361 / 526

大丈夫です!側にいますから。 5話

◆◆◆◆ 「此上くん、千尋くんの熱下がらなかったら連れておいで……昔のままのパターンなら入院してたから」 先生が此上の側に来てそう言った。 「原因は聞き出しますよ……千尋は最近、落ち着いてきてて、前みたいに内に隠すような事はしてないみたいだから」 「ふふ、また、喧嘩しながら聞き出すの?千尋くんの場合は優しく聞き出すよりも言い合って聞き出す方が言葉してくれるからね」 先生も西島の頭を撫でる。 「ここ、数年は来てなかったから安心もしてたんだけど、心配もしていたんだ……あの子はちゃんと心の声を周りに言えるようになったかな?とか上手に他人に頼れるようになったかな?とかね……」 「少しづつ、言えるようにはなってきてるようですよ……笑う顔が作り笑いじゃなくなっている」 「あ、それは気付いたよ、此上くんと話してる時に自然な感じだったし、表情が普通の子みたいだった」 「千尋なりに頑張っているんです」 「そうか……頑張っているのか……偉いな千尋くん」 先生は西島の頭を撫で自分の孫を見るような愛おしそうな表情を見せた。 「点滴、もう終わるよ」 先生は西島の腕から点滴を外す。 「目が覚めたら水分と栄養ね!」 「はい」 「あと、千尋くんの事だから無理すると思うんだ……2、3日は様子見ててあげて」 「はい」 そして、会計も済ませると此上は西島を軽々と横抱きにし、病院を神林と出た。 西島はすっかり熟睡しているので自分のマンションに着いても起きなかった。 ◆◆◆◆ 「碧、碧!」 諭吉が自分の名前を呼ぶので碧は目を開けた。 「チャイムの鳴りよるばい!」 諭吉の言う通り、チャイムが部屋に鳴り響く。 「えっ!あ、ちひろさん!」 碧は慌てて玄関。 しまった……僕、うたた寝してました!! お風呂も完璧、夕飯も完璧で待っていたがなかなか帰って来ない。 仕事だからとは思っていたが、スマホにも連絡はない。 何時もなら数回は連絡してくるのに。 ご飯は西島と食べたいのでずっと待っている間に寝てしまったようだ。 玄関の鍵を開けて、ドアを少し開く。 「碧ちゃん」 少しの隙間から見えたのは神林。 「えっ?神林先生?」 碧はドアを全開させる。 そして、抱き抱えられた西島が視界に入り驚く。 「えっ!!ちひろさん!!」 なんで?どうして? 一気に驚きとショックが同時に来た。 「上がるよ」 先に西島を抱えた此上が部屋に上がった。その次が神林。 「寝室は?」 「は、はい、おく、奥です」 慌てる碧。此上を寝室へ案内する。 神林は碧の変わりに玄関の鍵とチェーンをかけて、後を追う。 「あの、あの、ちひろさんどうしたんですか」 ベッドに寝かせられた西島を見ながら顔は青ざめている碧。 「碧ちゃん、千尋の着替え出せる?」 此上は碧の肩に優しく手を置き、口調も優しく言う。 「は、はい」 碧は西島の着替えを出しに行くが頭の中はパニックだった。 ちひろさん!!ちひろさん!!どうしたんですか!! 心の中でずっと答えない西島に問いかけている。 着替えを此上に渡す。 「ち、ちひろさんどうしたんですか?」 もう、涙目の碧。 此上は碧の頭を撫でると、「大丈夫だよ、ちょっと熱があるだけ……病院に連れて行って点滴したから下がると思う……だからね、碧ちゃん大丈夫だよ?」優しく言う。 「碧ちゃん、篤さんが着替えとかやってくれるから、こっちにおいで」 神林は碧を寝室から連れ出す。 「神林先生ええ」 神林を見て碧は我慢出来ずにポロりと涙を零す。 「碧ちゃん、千尋は大丈夫だよ?」 碧を椅子に座らせるとぎゅっと抱きしめる。 少し震えている碧。きっと、驚いたに違いない。 あんな風に抱き抱えられた西島を見れば神林だって驚くし、ショックも受けるし、心配もする。 神林は抱き締めた碧の頭を撫でる。 「ぼ、僕、ちひろさんが具合悪いとか気付きませんでした」 腕の中で震える碧。 「それは俺も同じだよ?医務室に来てたのに気付いてやれなかった」 「ちひろさん大丈夫なんですか?」 碧は涙目で神林に訴える。 「大丈夫、千尋は体力だけはあるから……風邪引いてるだけ」 少し嘘をついた。 碧に精神的ストレスの話をすると余計に心配するだろうし、ショックも受ける。 「風邪……ですか?」 「もしかして斉藤君の風邪が感染したのかもね」 ごめん斉藤君!と心で星夜に謝る。 「碧ちゃん、ご飯食べてないの?」 テーブルの料理に手がつけられていないのに気付く。 「帰ってくるの待ってたんです」 「そっか」 神林は碧の頭を撫でる。 「少し待ってて」 神林は碧から離れると「冷蔵庫勝手に開けるね」と冷蔵庫を開けるとミルクを出す。 マグカップにミルクを注ぎ、電子レンジで温める。 蜂蜜を入れると軽く混ぜて碧へ渡す。 「碧ちゃん、少し落ち着こう……碧ちゃんがパニックになれば千尋の看病出来ないだろ?」 看病…… その言葉で碧の気持ちがカチンと音を立てて切り替わった。 そうです!泣いててはダメだ僕。 ちひろさん、熱があって苦しいんだ……看病しなきゃ!!! 碧は頷くと「はい!僕、ちゃんとします!」と答えた。 本当にこの子は素直で良い子だなって神林は思う。 「いい子だね、碧ちゃん」 「あの、神林先生、看病の仕方とか、お粥の作り方とか教えて下さい!僕、ちひろさんが治るまで看病します!!」 きっと、碧は単純な子で、そんな単純な子が強かったりするんだと思う。気持ちの切り替えが上手い。 初めは動揺したり、泣いたりするけれど、自分でダメだと気付いたり、他人のアドバイスであっという間に気持ちを切り替える事が出来る子。 羨ましいと思う。 「うん、教えてあげる。碧ちゃんが居ると千尋も直ぐに元気になるよ」 神林に微笑まれ、碧もやっと笑い温めて貰ったミルクを全部飲み干した。 此上に服を脱がされても西島は起きなかった。 脱がせて思うのは身体つきがすっかり成人男性のものだという事。 子供の頃は一緒にお風呂にも入った事もあるし、熱出す度に着替えさせるのは此上の仕事。 身体に触れたのは高校生が最後。 酔った西島に迫られた時が最後。 あれから、何年経った?そりゃあ、大人になるな。 そう思いながら着替えさせた。 「あ、あの、ちひろさん大丈夫ですか?」 碧が寝室へと顔を出す。 「ああ、うん、大丈夫だよ、おいで」 碧に手招きをする。 側に来た碧の瞳が濡れていのに気付く。 ああ、ビックリしたんだな。と思う。 「大丈夫だよ……心配しちゃったみたいだね」 此上は側に来た碧の頭を撫でる。 「か、風邪だって神林先生が……僕、全然気付かなくて、朝、一緒にご飯食べなかった時に気付けば良かったです」 西島の側にいき、その場に座り込む。 やはり、食べていないのか。 「夜は食べてた?」 「はい……あ、でも、量が少なかったです、なんか、つまみ食いしたからとか夜も言ってて……」 「そっか、千尋、昨夜は普通だった?」 「えっ?あ……何時もより、甘えてた感じがしました……ずっと、くっついてて」 ああ、昔の千尋だ……此上は確信した。 シーツをすっぽりかぶり丸くなって眠るとか、甘えてくるとか……子供の頃の彼の行動そのもの。 ストレスをためて、それをどうする事も出来ずに自分にそれを当てる。 それで入退院の繰り返し。 成長するにつれて、無くなってきていたと思っていた。 それがどうして今? この子が居て変わったと思ったのに? 聞いても答えないだろうな……と西島を見つめる此上だった。

ともだちにシェアしよう!