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「何で…こんなこと…空雅に申し訳ないとか思わないの?」
考えるより先に言葉が出てた。その言葉はただの同情であり俺にとっての空雅の存在意義を示すものでもあった。
時間の巻き戻しは出来ない…俺は…どうして…
「その言い方…萌葱にとって空雅君はそれだけの存在なんだね」
「…ちが…」
その通りだ…俺にとっての空雅は…
「同情で側にいるというのなら俺は許さない。萌葱の唯一が空雅君だって言い切れるのならば許せるけどね」
もう何も言えなかった…空雅の顔さえ見ることが出来なかった…こんな俺に空雅…お前は何を思ってる?…ごめんね…空雅…
「…」
「…緋色さん…」
耳に心地いい空雅の声が俺ではなく緋色を呼んだ
「はい…」
「おかえりなさい」
「え?…」
思ってもないくらい優しい声が響く。そして…
「やっと萌葱から解放されます。ありがとうございます」
…え…どういうこと?
その言葉に驚いて顔をあげた。
「空雅?…」
「もう。萌葱気が付かなかったの?僕が演技してたの。プロなのに何やってんだか。僕は君に金で買われたから君の求める言葉や態度でわざわざ接していただけだったのに。肩の荷が下ります。ちなみに身請け金には全く手をつけていないからそのまま返すね。じゃあね」
真剣な眼差しに捉えられて空雅を見つめていた。そこには全く濁りない本当に解放されたという安堵の色が輝いていて…
「空雅!!」
それがあまりにもショックで…強く腕を捕んでしまう。俺といるの…辛かったの?嫌だったの?そんなの…やだ…俺は…空雅といたこの一年とても楽しかったんだよ?これは偽りない事実だよ…?空雅はちがった?
空雅はすがり付く俺を冷たい眼差しで一瞥しこれまであまり聞いたことのなかった鋭い声で言葉を発する
「萌葱。離して。痛いから。」
本当に嫌そうに…自分の腕を擦る空雅に何も言えなくて…足にも力が入らなくてもう立ち上がれなかった
「じゃあね。楽しかったよ。バイバイ。お父さんお母さん今日はありがとうございました。お食事美味しかったです。では」
追いかけられなかった…ちゃんとありがとうって…言えなかった…楽しかったよって言えなかった…
部屋を出た空雅を母が追う。俺はただその場で踞っていた。
その姿を父は静かに見つめていた。緋色は母を追って部屋を出た…
緋色のことも止めなかった。だって…もう…俺は…
「萌葱。」
「はい…」
「今どんな気持ち?」
「わかんない…」
「なぁ。萌葱。これからお前と緋色は茨の道を歩くことになる。俺たちはお前たちの手助けはする…お前を思い身を引いた空雅くんのためにもお前は強くならないとならないし緋色と幸せにならないといけない。わかるよね?」
「俺は…」
「目を閉じて最初に浮かぶ姿は誰?」
「…」
空雅はわかってたのだ…きっと…ずっと…俺の中には緋色しかいないって…俺の偽りの言葉を初めから気が付いていたんだ…
何度もささやいた"好きだ"という言葉も"愛してる"って言う言葉も空雅の先にいる緋色に言っていたことに…
何て…何て…俺は…
「俺…最悪だよね」
「そうかもな…でもそうするしかなかったんだろ?」
「だって…俺は…俺には緋色しかいなかったんだ…」
堰を切ったように溢れだす涙。空雅…ありがとう…本当に…ありがとう…ごめんね…勝手でごめんね…
「萌葱…」
何度も何度も求めていた香りが俺を包み込んだ…
「ひ…ろ…」
「うん…」
「緋色…俺…俺は…」
「うん…」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
子供みたいに泣きわめく俺を同じ姿の愛しい人が強く強く…抱き締めていた…
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