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第6話

「翼様っ、た、大変失礼致しましたッ」 顔を青く染め慌てて居住まい正す上級生にましろは目を瞠る。 「僕に謝っても仕方がないだろう。君が今、心無い言葉で傷つけたのは彼だ」 「あ、僕はべつに、謝罪なんて」 振られた話にましろは思わず否定してしまう。出来ればこのまま消えてしまいたい。誰にも気付かれずに。 しかし、そんなましろの思いを知る由もなく上級生の瞳には再びましろが写った。 「……すまなかった、酷い言葉を言ってしまって」 「い、っ、いえ」 上級生の謝罪に再び注目が集まり、ましろは思わず胸の前で両手を握りしめた。もじもじと指先をくっつき合わせながら、小さく返事をするので精一杯だ。 嘲弄された事について、やはりそういうものなのだと思いはしても傷つきはしなかった。 自分の存在も扱いも、生まれた時からぞんざいに扱われていたせいで諦観するようになってしまったましろには罵詈雑言など日常的なものだったから。 「君はそういうだろうと思っていたけど。この学園にいる以上、謝罪できない間抜けな生徒を見逃すことはしたくないんだ。だから僕からも謝罪するよ」 「え?」 急な台詞にましろの頭はますます動きを止めてしまう。 突如現れ、ましろを守ってくれた青年──翼──はそういうと初めてこちらに視線を向け満面の笑みを浮かべた。 ましろはその笑顔を見て思わず息を止めてしまう。 柔らかなミルクティ色の髪に、煌びやかな翡翠色をした瞳。 眦の下がった瞳はおおらかで優しげにみえたが、どことなく悪戯好きそうでお茶目な印象もうける。 目の前の上級生やましろよりも背が高くて引き締まった体をしている青年はスタイルも良く、周囲の視線を惹き付ける美麗な色男だった。 なんだかお菓子のような人だ。 と、翼を見上げてましろはぱちくりと大きな瞳を瞬いた。 「君に不快な思いをさせてしまって申し訳ない。こんな始まり方で悪いけど、桜陽学園は君の入学を心から歓迎します。入学、おめでとう。これからの三年間がかけがえのない特別なものになるといいね」 眉をはの字にさげて謝罪をしたかと思えば、次には花開くように満面の笑みを向ける翼の姿は人懐っこい大型犬のようだ。 なんだかいたたまれない思いに駆られたましろは、翼に釣られてペコペコと頭をさげる。 「ふっ、可愛いなぁ」 「え?」 頭上から聞こえた言葉にましろは驚いて聞き返す。 だが翼は顔を横に振るだけでもう一度言うことはなかった。 可愛いだなんてそんな言葉、生まれて初めて言われたと、ましろの心は初めて知る違う焦りにどこどこと音をたてる。 青い額に赤い頬をしたましろの頭を、撫でて止めた翼は内緒話をするように小声で囁いた。 「ましろ君、特に僕は君が来るのを楽しみにしていたよ」 「あ……名前」 「ここの生徒会長だからね。なんでも知ってるのさ。僕の名前は向坂翼だ。よろしく」 パチリとウインクをして自己紹介をした翼は、石のように固まるだけのましろを連れてその場から歩き出した。

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