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第16話

枕元にスマホを置いてすぐ、ドアをノックする音が聞こえた。 「鈴原君、入るね」 「は~い」 先輩と桃缶だ! 浮かれて起き上がろうとして、 おっとダメダメ。 ベッドに背中をボスッと埋める。 先輩と、いいこで横になってる、って約束してたんだった。 「うん。よし、ちゃんと布団 被ってたね」 サイドボードにお盆を置くと、頭をよしよしって撫でてくれた。 大人しく寝ててよかった。 「じゃあ、いいこにしてた鈴原君に、ご希望のプリン」 「あ……」 そうだ。俺、何が食べたい?って訊かれて、真っ先に「プリン!」って答えたんだった…! なんでかすっかり桃缶の頭になっちゃってたけど。 「と、これも」 にっこり微笑むと、先輩はお盆に乗ってた白いボウルを少し傾けて中身を見せてくれる。 「…あ!桃缶だ!」 「十碧(とあ)は病気の時はこれも絶対に欲しがるから持ってってあげて、ってお母さんが」 「ふ…わわわっ…!?」 「よかったね。正解?」 いや、正解…ですけど、そっ、それよりも……!! 「……せんぱい…」 一瞬にして赤く染まった顔を隠すように布団に潜って、目をそっと覗かせる。 先輩は俺に目を合わせると、ん?ってクスリと小さく笑う。 「とあ、って呼んだ…?」 「え?…ああ、僕じゃなくてお母さんがね」 「……先輩も…呼ぶ?」 「とーあ、って?」 「……うん…」 伸ばして呼ばれた たった二文字の名前。 なにも特別なものなんかじゃない。 親も呼ぶし、親戚も、仲良い友達も、鞍馬にだって呼ばれてる、毎日聞いてる名前なのに…… 先輩が口にした、それだけで……… 胸がどくんって、跳ねたんだ。 「じゃあ、僕の事も名前で呼ぶ?十碧」 ……やっぱり…。とくん、とくんって鼓動が響く。 「……呼ぶ」 「なんて呼びたい?」 「……あきひとさま…?」 「ぶっ、なんで様付けなの」 だって先輩、王子様なんだもん。 「“様”以外で」 「えー……、じゃあ、あきくん」 「急に距離詰めてきたね」 提案した第二候補に、先輩は「なんだか新鮮」と、ふふっ、て微笑った。 「大抵は、(あき)かあっくんって呼ばれるから。十碧からだけの呼ばれ方って感じで、嬉しい」 「っ───、うん!」 「さ、桃缶食べようか。先にプリンがいい?起き上がれそう?」 「うん。桃缶食べる」 肘を付いて起き上がろうとすると、先輩が手を添えて手伝ってくれた。 「ありがとう、あきくん」 名前を呼ぶと、なんだか胸がソワソワした。 あきくんが、櫛切りにされた桃をフォークに刺して口元に寄せてくれる。 もう一人で食べられるくらい回復してるけど… 俺はおっきく口を開けて、甘い桃をパクンと一口で頬張ったのだった。

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