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人って温かいんですよ?14話
敵ではない。……分かっている。自分でもそれは分かっている。
怖くて前に進めない自分。
あと1歩……踏み出せば良いだけなのに進めない。
真っ暗なトンネルの中にまだ居るみたいでどうしようもない。
「ニッシー……ワシら猫はな、温かい場所ば好いとーと
……陽が当たるとことか暖房があたるとことか探しだすのが好いとう……ばってんな、人も温かいけん好いとーとさ。碧と初めて会った時に小さい碧に抱っこされて、ああ、温かいばい!って安心したとば覚えとる……ニッシーにも温かい場所、ちゃんとあったやろ?辛い思いばしたけど、温かい場所と抱っこしてくれる温かさ知っとうやろ?思い出せ」
なんで、自分は猫に……説教されているのだろう?
そして、どうして泣きそうなのだろう?
諭吉の言葉は心に少し温かさをくれた気がする。
思い出せ……
そう……ちゃんと覚えている。
住んでいたアパートに迎えに来てくれた此上。
冬に星を見に連れて行ってくれて、手を繋いでくれた。
あの手は温かくて……諭吉みたいに安心出来た。
優しくて温かい手を離したのは自分。
此上は悪くない。いつもみたいに強い口調で言っても離れないと勝手に思ってた。
自分には心のゆとりが無かった……此上の気持ちを考える余裕さえ無くて文句ばかり。
置いて行かないでと素直に言えば良かっただけ。言葉にしないと伝わらないのに。
西島は諭吉の頭に手を置くとそのまま撫でた。
「ニッシーの手も温かくて好いとーばい。ワシが喋ってもニッシーは普通にしてくれる、碧ば大事にしてくれる……なあ、それと同じばい!此上も神林もニッシーば大事にしとる、受け止めてくれると、凄かな人間は」
西島は無言で諭吉の頭を撫で続ける。
今、一言でも喋るときっと泣いてしまう。だから、話せない。
◆◆◆◆
「ココア美味しかった?」
キッチンへ碧が戻ると神林が声をかけてきた。
「はい!僕、気に入りました」
ニコッと笑う碧。
「千尋も飲んだみたいだね」
碧が手にしているマグカップは2つ。2つとも空っぽなので此上からそう言われた。
「はい」
「貸して、洗うから」
此上は碧が持つマグカップを手にする。
「ご飯、もう直ぐできるから千尋に持って行ってやって」
神林は2人分の朝食をトレーに乗せている。
「はい、……あ、でも、ちょっと待って下さい。諭吉がミルク欲しがって」
碧は冷蔵庫から猫用ミルクを取り出すと少し電子レンジで温める。
「えっ?諭吉、さっきご飯食べてたよ?」
「諭吉、食いしん坊なんです」
神林の言葉にそう返す碧。
「飼い主はあまり食べないのにね」
クスクス笑う神林。
ほんの数10秒温めるだけなので、ピーッ!と温めるた事を知らせる電子音が鳴る。
「直ぐに取りに来ます」
碧はミルクが入った容器を持ち、寝室へと慎重に運んで行く。ミルクがこぼれたら大変。
◆◆◆
「諭吉、ミルクだよ!」
碧がミルクと共に戻って来た。
床にミルクが入った容器を置くと諭吉はベッドから飛び降りる。
「ミルクは美味いばい!」
諭吉は小さい舌でミルクを味わっている。
「ちひろさん、ご飯出来たみたいですよ」
西島に近付き、伝えた瞬間に碧は抱きしめられた。
「ちひろさん?」
いきなりだったので驚いて名前を呼ぶ。
「どうしたんですか?」
「甘え……させえくれるんだろ?少しこのままいい?」
西島の言葉に「はい……」戸惑いながら返事をする。
戸惑ったのは西島の様子が少しおかしいと感じたから。
「頭、よしよしした方がいいですか?」
碧は甘えるイコール、頭撫で撫でとかだと思っている。
「うん……よしよしして」
碧は西島の頭を撫でる。
「ちひろさん、いい子です」
「ありがとう碧……碧は温かいな」
碧から伝わる体温は温かい。そして、泣けてくる。
此上も神林も碧も……味方。諭吉の言葉。
「ちひろさんも温かいですよ?」
「そうか……温かいか」
「はい!人って温かいですもんね」
「うん」
碧の言葉に西島は堪えきれず少し泣いてしまった。
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