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第7話
「せっかくのめでたい日なのにごめんね。それにしても、しばらくの間は一人でいない方がいいかもしれないなぁ」
「え、え? あの、僕!」
翼によりあの場から連れ出されたましろは、目まぐるしい状況にもはや平常心は紙のようにどこかへと飛んでいってしまった。
ましろの心がめいいっぱいになっているひとつの要因には、未だ翼に繋がれたままの手もあるのだが、ましろは何がなにやら分からず引っ張られるままに足を進める。
必死に追いつこうとするましろだが、体力のない体は、同じ年頃である翼とは歴然の差だ。
「おっと、ごめん! 大丈夫?」
「っは、はい」
「全然大丈夫そうじゃないね」
話しかけても返事がないことに気づいた翼が足を止める頃には、ましろは冷や汗をかきフラフラの状態だった。
息はぜえぜえと音を立て、細い足はぷるぷると震えている。
情けないと落ち込むましろに、連れ回したことにしょんぼりとしている翼を気遣う余裕はなかった。
「そうだ! ちょっとあそこのベンチに座ろうか」
すぐ目の前にあるベンチに翼が向かう。
やっと体をやめる事が出来たましろは、一息ついたところで改めて翼を見上げた。
「あ、あの、さっきはありがとうごじゃいまひた」
「え?」
「──っ」
未だに激しく音を立てる心臓が拍車をかけて暴れ回る。
やっと勇気をだしてお礼を述べようと思ったところで、普段人と話さないことが災いした。
うまく呂律が回らない上に、緊張で目がぐるぐると回る。
張り付いた舌を何とか動かしたが、噛んでしまったましろを見つめた翼はきょとんとした表情を浮かべ、次にはにやりと悪戯っ子のように笑を浮かべた。
「噛んじゃったねぇ」
「ひゃいっ」
「あははっ! 顔がりんごみたいだよ」
「しゅ、すみません」
「いいんだよそんなの! 俺もよく噛むから分かる。それより口の中どこか噛んだりしてない?」
恥ずかしさに悶えるましろを気遣ってか、翼の手が頬を撫でる。
ましろは初めての感触にぴしりと身を凍らせて、思わず息を止めた。
「え、あれ? ましろくん? 息止まってない?」
「……」
「えぇっ! 俺に触られるの嫌だったかな?!」
「……!」
違うのだと、緊張で言葉のでないましろは思い切り首を振る。
しかし本調子ではない体にその動きは毒で、貧血を起こしたように目眩を感じた。
「おっと、ましろ君ほんとに平気?! 顔色が青かったり赤かったりとんでもない色の変化なんだけど?!」
「だ、だいじょうぶれす……」
狭い物置部屋がましろの世界で、小さい頃より人と関わらず、ガラクタのように生きていた自分には青空の下にいることだけでも刺激が強すぎる。
この先、本当に上手くやって行けるのだろうか。
ここに来ることが決まった時にみた祖父母の満面の笑み。
生まれてから初めてみた笑顔に、ましろは胸の奥がくすぐられるのを感じた。
例えそれが、名前も顔も知らない人の元へと売られたことによって得られた笑顔だとしても。
暗い世界のましろには、幸せはいつも御伽話と同じで遠い遠い夢物語だったから、祖父母の笑顔は唯一の貴重な幸福だった。
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