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人って温かいんですよ? 10話
此上に抱きかかえられて洗面所まで来たものの吐くモノなんてない。
咳き込むようにその場に座り込んだ。
「千尋、大丈夫か?」
此上は西島の身体を自分の方へ引き寄せ背中をさする。
気持ち悪い……
西島は此上の胸に顔を埋め気分の悪さと戦うように彼の服をギュッ握る。
なんか……子供の頃みたいだなって西島は思い出す。
子供の頃もこんな風に気持ち悪くなった時に此上が背中さすってくれた……抱き締めて貰うと安心できた。
あの頃は本当に此上だけだった。
彼が居なかったらどうなっていただろう?
「吐くものないならベッドに戻るぞ?」
此上に聞かれて「……大丈夫……」と答えた。
「千尋、無理するな」
神林がそう言いながら頭を撫でている。
よく考えると……野郎2人に介抱されてる?
自分を抱き締めている此上と頭を撫でている神林。
成人男子がなんてこったい!!と思うけれど、身体がどうしても動かない。
怠さと気持ち悪さと……あと、いつも自分を苦しめるモノ。
不安と恐怖と寂しさ。
いつか、また引き離されてしまうんじゃないかって……
好きになる人が出来るとその人が居なくなるんじゃないかって思う恐怖。
無理矢理取り上げられちゃうんじゃないかって、ずっと……怯えていた。
此上だって、ずっと側に居るって言ってくれたのに離れ離れになってしまった。
アメリカに居たあの時間は凄く寂しかった。
友達が出来て、一緒に暮らしていた人が居ても心は空っぽだった気がした。
日本に戻って1人暮らしして会社勤めして、心の空っぽを埋めるように仕事していたら認められて役職が上がって行った。
もういいや……いつか離れ離れになるならもう誰も要らないって思った。きっと、皆、離れて行くって……
だから、1人でいたのに。
また、お節介なヤツが現れて心が乱れる。
碧を引き離しに来たのかと思った。
引き離しに来たのなら全力で阻止しようと思ったのに……今の自分はこんなにも弱い。
成長してないのかな?
身体ばかり成長して……
心の中はまだ子供みたいだ。
「ニッシーの中には小さな子供がおる」
諭吉に言われた……
凄いな諭吉、ビンゴじゃん。本当に自分の中にはまだ子供が居る。
改めて自覚した。
「諭吉すげえ」
「は?諭吉?」
声に出していたみたいで、此上がキョトンとしながら聞き返す。
「なんやニッシー」
モフモフ毛玉が此上と西島の間に無理矢理入ってきた。
「諭吉……」
西島は思わず笑ってしまった。
「こら、諭吉ダメだよ、千尋は具合悪いんだから」
神林は慌てて諭吉を掴まえる。
「呼ばれたけん来たとぞ?なんや、飯やなかとな?」
ニャーニャー騒ぐ諭吉を抱き上げる神林。
「神林……諭吉のご飯……たべさせて」
西島は顔を上げて神林を見る。
「お前な、諭吉より自分だろ!」
神林は呆れたように返す。
「ちひろさん!!!」
碧の声が聞こえてきた。
碧?
西島は声がした方へ視線を向ける。
碧が今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。
いつの間に?
「碧ちゃん、起きちゃった?」
泣きそうな碧の元へ神林は行くと「千尋、ちょっと吐き気があるみたいで、もう大丈夫だよ?」説明をする。
「だ、大丈夫ですか?ちひろさん」
碧は西島の側に行くと自分もその場にしゃがむ。
「碧……」
西島は此上から離れると碧へ手を伸ばし抱き締めた。
碧の小さな身体は凄く温かい。
抱き締めるとさっきまで感じていた気持ち悪さがスッと無くなった。
面白いくらいに消えてしまった。
ちひろさん!と名前を呼ばれた瞬間に色々考えていたモノがフッとロウソクの火を消すみたいに一瞬で消えて、碧の顔を見たら凄く安心してしまった。
気持ち悪さも無くなって、ドキドキとザワザワが交互にきていた心臓も治まった。
魔法でもかけられたみたいだ。
碧は本当に不思議な子だ……
「ちひろさん大丈夫ですか?」
大きな瞳が濡れて心配そうな顔。
「うん、今、大丈夫になった」
「僕を心配させないように嘘ついちゃダメですよ!本当に大丈夫ですか?」
「本当に大丈夫……吐き気治まったし」
西島は微笑む。
「本当ですかあ?」
大きな瞳がウルウルと涙で潤んで、本当に可愛いな。なんて不謹慎な事を思ってしまった西島。
「さっきより顔色は良くなったから大丈夫だよ碧ちゃん」
「本当ですか?」
神林に言われて碧は少し安心したみたいだった。
「とりあえず移動しよう」
此上は立ち上がると西島を碧の目の前でお姫様抱っこした。
「うわあああ!!此上えええ!!」
何してやがる!!と暴れる西島。
「大人しくしろ!落ちるだろーが!」
西島に怒る此上。
碧の目の前でえええ!!と恥ずかしさで死ねる!と思った西島を碧は、
「騎士様と王子様……」と呟く。
「お姫様かもね」
神林はそう言って碧の頭を撫でる。
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