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もっと、僕に甘えてください。 26話
◆◆◆◆◆
「あのさ、車の事なんだけど……」
食事の終わりかけ、神林が話を切り出す。
「あ、そうそう、カタログあるんだ」
西島は貰ってきた車のカタログを取りに行こうと席を立つ。
「俺の車そのまま使わないか?」
「へ?」
「あの車、売ろうかと考えてて、千尋ならいいかなって」
カタログを取りに行こうとしていた西島はまた、席に着く。
「売るのか……まだ、新しいだろ?無いと不便になるんじゃ?」
「いや、うちの駐車場二台も停められて無くって」
「は?二台?」
つい、ついだった。他にも使わない理由があっただろうに。今、現在の本当の理由を口にしてしまった。
「あ、うん……二台」
ニコッと笑ってはいるが、内心はドキドキ!!!
な、なんて言おう。
「二台持ってたっけ?」
西島の追求。普通の疑問なのだろうけど、今の神林には尋問のようで、心拍数は上がっている。
「さ、最近……あの、」
ううっ、どうしよう。
「あ!!もしかして、電話に出た男の人の車ですか?」
碧が思い出したように口にした。
うわあ!!碧ちゃーん!!!!
碧に微笑むが、きっと、顔は引きつっているかも知れないと自分でも思う。
「あ!!そうだよ、気になってたんだ、誰?」
誰って……お前が良く知ってる人だよ?って言えない。
「神林先生……なんか、顔赤いですよ?僕、思ってたんですけど、神林先生の恋人ですか?」
ニコッと無邪気に微笑む碧。
あーおーいーちゃーーん!!!なんで君はこういう時は勘が鋭いんだよおおお!!!
「えっ?ええ?恋人?えっ?マジでそうなのか?」
西島は物凄く食いついてくる。もう、完全にアウトな状態。
「誰だよ?お前、何で言ってくんないんだよ!!」
西島がちょっと拗ねたように言う。
「肝心な事、言ってくんない」
むうう!!!と拗ねる西島。
拗ねた顔……なんか新鮮。
昔だって、こんな顔あまりしなかったような……
篤さんには見せてたような。でも、俺にもこんな顔してくれるんだ。
神林は西島の拗ねた顔を見つめ、つい、手が伸びる。
そして、少しふくれた頬をムニッと掴む。
「子供か!!」
笑ってしまう。
「なんだよ!もう!」
西島はその手を跳ね除ける。
「悪かったな!!でも、そうなんだよ!お前ってば俺の心配はいつもする癖に自分の事はあまり話さないし!!後から知ったりするから、昔っから、それだけは嫌だった」
拗ねた顔の西島はそんな可愛い事を言う。
嫌だった……マジか……そっか、そんな風に思ってくれてたんだ。
改めて知る西島の気持ち。
「心配するよ……あの頃の千尋はほっとけなかったしさ……でも、ごめん。そんな風に思ってくれてたんだな……ありがとう」
神林は西島に微笑む。
ありがとう……と言われ、西島は拗ねた顔から、照れた顔になり、
「あ、いや、こっちこそ」
と俯く。
照れたら俯く。この癖は神林しか知らない。
この可愛い癖が今も変わらないのが嬉しい。
「いるよ……恋人。最近出来た」
神林は自然と言葉にする事が出来た。きっと、可愛い西島を見れたからかも知れない。
「マジで?会社のやつ?」
「違うよ……前から知ってた人なんだけど、最近、また会って、それから何となく」
「えっ?前から?俺、知ってる人?」
「……さあ、どうだろ?」
ニコッと笑う神林。
「なんだよ、もったいぶってさ!!」
「でも、絶対に紹介するから待って……今はなんか照れるから」
神林は真っ直ぐに西島を見て微笑む。
神林は嘘はつかない。それを知っている西島は、「分かった!!絶対だからな!!俺が見定める」と渋々と引いた。
本当は問い詰めようかと思ったけれど、大事な事を言わないのも自分もだから、責められない。
「見定めるって何だよ?」
「神林に合うかって事!!だって、変なやつなら嫌だし……神林が傷ついたり、悩んだりするの嫌だし……それに俺の唯一の友達というか、幼なじみというか、親友というか」
そう言った西島の顔はほんのり赤い。照れているのだ。
親友……。神林は西島の言葉に嬉しいというか、少し複雑だった。
親友は嬉しい。本当に!!でも、でも、心がほんの少しチクリと針を刺したのだ。
やはり、友達以上にはなれなかったって事だから。
此上が好きなのは本当。そうじゃなきゃ抱かれない。
でも、チクリと傷んでしまうのはどうしようもない。
だって……何年片思いしてきた?
こんな気持ち……此上に悪いとは思うけれど、でも、止める事が出来ない傷み。
「大丈夫ですよ!だって、神林先生が選んだ人でしょう?少ししか話せなかったけど、声のトーンが優しかったし、僕がテンパってもちゃんと聞いてくれたもん。優しい人ですよ」
此上と話した事がある碧がそう口にする。碧が感じた印象は優しい人だった。
年上で余裕がある。そんな印象。
「ありがとう碧ちゃん」
神林は碧の頭を撫でる。
「これから、千尋、宜しくな。俺はあまり構えなくなるし」
「はい」
神林と碧の会話で、ああ、そうか……と西島もチクリと心を何かが刺した。
寂しいという針。
ずっと、一緒に居てくれて、なんだかんだで優先してくれていた彼がもう、自分を優先してくれなくなるのだ。
これからは恋人が優先。
チクチクと傷む。
寂しくないわけがない。
「千尋、何、しょんぼりしてるんだよ?」
黙り込む西島に気付く神林。
「べ、別にしょんぼりしてないし!!さ、寂しいとかじゃないからな」
とんだ、ツンデレ。
こいつ、こういう時、空気読んでさ、俺が居なくても平気って顔しろよ、馬鹿!!!
寂しそうな顔。
ああ、ちくしょう!!!!
碧ちゃんが居なかったら……
篤さんが居なかったら……
抱きしめてる。
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