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幸せって意外と近くにあるもんですね 17話
嘘だ……
だって、昨日……ユウちゃんと連絡し合った。
直ぐに帰ってくるって……いい子で待ってろって。
斉藤は身体が震えた。
「辞めたって嘘……」
震える声でそう聞くのが精一杯だった。
「なんか、上の人達が話していたんだけど、お家の会社を継ぐとか……あと、お見合いとかして結婚するとか……」
女性の言葉にもう頭が真っ白になってしまった斉藤。
今日はエイプリルフール?そう考えたかった。
斉藤はいきなり走り出す。方向は神林が居る医務室。
「星夜くん!待って!」
碧も斉藤を追いかける。
佐々木部長が会社を辞めた?
だから、だから、ちひろさんが呼び出されたんだ。
お家の会社を継ぐらしいよ?
お見合いして結婚……。
違う!絶対に違う!
佐々木部長はそんな人じゃない!星夜くんを裏切るような人じゃない!
碧も心臓がバクバクとうるさいくらいに脈を打ち始める。走っているからじゃない。
驚いたから。先の見えない不安に襲われたからだ。
◆◆◆◆
斉藤は勢い良く医務室のドアを開けた。
「斉藤くん……」
勢い良く開いたドアに驚いたというより、何か言いたげな顔に斉藤は受付の女性が言った事が本当なのだと瞬時に理解してしまった。
「神林先生……今日ってエイプリルフールでしたっけ?」
わざと元気そうに見せる斉藤。
「違うよ……」
神林は心配そうな顔をして斉藤の側に来た。
「……聞いたの?佐々木の事」
神林の言葉にさっきより震えが来た。
受付の女性よりも神林の方が確信出来るから……佐々木とは学生時代からの友達で仲良しで自分と佐々木の関係も知っているから……余計に現実なのだと叩き付けられる。
「星夜くん!」
ちょっと遅れて碧も医務室へ到着した。
「2人ともこっちにおいで」
神林は斉藤の腕を引っ張り、椅子へ座らせた。
碧も斉藤の横に座る。
「碧ちゃんも聞いたの?」
「……受付で、あの、ちひろさんが呼び出されたのって」
「うん……佐々木の事でだよ」
ああ、やはり本当だったのだと碧の身体も震えた。
そして、斉藤が心配になる。
「理由は……?会社継ぐから?結婚するから?」
神林に質問する斉藤の声は震えていて、碧は咄嗟に斉藤の手を握った。
僕が側に居ますよ?そんな気持ちを込めて。
「辞めたのは本当なんだ……結婚はただの噂だよ」
結婚は噂……辞めたのは本当。
どちらも噂であって欲しかった。
「星夜くん」
心配そうに斉藤の顔を見つめる碧。
「……嘘だもん……昨日、ラインしたもん……ユウちゃんと……直ぐに帰ってくるって言った……」
そう言った斉藤の瞳から涙がボロボロと零れてきた。
「星夜くん!」
慌てる碧。
「いい子で待ってろって……」
斉藤はボロボロと涙を零して震えている。
「斉藤くん、……こっちおいで。少し落ち着こう」
神林は斉藤の腕を引っ張り上げて立たせるとベッドへと連れて行く。
碧も心配そうに後を追う。
ベッドに座らせ、「碧ちゃん、悪いけどそこの冷蔵庫にミルクあるからレンジで温めてくれる?」碧にお願いをする。
「はい!」
碧は直ぐにミルクを温めるべく離れた。
「ユウちゃん……辞めたの本当なんですかあ?」
ボロボロ涙を零しながらに聞く斉藤。
「うん」
「なんでえ?」
「まだ、理由は……千尋が聞いてくると思うから」
「う~」
斉藤は俯いて泣いている。それを神林は抱き寄せて「大丈夫だから……ねっ、ほら、少し横になろうか?」とこどもあやすような優しい口調でなぐさめる。
「神林先生、ホットミルク」
碧がカップを持って戻って来た。
「ありがとう碧ちゃん」
神林は碧が持ってきたホットミルクを斉藤に渡す。
「落ち着くよ」
渡されたカップを素直に受け取る斉藤。
「きっと、何か理由があると思うんだ」
神林は斉藤の頭を撫でる。
神林も佐々木の話を聞いてかなり動揺した。
まさか……と思った。
彼は外見は派手でチャラチャラしているように見えたるのだが中身はキチンとした男だっていうのは声を大にして言える。
中途半端な事はしない。ましてや……斉藤に対して酷い事はしない。
だって、あんなに愛し合っていて……楽しそうな佐々木を久しぶりに見たなって思っていたのに。
どうして、こうなったのだろう?
斉藤を慰める神林の携帯が鳴る。
表示を確認すると此上から、「碧ちゃん、斉藤くんの側に居てあげて」碧に斉藤を託すとその場から離れた。
此上にも探りを入れて貰ったのだ。
彼の交友関係は広いし、何より、西島の父親が佐々木の父親の会社と取り引きをやっているのでそこから情報が欲しいと思ったのだ。
仕事早いな篤さん……神林は斉藤に気を使うように医務室から出た。
◆◆◆
残された斉藤と碧。
「星夜くん……」
泣いている斉藤にどう声をかければ良いか悩む碧。
僕が神林先生みたいな大人で言葉を沢山知っていたら良かったのに……と慰める言葉が出て来ない自分に嫌気がさす。
「あおい……」
斉藤はポロポロと涙を零す。
「ユウちゃんが……ユウちゃんと会えなくなったらどうしよう」
零れる涙をゴシゴシと袖で拭く斉藤。
「そんな、そんな事ないです!だって、佐々木部長は星夜くんの事あんなに大事にしていたじゃないですか!」
その言葉に更に涙を零す斉藤。
碧はベッドに座ると斉藤の頭を引き寄せてギュッと抱きしめる。
自分にはこういう事しかできない……。
安心させれる言葉をあげられない。
ごめんなさい星夜くん。
もっと、大人になりたい。
◆◆◆◆
「篤さん?」
周りを確認しながら電話に出る神林。
「トオル?調べたよ」
「どうでした?佐々木は……?」
「佐々木の父親が彼に家を継がせたいみたいで……彼に許可も無しに退職願を出したらしい」
「……やっぱり」
そうじゃないかと思っていた。
佐々木が斉藤を悲しませる事をしたりしない。
「結婚相手も勝手に決めて、お披露目パーティを開こうとしているみたいだ」
「は?」
何それ?と思った。
そんな展開……ドラマでしか見た事がない。
何勝手にやってるんだ!って腹が立つ。
腹が立つが佐々木の父親も彼なりに必死なのかも知れない。自分の家を継がせたい。
代々続く家柄なら……そうなのかも知れない。
ただ、医務室で泣く斉藤が心配でならなかった。
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