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もっと欲張りになりましょう 10話
◆◆◆◆
誰よりも先に寝てしまった碧は西島よりも先に起きた。
浴衣を着ていたはずなのに着替えている。もちろん誰が着せてくれたのかは分かる。
真横で寝ている西島の寝顔を見た。
寝顔は本当に可愛い。
幼く見えるから西島の寝顔は好きだ。
つい、スマホのカメラで撮ってしまう。
ふふ、可愛いなあ。
撮った写真をスライドさせて、昨日の浴衣の写真をみて、祖父が泊まっていた事を思い出した。
碧はそっと、ベッドを抜け出すとリビングへ。
ソファーに寝ていると思っていた祖父の姿がない。
えっ?嘘……帰っちゃったの?
昨日は直ぐに寝てしまって、あまり話せなくて……そんな事を考えていたら心がションボリとなってしまう。
ぼんやりとそこに立ち尽くしていると、玄関で音がした。
碧は慌てて玄関へ。
「おじいちゃん」
玄関に祖父と諭吉の姿があった。
「碧、早起きだな」
「ど、どこ行ってたの?帰ったかと……」
「なにそんな泣きそうな顔してるんだ碧は」
祖父は笑うと碧の頭を撫でた。
「だって」
「朝の散歩してたんだよ、諭吉と」
「公園の猫にもじいさんば紹介してきたばい」
朝から居なかった理由を聞いて、自分もちょっといきたかったな、なんて思った。
「千尋君はまだ寝てるのか?」
「うん、6時には起きるよ」
祖父と諭吉と碧は一緒にリビングへ。
今の時間帯は5時半。
「それじゃあ、朝ごはんを作ろうかな?」
「うん、僕も手伝う!」
碧は嬉しそうに祖父とキッチンへ。
祖父の隣に並んで朝食の手伝いをする碧。
「千尋君はいい子だな」
ふいに言葉にする祖父。
「えっ?うん、ちひろさんはいい人だよ」
「昨日、話したらもっと千尋君が好きになったよ。碧はいい人を見つけたな」
「うん!」
そう返事をする碧の笑顔はいつも見ている笑顔の数倍輝いていて、ああ、本当に好きなのだなって伝わる。
「碧は末っ子だろ?本当は実家から出したくはなかったんだよ。まだ子供でみんな心配してた」
「えっ?僕、子供じゃないよ!!」
「週末ごとに帰ってきていたのは誰かな?」
祖父に突っ込まれ、碧は顔を赤くして俯く。
「友達も出来たんだろ?」
「うん、斉藤星夜くん!!」
「そうか……安心したよ」
「みんな、心配症なんだから!」
「それだけ碧が可愛いんだよ」
「……うん、分かってる」
「もう、週末ごとに帰って来なくても良くなったな。そうやって少しづつ、独り立ちしていくんだな」
「や、やだ!週末ごとは帰らないけど、また、帰るもん!」
碧は祖父の服の裾を引っ張る。
こういう所はまだ子供。
「じゃあ、千尋君とおいで……ほら、お祭りあるだろ」
「うん!浴衣着ていく」
「千尋君も浴衣似合っていたしな……千尋君、前に家族複雑だって言ってたろ?頻繁じゃなくても、連れておいで……少しでも家族団らんっていうのを味わって欲しいから」
「う、うん!もちろん!」
「千尋君が、凄く寂しそうに見えたんだよ、碧が私に甘える度に……ヤキモチとかじゃなくて、凄く寂しそうに見えた」
「えっ?」
碧は驚いた……そんな雰囲気には見えなかったから。
「だから、つい、頭を撫でてしまったよ。あの子……碧の会社の部長さんなのに」
祖父はふふふ、と笑う。
「寂しいのかな?」
ちひろさんはやはり、寂しいのかな?
「大人になってもね、寂しいっていう感情は消えないからね、むしろ、強くなるんだ」
「強くなるの?」
「戻れない過去ほど、恋しくなるからな……年を取れば取る程にね」
「ぼ、僕、ちひろさんと一緒に帰ってくるね!!」
「うん、ご飯とか一緒に食べよう」
「ちひろさんは……我慢してるのかな?」
「我慢しちゃうんだよ、大人だから」
「我慢しなくていいって教えたい」
「教えてあげなさい」
「うん!そうする」
碧は小さく決心する。いつも、西島が寂しくないようにしようと。
僕達が家族だよ?って……だから、我慢しなくていいよって。
◆◆◆
西島は良い匂いで目を覚ます。
目を開けるとモフモフとした顔が自分を見ている。
「諭吉……」
「ニッシー朝ばい!飯ばい!マグロばい!」
諭吉は頭を西島の顔に押し付ける。
「ああ!!もう、朝からうるさい!」
勢い良く起き上がる。
そして、気付く。碧の姿がない。
あれ?碧は?
「碧ならじいちゃんと朝飯つくりよる」
「は?まじ?」
西島は慌てた。
まさかの客人に朝ごはんを作らせるなんて!!
バタバタとキッチンへ。
「ちひろさん、おはようございます、今、起こしに行こうってしてたんです」
西島に気付いた碧が微笑む。
「おはよう」
西島は碧へ挨拶をして、祖父の方へ進む。
「す、すみません……俺が作ろうかと思っていたのに」
頭を掻きながら申し訳なさそうに謝る。
「何謝ってるんだ?」
祖父はふふと笑うと西島の頭をポンポンと叩き、「ほら、食器だして」と言う。
「孫に朝ごはん作るのは楽しいよ、言っただろ?千尋君は孫だって」
祖父の温かい言葉に西島はふんわりと笑う。
嬉しい……その軟らかい笑顔が語っている。
西島は碧と一緒に食器を並べた。
祖父は純和風な朝食を作ってくれて、凄く美味しそうだ。
「千尋君は好き嫌いない?」
「はい」
「そうか、偉いね」
ニコッと微笑む祖父は本当に自分の祖父みたいに感じてきた。
「おじいちゃんって呼んでいいからね」
まるで、心でも読んだのか、それとも、わかり易い顔をしていたのか祖父に言われ、「はい」と返事をして照れた。
「マグロ忘れとらんか?」
良い雰囲気を壊したのは諭吉。でも、ちょっと助かったなんて西島は思う。
慣れていないから……こんな風な雰囲気は久しぶり過ぎてどうして良いか分からない。
だから、照れ隠しに諭吉に「マグロやるから!」と言ってその場を離れた。
「マグロはよう!」
待ちきれない諭吉が西島の足元にしがみつく。
「いま、やるから」
冷蔵庫からマグロを出して諭吉に与える。
本当、こういう時の諭吉には感謝してしまう。
もしかして、空気読んでるのかな?
マグロを食べる諭吉をじっーと見つめる。
「千尋君ご飯冷めるよ」
「あ、はい!」
3人で朝食を食べ始める。
諭吉はその光景を見ながら、
ニッシーはほんと、もうちょい素直にならんばな……と思いながら見ていた。
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