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第29話

ん……? なんかいい匂いする…… なんだろ……? 「……びーふしちゅう…?」 「惜しい。ビーフストロガノフ」 「すとろがぬす…」 「あー……うん。ビーフストロガヌスでいいか」 「良くないよ、兄さん。変な風に覚えたら、後で十碧が恥をかくだろう」 「でも、そんなところも可愛い、って思ってるクセに~」 「そんなことッ、……思って…ますけど…」 「なら、よくない?ガノフでもガヌスでも」 「だから、ちゃんと覚えてないと十碧が恥をかくんだってば」 美声の応酬。 耳がしあわせ。 「…んふふ」 「ん?面白いか?よかったなぁ」 「良くないです! 十碧、そろそろ起きないと風邪ひくよ」 ん……?風邪? つい最近もこの声で、風邪ひくよって言われた気がする……… 「もう6時半だよ」 「ん……、あさぁ?」 「よ~る。夜の6時半だよ。十碧、4時間以上眠りっ放し」 「よじ…かん…………、! っ⁉」 4時間眠りっ放し!? 「いま何時!?」 「だから午後6時半」 「寝過ごしたッ!!」 ていうか、寝るつもりなんて無かったのに───!!! あ、あれだ! 絶対、数字が大挙して俺に襲い掛かってきた所為だ! キャパオーバーで気を失ったんだ、俺!! 「気絶してましたっ!」 「うん。おはよう」 流された──! 「おはようございます…」 「おはよ。面白いなぁ、十碧くん」 お兄さんには笑われた…! 「病み上がりだから体力戻ってなかったのかもね。外で会わなくて良かった」 目を柔らかく細めてフォローをくれるあきくんは、やっぱり優しい。 いつの間にかソファーに移動していた(多分あきくんが運んでくれた)俺は、ぬくぬくふわふわ毛布から抜け出……ん、この毛布いい匂いする…、クンクン… 「……十碧? 毛布臭かった?」 「ううん。きもちいい」 「きもちいい…? ……臭くないならいいけど…」 軽く首を傾げると、あきくんは屈んで寝乱れた俺の髪を直してくれる。 「夕飯出来たから食べよう」 「あきくん 作ったの?」 「うん」 うわぁ!王子様の手作りごはんだ!! 「食べます!」 「食べ終わったら残りの宿題やって」 「げ…」 「げって言わない。終わったら家まで送っていくから」 お母さんには連絡済みだとあきくんは言う。 けど、母さん伝えてくれなかったのかな? 俺も、母さんには連絡済み…て言うか、相談済みなんだけど。 「あのね、あきくん」 よっ、とソファーから立ち上がって、毛布を羽織ったまま移動する。 持ってきたバッグを開いて、ついてきてくれるあきくんに中を見せた。 「制服と、下着の替えと、明日の授業の持ってきたんだけど、……泊まっちゃダメ?」 「えっ…」 「あきくん うちに泊まって看病してくれたし、俺もあきくんちに泊まりたいなぁって思って、用意してきちゃいました。……だめ?」 傍に立ってるあきくんを しゃがんだまま見つめて小首を傾げてみせる。 あきくんの家は、学校と最寄り駅が同じ。俺の家は急行で2駅、各駅で3駅の場所。 学校まで徒歩圏内のこの家で、あわよくば、明日少しだけ寝坊したいなんて思惑が欠片もないわけじゃないけど…。 それよりなにより、あきくんと もっといっぱい一緒に居たいんだよね。 さっきだって、眠っちゃった所為で、一緒の時間を4時間以上もムダにしちゃったし!(←自業自得) 「あきくんのこと、もっといっぱい教えてくれるんでしょう?」

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