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もっと、僕に甘えてください。 15話

「こんな所で女性を泣かせてるなんて、神林先生、明日、会社中の話題になるよ?」 ニコッと微笑む此上。でも、なんか、目が笑ってないように見えて神林の胸はドキドキが止まらない。 「あれ?此上さん?なにしてるの?」 「ミサキちゃんこそ」 「私はちーちゃんから恋人紹介して貰ったのを報告に……って、あれ?なんで、神林君と一緒なの?」 ミサキは涙が引っ込んだようで、2人を交互に見ている。 「ここ、目立つからとりあえず、移動しよう」 確かに此上の言う通りで、さっきからチラチラと退勤した社員に見られている。 そして、とりあえずどこかで話そうと3人で喫茶店へと移動した。 ◆◆◆◆◆ 「神林君と此上さんってそんなに仲良かったっけ?」 ミサキは頼んだコーヒーを飲みながら目の前に座る此上に視線を向けている。 「仲良かったよ?」 「そうなんだ……まあ、ちーちゃんと神林君が仲良しだから自然と仲良くなるよね」 此上の返事に納得したようにそう言う。 「泣いてる理由は分かったよ。遠くから見てたらトオルが泣かしているように見えたから、驚いたよ。」 「は?なんで、俺が泣かすんですか?」 その言葉に驚く神林。傍から見るとそんな風に見えるのか?なんても思う。 「私もごめんね、泣いちゃって……だって、嬉しかったんだもん。ちーちゃんがちゃんと恋人紹介してくれて、そして、幸せそうに笑っているんだもん」 申し訳なさそうなミサキ。 「いいよ、気にしないで。」 神林はミサキに優しく微笑む。 「でも……悔しいなあ。私がちーちゃんを笑顔にしてあげたかったな」 それは自分もだよ。って神林は言いたかった。初めて会ったあの時から、ちゃんと笑えるようにしてあげたかったのに。 「いや、ちゃんとミサキちゃんも役に立てるんだよ?君が笑顔でガンガン、攻めて行ったから千尋も遠慮しなくなって、君とは外でも会うじゃないか?君の存在は凄く大きいと思うよ?」 「本当?本当にそう思う?」 「思うよ?ずっと、千尋の世話してきたからね。あんなに抜け殻みたいな子供だったのに、ミサキちゃんや……トオルもね」 此上は神林に視線を送る。 「トオルが友達になってくれたから、学校も楽しかったみたいだよ?学校から帰ると君の話を良くしてた」 「ほ、本当に?」 神林は心がキュンとなった。 家で自分の話をしてくれていた事。学校が楽しいと思ってくれた事。 そうかあ……俺も役に立ってたんだ。 「確かにちーちゃん、神林君の話、結構してたな。あと、佐々木くん?アイツはチャラいって」 「佐々木か……」 此上は舌打ちをした。 ん?どうして舌打ち?とミサキと神林が不思議そうな顔を見せる。 「嫌な子ではないと知ってる。ちゃんとしてる所はしてるし、頭もいい子だと思うけど、千尋に手を出そうとしたのはいただけない」 「は?なにそれ?」 此上の言葉に驚くというより、なんだか興奮しているように見えるのは気の所為かな?と思う神林と此上。 「1度ね……酔った千尋をね、まあ、未遂だけど。」 「そ、その話詳しく!!!」 ガシッと此上の手を掴むミサキ。 「ミサキちゃん?」 必死な形相に驚き彼女の名前を呼ぶ神林。 その神林の声で我に返るミサキ。 「あは、変な意味はないのよ?ちーちゃんは大事な弟だもん」 えへへっと笑って必死だったのを誤魔化す。 「次は無いからって、釘を刺して終わったよ。千尋はつぎの日、説教したけどね。暫く不機嫌で困ったよ。何を言っても喋ってくれなかったな。また、出会った頃の彼に戻ってしまうんじゃないかって心配した……でも、ちゃんと自分で立ち直ってくれたから安心はしたな。」 「もしかして、留学する前?」 ミサキも思い当たる節があったみたいで、そう聞いた。 「そうだよ。その後に留学したから。元々は大学はアメリカ行きたかったみたいだしね。」 「急に留学しちゃうんだもん。ビックリしたな。でも、初めてお父さんに自分から留学したいって話してくれたから、お父さんは喜んでた」 「わがまま言わない子だったからね。」 「ちーちゃん、遠慮ばかりしてたからな。猫も飼いたいのに飼いたいって言えなかったもんね。いつも、野良猫気にしてて、あ、でも、今は猫飼ってるから、楽しそう」 「諭吉だね。碧ちゃんの飼い猫。あの子、マグロ美味いって喋るんだよ?」 「えっ?本当?今度マグロ持って行こう」 「千尋は今、幸せなんだな。」 此上は少し嬉しそうな表情を見せた。 その嬉しそうな顔に神林は何故かチクッと胸が痛くなった。 何でチクッて痛くなるのか自分でも分からない。 「うん、このまま、お父さんとも仲良くなって欲しいな……お父さん、ちーちゃんの事、本当に大事にしてるんだよ?無理やり引き取った事をいつも、申し訳なかったって言ってて」 「どうしたら良いか千尋も分からないんだろう」 「うん、私もそう思う。そういえば、此上さんって、ちーちゃんと会ってるの?」 「いや、ずっと会ってないよ。」 「えっ?そうなの?神林君と居るからてっきり……」 「こっちに帰って来てるって千尋は知らないよ」 「どうして?言ってないの?」 「千尋には俺はもう必要ないだろ?未成年じゃないし、それに可愛い恋人が居る」 「それもそうだけど……此上さんって何かお兄さんみたいで、ちーちゃんもあの家で唯一気を許せる相手だったと思うから、一緒に居ないのは何か変な感じだな」 「そうか?」 此上はそう言って笑った。 そして、3人で暫く雑談をして、別れた。 帰り際に「此上さん、今度、ちーちゃんも一緒にご飯食べようよ!」と言ってミサキは去って行った。 ◆◆◆◆ そして、此上の車に乗り込む神林。 何故か車内は静かだ。 此上の雰囲気がいつもと違うのと、神林の心がチクチクとまだ痛むから。

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