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もっと欲張りになりましょう 4話
◆◆◆◆
祖父の懐中時計の会の集まりは結構な人数が居て、祖父の言う通り、年配の人達ばかりだったので、碧は瞬く間に人気者になってしまい、「碧ちゃん」と皆、呼んでくれて孫みたいな扱いをしてくれた。
その中に「碧くん?」と声をかけてきた人が居た。
「あ、公園の……」
声をかけてきたのは公園で会った優しい年配の男性。
「なんだ?碧、ヒロちゃんの事知ってるのか?」
「ヒロちゃん?」
碧は祖父を見る。
「そう、ヒロちゃん。名前が博巳って言うからヒロちゃん」
公園で会った男性は博巳(ひろみ)さんと言うらしい。
「よろしくね、碧くん。碧くんは大ちゃんのお孫さんだったのか」
「そうだよ、1番末の孫……ところで、何で、碧はヒロちゃんの事知ってるんだ?」
祖父は碧に聞く。
「僕が住んでる所の近くに公園があって、そこで会ったの」
「へえー、福岡は広いようで狭いんだな」
祖父は何やら感動している。
「碧くん、改めてよろしくね。ヒロちゃんでいいよ」
「えっ?でも」
碧は躊躇する。祖父の友達とはいえかなり年上。大先輩なのに名前呼びは……。
「ここの人達は皆、ヒロちゃんって呼んでくれるから、碧くんもそう呼んで」
ヒロちゃんはそう言って微笑む。
その笑顔は温かくて、彼の人柄がそこに出ている。
「はい。じゃあ、ヒロちゃんで」
碧もニッコリと微笑む。
「嬉しいなあ。若いお友達が出来ちゃった」
ニコニコ笑うヒロちゃんに碧は好感を持った。
「なんだ、なんだ、碧ちゃんを独り占めしてから」
他の人達も集まってきた。
どの人達も皆、優しい。祖父がそうだから、自然とそんな輪が広がるのかも知れない。
懐中時計の会は皆で食事したり、旅行したりするらしく。今回は福岡の観光らしい。
福岡に住んでいる人もチラホラいたけれど、地元に住んでいると観光なんてしないもので、結構、楽しんでいるようだ。
小型のバスを貸し切っている。
「皆、仕事とか引退してるから暇なんだよ」
祖父がそう言って笑う。
「碧くんは好きな人居るの?」
ヒロちゃんに唐突に言われ碧は顔を赤らめる。
「居るんだね。ふふ、碧くんは正直者」
「碧は一緒に暮らしている人が居るんだよ。孫の成長は早い……少し前までは子供だったのに」
祖父はそう言って碧の頭を撫でる。
「そうだね、子供の成長は早い……うちも子供だと思っていた娘がもう直ぐ嫁にいってしまうから寂しいよ。ちょっと前までお父さん、お父さんって慕ってくれてたのに」
ヒロちゃんは何だか寂しそうだ。
「娘さん、結婚決まったんだ。そうか家出ちゃうのか、寂しいね」
「うん、こんなに寂しいもんなんだな」
ヒロちゃんは奥さんを早くに亡くしてると話してくれた。
もう一人子供が居るけれど、就職して離れて暮らしているからあまり会えないらしい。
「ぼ、僕、遊びに行きます!!」
碧は思わずそう言ってしまった。
だって、ヒロちゃんが余りにも寂しそうだったから。
「碧、ヒロちゃんの家、デカイぞ!うちの家よりな」
「えっ?ほんと?」
「ヒロちゃんこう見えて大地主」
「え、ええ?そうなんですか?」
「いやいや、もう引退したじいさんだよ。碧くんがいいならいつでも遊びにおいで」
ニコッと笑うヒロちゃん。
「は、はい、遊びに行きます」
「大ちゃんは家を知ってるから大ちゃんと来るといいよ」
「はい……おじいちゃんと行きます」
「碧くんは素直で良い子だね……きっと、碧くんの恋人は君が自慢だろうな」
「えっ?えっ?自慢とか?ぼ、僕はちひろさん自慢ですけど、僕は子供みたいだし、自慢になるかな?な、なれるようにはなりたいですけど」
碧は照れたように両手を頭をブンブン振っている。
自慢……そう、西島は自分にとっては自慢である。
でも、自分はどうかな?って思う。
子供だし、身体も華奢だし、料理だって、西島の方が美味いし、何もかも敵わない。
コンプレックスとかではなく、純粋に憧れる。
ハイスペックを持った西島と比べると、果たして自慢になるのか?と疑問に思うのだ。
「なってると思うよ?もし、自分の事を卑下してしまうなら、それは碧くんが好きな人に失礼だと思うよ。碧くんが好きな人を自慢だと思うように、その人もきっと、自慢したいはずだ」
ヒロちゃんの言葉に碧は笑顔になった。
凄く、凄く嬉しい言葉。碧の悩みを全て何処かに飛ばしてくれる、優しい言葉。
「ありがとうございます」
碧はヒロちゃんにお礼を言う。
「元気というか、勇気を貰いました!!」
「その調子だよ!碧くんはとても良い子なんだから自信持って」
そう言ってヒロちゃんは頭を撫でてくれた。
◆◆◆◆
此上は大きな屋敷の門を車で出ようとした時に行く手を誰かに止められた。
「此上さん」
車を止めた人物が運転席の窓をコンコンと叩く。
「ミサキちゃん」
此上は窓ガラスを下げ、名前を呼んだ。
「お父さん、今日居ないの?」
「何時もの会に出ているよ、時間になったら迎えに行くけれど」
「ああ、いつもの懐中時計の会ね」
「ミサキちゃんはどうしたの?」
「近くまで来たからお父さんの顔見ようかと思ってたの」
「なるほど……結婚準備は?」
「順調だよ、大体的にはやらないしさ……ちーちゃん、来てくれるならいいのだけれどさ」
「千尋は出席すると思うよ」
「なに?その自信タップリな顔……ちーちゃんに帰ってるって伝えた?」
「どうして?」
「ちーちゃん、会いたいだろうなって」
「どうかな?喧嘩したままだから」
「此上さんって自分の事になると、分からないんだね。ちーちゃんは此上さんに会いたい筈だよ」
「顔も見たくないって言われてるけど?」
「ちーちゃん、昔っから素直じゃないの知ってる癖に……っていうか、自分がちーちゃんに会うの怖いんじゃない?」
「どーして?」
「さあ?どーしてかしら?」
ミサキはふふっと笑うと、屋敷の方へと歩いて行った。
此上は約束の時間まで、どうしようかと車を走らせる。
車を走らせながら、どうして会わないのかを考える。ミサキの言う通り、怖いのかも知れない。
傷つけたから……それ意外に西島に会わない理由がなかった。
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