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諭吉
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ドキドキしながら碧はホームに居た。
電車を1本見送って、次の電車が来る2分前に西島がホームに現れた。
やっぱ、電車だったんだ。
ドキドキしながら列の前に立つ。
西島は10数人後に並んでいる。
凄く、ドキドキしながら到着した電車に乗り込む。
中へ入ると、ドっと人が一気に流れてくるから碧は奥へ奥へと押しやられた。
でも、隙間から西島は確認出来て、その隙間からチラチラと見る。
そっかあ、近所だったんだあ。
5ヶ月住んでるのに気付かなかった。
でも、気づけて良かったと思う。
入社式で見てからずっと憧れていた。
好きとかじゃないよ。
憧れてるだけ。
だって、部長はかっこいいもん。
たった12分間の幸せな時間が終わり、終点に着いてしまった。
西島が先に降りて、碧が後から、 彼は歩くのが早いから碧が改札口を出た時には信号を渡っていた。
でも、気付かれたくないから信号は待った。
気付かれたら、何を話して良いか分からない。
この距離が丁度いい。
会社に着くと、 「碧、どうした?今日は遅いな」
斉藤に話掛けられた。
「寝坊したから」
「珍しいな。なに?夜更かしでもした?」
興味津々な顔で斉藤がちょっかいを入れてくる。
夜更かしというか、興奮して眠れなかっただけ。
でも、そんな事話したら興奮した理由まで話さなくてはいけなくなる。
「YouTubeみてたら、寝るの遅くなって」
なんて誤魔化した。
「碧、YouTube見るんだ?まさかエロじゃないよな?」
ニヤニヤする斉藤。
「違います!猫です!猫の動画」
慌てて否定。
「え~碧ちゃん猫好きなんだあ」
斉藤との会話に女子が入ってきた。
「はい。実家で猫飼ってて」
「へぇ~名前は?」
「諭吉」
「諭吉?福沢諭吉?」
斉藤が疑問形で聞いてくる。
「はい」
返事をすると、斉藤と女子社員1は可愛いーっと言って笑い出す。
碧ちゃんらしい~とまで付け加えられて。
「え~何なに?どうしたの?」
騒ぎに女子社員2、女子社員3も加わる。
「碧ちゃんがね実家で猫飼ってるんだって、名前が諭吉」
「え~可愛いーっ」
なんで、名前と猫飼っているってだけで、こんなに騒げるのだろうと碧は不思議だった。
「写メとかある?」
女子社員1に聞かれ、碧は写メを見せる。
「や~ん可愛い」
女子社員達は写メを見てハシャぐ。
諭吉を誉められて嬉しい。
碧はちょっと気分が良かった。
「なあ、いくつ?」
斉藤にいきなり話を振られ、碧は、
「18」
と答えた。
で、間が空いて斉藤達が大爆笑する。
え?何?
碧は訳が分からずにキョトン。
「違う違う、碧の年じゃなく猫!諭吉の年」
「あっ」
そっか、と顔が真っ赤になる。
するとそれで、
「碧ちゃん可愛い」
と騒がれた。
「諭吉は15歳」
真っ赤になりながら答える。
「15?ひえ~凄いじゃん、ゆきっつあん」
斉藤は驚く。
「本当ね、長生きだね。きっと碧ちゃんが飼い主だからね」
女子社員3がそう言う。
「えっ?どうしてですか?」
「だって、可愛がってるんでしょ?小動物が長生きするのは飼い主の愛情が深いからだと思うよ、碧ちゃんも諭吉が好き、諭吉も碧ちゃんが好きだからずっと一緒に居たいって長生きしてるんだよ」
その言葉に碧はじーんときた。
「そ、そうですかね?へへ、嬉しいです。ありがとうございます」
碧は深々と頭を下げた。
その姿に、
「いやん、碧ちゃん可愛いっ!」
とまた黄色い歓声が響く。
あ~、マジあいつら、
ウルザいし…
西島は絶える事がない女性の黄色い声援に耐えきれなくなっていた。
マジないわ~っといつ一喝してやろうかと考えていたら、
「何よ何よ、随時と騒がしいじゃないか?」
と佐々木が現れた。
また、佐藤を見に来たのかと西島は佐々木に対して舌打ちをする。
「今日は珍しく話題の中心は碧ちゃんか」
舌打ちにも動じない佐々木。
「俺もちょっくら参加してくるよ」
佐々木は若者の輪に入って行く。
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