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第22話

小さい頃、母親にくっついて食事の手伝いを良くしていた。母親が自分の為に小さなセラミックの包丁を買ってくれて、「千尋、切るときは猫の手よ」と母親に言われて「何?猫の手って?」と聞くと「切るとき、食材が動くでしょ?それを押さえる時に指を伸ばしたままだと包丁で切ってしまうからグーって丸めると猫の手みたいになるでしょ?」と教えられて「お母さん、猫は手じゃなくて足じゃないの?」とキョトンとした事があった。 母親はそうね、と笑って頭を撫でてくれた。 母親は料理もお菓子作りも美味かった。 若い時にパティシエになりたかったけれど、お金かかるから諦めたとか言っていた気がする。 西島が少しづつ、料理を覚えて、父親に食べて貰うと「千尋は何でも上手に作れるなあ!お母さんに似たんだな」と笑顔で言って貰えて嬉しかった。 褒めて貰えると凄く嬉しくて、褒めて貰いたくて手伝いも進んでやっていた。 最近、ふと……そういう事ばかり思い出す。 本当にどうしたんだろ?って思う。 「ちひろさん!」 碧の声で我に返り、顔をあげた。 「味見してください」 笑顔の碧が目の前に居て、小さい皿を差し出す。 それを受け取って口に含む。 「どうですか?」 不安そうな碧に「美味しい」と微笑む。 「本当ですか?」 不安そうな顔から笑顔になる。 ああ、自分も親に味見して貰う時、こんな顔をしていた気がするなあっと懐かしくなった。 ◆◆◆ 料理が完成して、5人で食べ始める。 星夜は佐々木に「ゆうちゃん、どう?」と様子を伺っていて可愛くて見える。 そして、美味いと言われると碧と同じ顔をして喜ぶ。 好きな人に喜んで貰った時の顔って……あんな風に幸せそうな顔になるんだな。 俺もそんな顔を碧にしてあげられているだろうか? 小さい頃はきっと自然にできていた顔。 大人になって、そんな事もすっかり忘れていた。 ◆◆◆ 食事も終わり、片付けは食事を作らなかった佐々木と西島がする事になった。 「千尋、何考えてんだ?」 「えっ?」 食器を洗う手が止まる。 「何か考え込んでただろ?どうした?」 佐々木の言葉にちょっと驚いた。彼はこういう事に何故か敏感なのだ。 「別に」 素っ気なく答えて食器をまた洗い出す。 「ふーん、まあ、何かあったんなら此上さんにでも相談しろよ」 佐々木はそう言って、後片付けを再開した。 ◆◆◆ 「また来てよ」 帰り際、専務が外まで見送りに来てくれた。 星夜と碧は「はい!また料理教えてください」と嬉しそうに言っている。 「西島くん」 専務が西島の横に来て「なんか、元気なかったけど体調悪い?」と聞かれた。 佐々木といい、専務といい、自分の事を良く見ているなと西島は苦笑いしそうになる。 「そうですか?元気ですよ?」と西島は笑って見せる。 「それならいいけれど」 専務は納得したのかその後は何も言わなかった。 そして、佐々木達とも別れて、西島と碧は自分達のマンションに着いた。 「遅い!」 駐車場から見覚えのある姿がこちらに向かってきた。 「此上……」 西島は彼の名前を呼ぶ。 ついさっき、佐々木に相談しろよって言われたのでタイミング良すぎるだろう!!と困惑するのだった。

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