしか興味ねぇけど、お前のこともそろそろ抱いてやんなきゃ可哀想だろが。けど、そん時になったら萎えるかもしんねーだろ?本番で失敗したらお前凹むだろ」
「だから可愛い顔の奴で試したのか!?」
「そうそう。アレで勃つんならお前でもイケるわ」
「っ!───」
フザケんな!!
喉まで出かかった言葉を必死の思いで呑み込んだ。
悪気なんて欠片も感じてない表情 。
当たり前にいつも通り、俺が許して仲直り。そんな未来を疑ってすらいないんだろう。
「……バッカじゃねえの、鞍馬」
きっと鞍馬は気付いていないんだ。
「そんなこと、危惧することすらおかしいんだよ?」
自分の気持ちをちゃんと考えることもせずに、信じ切って。
「好きならさ、体なんて関係ない。男だろうが女だろうが、巨乳だろうが巨根だろうが、愛しいんだよ」
そんな心配してる時点で、アンタ俺に惚れてなんていないんじゃないか。
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