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人って温かいんですよ? 3話

◆◆◆◆ 食事はしてくれるようになった……話しかければ答えてもくれる。 でも、部屋から出ようとしない。 学校に通わなければならないけれど、今の状態ならクラスに馴染めないだろう。 頭が良い子だから勉強は此上が合間を見て教える事にした。 此上には懐いてくれているようだが、他の大人には人見知りする千尋。 部屋に他の誰かが入ろうものならベッドのシーツの中に隠れてしまう。 もちろん、彼の本当の父親には会おうともしない。 きっと、彼の中では自分を無理矢理ここに連れて来た悪人だから。 この部屋にはまだ入れないが千尋には姉が居た。 ミサキ。 正妻の子。ミサキは弟がくるというので喜んでいた。 愛人の子供とか気にしないようで、純粋に喜んでいる。 でも、千尋が会いたがらない。 「今日もダメ?」 つまらなさそうな顔をするミサキ。 「まだ、怖がって部屋からでたがらないから」 「……そっかあ、そうだよね……でも、1人は寂しいんじゃないかな?」 ミサキはそう言うと此上にクマのぬいぐるみを渡す。 「寂しくないように」 いくら千尋が子供とはいえ、幼稚園児ではない。受け取るだろうか? それでも、ミサキの優しさなのだから受け取った。 「慣れてくれるまで待つ」 ミサキは手を振ると自分の部屋へと戻って行った。 部屋に戻ると千尋が様子を伺うようにこちらを見ている。 「千尋、おいで」 手招きをすると、側に来た。 「これ、ミサキちゃんから」 「……いつも、来る女の子?」 「そう……千尋が寂しいかもって」 此上はクマのぬいぐるみを千尋に渡す。 「……僕が嫌じゃないのかな?」 「えっ?」 「だって……そのミサキって子のお父さんが浮気して出来たのが僕でしょう?嫌じゃないのかな?」 此上はまさか子供からこんな言葉が出るとは思わなかった。 浮気とか……小さくても理解しているのだ。それで、傷ついている。 「ミサキちゃんは千尋が来るって聞いて喜んでいたんだ……弟ができるって」 「喜ぶの?変な子……うれしいとか変だよ……だって、お母さん達は僕が要らなくなったんだもん……僕……いらない子……」 千尋は涙をポロポロと流してクマを抱きしめた。 此上は堪らず、クマのぬいぐるみごと千尋を抱きしめる。 「千尋!そんな事言うんじゃない!いらない子なんて居ないんだから」 キツく抱きしめる。 千尋は答えずにただ泣いていた。 もう、ずっと……連れて来られた日からきっと、自分は捨てられたと思っていたのかと思うと胸が痛い。 夜、此上はいつもこの部屋に泊まっていたが、寝る時は別だった。 でも、この日は一緒のベッドで眠った。もちろんクマも一緒。 腕の中で此上にピッタリとくっついて離れない。 早く、安心して眠れる日がくるといいのに。 そう願わずにはいられない。 クマを貰った日から千尋は此上から離れなくなってしまった。 トイレや、少しでも姿が見えないと不安そうにして此上を探す。 側に居ると安心してテレビを見たり本を読んだりして時間を過ごしている。 そして、ようやく此上と一緒ならミサキに会うようになってくれた。 ミサキは凄く嬉しそうだ。念願の弟。 「ちーちゃん」 ミサキがちーちゃんと呼んでも嫌がらない。少しづつ会話も増えて、一緒にテレビを見たりゲームをしたり……子供らしい事をしてくれるようになった。 でも…… 真夜中に物音がして此上は目を覚ました。 「千尋?」 電気をつけると千尋が泣きそうな顔で側に立っている。 「どーした?眠れない?」 頷く千尋。 「じゃあ、ほら、おいで!」 此上は千尋を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。 すると、安心したように眠る。 昼間は元気でも、夜はどうしても慣れない彼。 此上はソファーベッドで眠っていたが、彼が安心出来るまで千尋のベッドで一緒に眠る事にした。 ◆◆◆◆◆ 「学校……行ってもいいよ?」 ある日、千尋の口から前向きな言葉が聞けた。 「……勉強なら俺が教えるよ?無理しなくてもいい」 前向きな言葉だけど、彼が気を使っているのも分かる。 心配かけないように無理をしているのだろうと思った。 「……無理してない……学校いきたい」 此上は千尋の目線に合わせてしゃがみ「分かった……でも、無理なら我慢せずに言う事!」と言った。 頷く千尋。 同じ年頃の子供と過ごすのも気が紛れるかも知れない。 そして、何よりも外に出てくれる事が嬉しかった。 学校に通うようになって、送り迎えはもちろん此上がした。 「友達できたか?」 学校に通い始めて暫くして聞いてみた。 首を振る千尋。 まだ馴染めないのか?やはり学校に行かせるのは早かったかな?と此上は心配した。 「友達は……作らないの」 「どうして?」 「……離れ離れになると寂しいもん」 俯いて答える。 「それで、作らないのか?」 「離れていくなら初めからいらない」 ……こういう時、なんて答えてあげれば良かったんだろう? 自分はカウンセラーでもないし、千尋みたいな状態になった体験もない。 「……今日も一緒に寝ていい?」 上着の裾を引っ張る千尋。 「もちろんだよ……あ、そうだ、明日休みだろ?遊園行こうか?映画でもいいぞ?」 何か……元気になれるならと千尋の頭を撫でながらに言う。 「……ドライブいきたい」 「ドライブ?いいよ?行き先は?」 「海……」 「海か……いいよ、海に行こう!お弁当作るから」 「本当?」 千尋は顔を上げて少し嬉しそうに笑った。 可愛い……子供らしい笑顔。 「うん、本当!何がリクエストあるか?」 「おにぎりがいい!!梅と明太子」 「分かった!おかずは?」 「唐揚げ食べたい」 千尋は次々と嬉しそうにリクエストをした。 「あ、ミサキ……も呼んでいいよ?」 「えっ?ミサキちゃんも?」 「うん、女の子って海好きでしょ?」 「あはは、確かに!」 此上は笑って千尋の頭を撫でた。

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