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第18話
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また、やらかしたのか……。
西島は目を開けると自分の寝室に寝ていて、隣に碧が眠っている。
自分の記憶が専務の家でワインを飲んだという所で途絶えてしまっているので、自分の寝室イコール眠りこけて運んで貰ったという事になる。
ううっ、俺ってば!!
上司の前での2度目の失敗に社会人として自分は失格であると思う。
もう、飲むのはよそう……と決心してベッドから起き上がる。
何時だろう?と時間を確認すると明け方近く。
どうせ起きるのだからと碧をベッドに残して寝室を出た。
リビングに行くと諭吉がソファーに丸くなっていたが西島の気配に気付いたのか身体を起こして欠伸をする。
「なんやニッシー起きたとや?」
「……俺、またやらかした?」
西島はソファーに行くと諭吉の隣に座る。
「聞かんでも分かるやろーが、酒に弱すぎるぞニッシーは」
「次からは飲まないようにするよ」
諭吉の頭を撫でながらに言う。
「此上にでも飲み方ば教われば良かやん、まあ、多少は専務に付き合えるようにしてやれば良かやん、急に止めたら寂しがるばい?」
「……お前、本当に猫?なんか上司というか父親に言われてるっぽい」
諭吉の言葉につい笑う。
確かに多少は飲めるようにならないとなあ。大人なんだからと思う。
それよりも小腹が空いたと西島はソファーから立ち上がり冷蔵庫を開ける。
もちろん、諭吉も着いてきて冷蔵庫の中を覗き込む。
冷蔵庫の中に見慣れる箱。
何だろ?と取りだして中を見ると専務の家で食べたケーキが入っていた。
碧が貰ったのだろうな……専務、碧を気に入っていたから。
西島はそのケーキを食べる事にした。
「ニッシー、マグロは?」
「マグロ?お前、全部食べただろ?」
「あるばい!此上が冷蔵庫に入れよったもん、チルドに入っとる」
「チルドとか……」
諭吉の物知りには本当に笑うというか感心してしまう。
西島はもう1度冷蔵庫を開けてマグロを出すと諭吉専用の容器へマグロを入れた。
勢い良く食べる諭吉。
明け方から凄いよなあと食べている姿を見つめる。
ガツガツと食べる姿を見るのは好きだ。本当に可愛いのだ。
「諭吉は本当に色々知っているよなあ、動物って諭吉みたいに理解してるもんなの?」
西島の質問にマグロを食べ終わった諭吉は口の周りをペロリと舐めると「そりゃ理解しとるさ、しとらんと生きていけんやろ?」と返された。
「猫と話せるとか思わないからさ……そっか、諭吉は凄いなあ」
西島は諭吉の頭を撫でる。
「テレビとか見とると言葉覚えるし、碧の家族の会話とニッシーの会話とか聞いとったら色々と情報入ってくるけんな」
「公園のにゃんこ達も分かってんのかな?」
「そりゃそうばい、ちゃんと生きていっとるとはそん証拠ばい。まあ、人間第一なのが解せぬけどな」
「解せぬとかお前、そんな古い言葉を」
意味を知って使っている事にも驚く。
「じいさんとか使いよったけん」
「ああ、お祖父さんか」
「碧がな、よう意味ば聞きよったけんワシも覚えるとぞ、碧は小さい時から直ぐに質問する子やったけんな、これは何?どういう意味?何に使うの?とかな」
諭吉の言葉に西島は想像して笑ってしまう。可愛いだろうなあっと。
幼い頃の碧は女の子みたいで可愛かった。その姿で想像すると悶える程だ。
優しい祖父はきっと丁寧に教えたに違いない。
自分も良く幼い頃に好奇心旺盛で質問ばかりしていた。
母親も実父だと思っていた義父も質問にきちんと答えてくれていた。うるさいわね!と1度も言われた事がなく「千尋はお利口さんだね、色々と聞いてきて」と義父が頭を撫でてくれた。
母親が家事をするのも興味があって「僕もするぅ」とまとわりつきやらせて貰っていた。
掃除をすると母親も義父も喜ぶし褒めてくれるから嬉しくてやっていた。
随分と懐かしい思い出。
変だな……と最近思うのだ。
昔はその思い出さえ思い出したくなくて封印していた。
でも、たまにフラッシュバックしてきて子供時代の西島はそれに苦しんだ。
辛くなって胸が苦しくなるから。
思い出してもどうしようもない事だし、なにより信じていた大人に捨てられてしまったという事実を受け入れたくなくて夜中でも日中でもフラッシュバックする度に吐き気と立ちくらみと胸の苦しさで何度も此上を心配させた。
此上はその度に抱きしめてくれて安心させてくれた。
彼がいなかったらきっと壊れていた。
それくらいに辛い事なのに最近、懐かしい思い出としてふと蘇っても前みたい苦しくないのだ。
その代わりに切なくなる。
子供みたい泣いたりしないけれど、きゅうっと胸が苦しくなって、でも、ああっ、懐かしいなって思って終わるのだ。
発作が出なくなって随分と経つ。
成人したからだろけれど、自分でもいつの間にか前みたいな精神状態にならなくなっていた事に気付く。
本当にどうしたんだろ?精神的に大人になったのかな?
「ニッシー、ケーキ食わんとな?」
諭吉の声に我に返り、テーブルにつく。
ぴょんと諭吉が膝の上に乗ってきた。
「ケーキ狙ってんのか?」
ちょっと笑った。
「独り占めすっとか?」
「猫には刺激強いだろ?」
「ちょっとなら良かやろ」
「お前な、マグロ食ったくせに」
「スイーツは別腹ばい!」
「女子かお前は!」
西島は箱の中からチーズケーキを出して食べる。
好みの味だと専務の家で食べた時に思った。再度食べると本当に美味しくて買いに行きたいなと思ってしまう。
専務はグルメっだから美味しい所を良く知っている。
スイーツまでも知っているのかと感動。
「ニッシーちょびっとくれ」
「本当にちょっとだぞ?」
西島は少し端を指でちぎると諭吉の口元に。
諭吉はぺろぺろと舐めて「うまかあ!もっと」と催促。
「確かに美味いよなあ、碧も好きそうだったし、また食べたいなあ、でも長崎か」
確か、長崎とか言っていた。
「ドライブがてら行ったら良かやん」
「そうだな、碧と一緒に」
「ワシもぞ!」
「もちろん」
西島は諭吉の頭を撫でていつ行こうかと考えるのだった。
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