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第25話

今の自分の感情を上手く説明できない。子供の頃とは違う、また別の感情。 誰かを真剣に好きになればなるほどに付きまとってくる感情。 大事にしたい、無くしたくないって焦る。 一度無くした尊いものをまた失うのが怖い。それがいつも付きまとってくるから此上に振られた時に誰も好きになんてならないって思った。 でも、人間の感情は忘れる機能もちゃんとついているから碧に出逢って、好きになってしまった。 「人間と動物の違いってさ、忘れる事ができるかできないか……だよね」 「は?突然どうした?」 西島の言葉にキョトンとなる此上。 「動物って恐怖を覚えたらずっと忘れないだろ?危険回避しなきゃ生きていけないし、でも、人間ってさ忘れる事ができる」 「そうだな」 此上はいつも、西島が少しづつ話事を推理していく。ストレートに感情をぶつけてくる事がないから少しの情報から何を言いたいのかを汲み取っていく。 いきなりこんな事を言ってきたという事は何か忘れたい事を忘れられないでいるのか、忘れたいのか。 「まあ、人間の場合、成長とも言うけどな」と付け加える。 「成長かあ……俺は成長出来てないよな、碧の方がかなり大人だし」 「碧ちゃんね。幼い感じなのに中身はしっかりしている。きっと、周りの大人を見て育ったんだろうな」 そうだなって西島も思う。碧の家族は西島にとって理想の家族。もし、自分もあの中で育っていたら碧みたいに強くて優しい子になっただろうか?なんて思ってしまう。 「碧ちゃんが羨ましくなったのか?」 碧の話が出たので西島が悩んでいる事がどういう事なのかを知る為に探りを入れる。 「別にそうじゃない」 西島はそう言ってまた黙る。 ほんと、こういう所は成長していない。大事な所で黙ってしまうのだ。それを此上が根気よく話を聞き出すというパターン。 本人は上手く感情を伝えられないからこんな風になってしまうのだろうと此上は思う。 「次の休み、また碧ちゃん家に遊びに行ったらどうだ?」 「……次の休みは違う所行く」 「どこ?」 「ケーキ屋」 「は?ケーキ屋?もっと遠くに行けばいいだろ?」 「遠いよ、専務に教えて貰ったケーキ屋だからドライブがてらに行ってくる」 「そうか」 「うん……なんかさ、最近、昔の事ばかり思い出すんだ。前は忘れたかったから思い出さないようにしていたのに」 此上はおっ!!やっときたか?と内心張り切る。 前は何日もかかったのに、こんなにも早く悩んでいる事を素直に話すとは思っていなかった。 「どんな事?」 「家の手伝いしてた時の事とか体育大会とか……本当にささいな記憶」 「辛いのか?」 此上の問いかけに首を振る西島。 「懐かしくなるだけ……そういう事があったなあって」 「そうか」 西島が此上と出会った頃はその懐かしい記憶のせいで吐いたり熱を出したり口を聞かなくなっていたのに。成長しているのかな?と少しホッとする。 「此上……俺さ」 「うん」 と聞き返すがその先を何も言わない。 「千尋?」 声をかけるとそのままテーブルに顔を伏せて寝てしまった。 ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!これからだったのに。こいつ、本当に酒弱いだろおおお!! 酒を飲ませれば素直になるけれど、こうやって寝てしまうからもっと早く聞き出さなければならないなと今後の課題となった。

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