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親友の告白

――なんで、どうして諒陽(あさひ)は知っている?!  どうして、どこで知った?!俺は誰にもこの仕事のことは話していない。両親はおろか、もちろん、学生時代の誰一人にも……。 「たまたま、なんだ……。たまたま、その、見て、みたくて……サイトで真凰(まお)のこと……見つけた」 「ん?……たまたま?!」  俺は思わぬところに引っかかり、否定するより先に妙な声が出た。 「いま大事なのはそこじゃないだろっ?」と隣りのイケメンが焦っている。 「――動画買って見たの?俺のやつ、サンプルは目にボカシ入ってんだけど……」 俺は半ば諦め、開き直るように諒陽を真っ直ぐ見た。すると今度は諒陽(あさひ)が居たたまれないのか、気まずそうに視線を外し黙った。 「さっさと吐けっ!!」  俺は古い刑事ドラマみたいに床を足で蹴りつけ自白を強要する。 「はいっ!見ましたっ!なんとなく、サンプルの雰囲気や声がお前に似てたから……『男子高校生・秘密のアナ園〜放課後のえっちなイタズラ〜イキまくりde()・8連発!!』……を」 「いや、詳細なタイトルまではいいよ……ていうか、なんだよ……サンプルの時点でもうバレてんのかよ……」 俺はショックを通り越し、すっかり放心した。この仕事を一番知られたくなかった人間にすっかりバレていたなんて。  握りすぎて少しぬるくなっていた缶ビールを机に置き、痺れた手で頭を抱えた。右手は諒陽に掴まれたままだ。痛いよと漏らすとその手は解かれた。そして「ごめん」と呟かれる。 「嘘だろ、お前……なんで、見たの……。うわ、マジかよ……俺、見られたのかよ……て言うか、お前一年生の時は彼女いたんだろう?だから俺は……、で?!奥さんは?ここにいんのかよ、本当に!この部屋から女の気配がさっきから一切しないんですけど?」 突然ガラスの天板が大きな音を立てて響く。驚いて俺は一瞬身体を硬くした。それは諒陽が乱暴に外した指輪が跳ね返った音だった。そのまま指輪は転がり下に敷いたラグへ静かに落ちていった。 「結婚したなんて一言も言ってないよ」 確かに……。一言も言ってない。うやむやに躱して、流していた。じゃあなんで……。 「じゃあなんで薬指に指輪なんて着けてんだよ!結婚してるって思わせるようなことなんでっ」 「――言っても、怒んない?」 「怒らないから、言えよ」  俺は固唾を飲んで覚悟を決める。 「女、避けだよ……。入社してからずっと面倒で……って痛い!なんで殴るの!怒んないって言ったじゃん!!」 「ごめん、思わず」腹が立って諒陽に無意識のうちにグーパンを食らわせていた。 「結婚したとは誰にも言ってないよ。ただこうしてみたら急に静かになったんだ。だからそれからずっと着けてて。でも、お前に今日会えた時、すぐに外せば良かった……変に意地張ってバカみたいだ……」 ――諒陽も俺に見栄を張っていた?俺と同じに?  今、辛そうに話す諒陽の顔はとても儚げで、胸が締め付けられる思いがした。記憶の中にある表情だ。そうだ、あの時。彼女と付き合うことにしたと話すこいつによかったなと笑いかけた時に返された顔と同じだ。 「――俺の質問に答えてよ、真凰(まお)」 「なに……?」 「恋人はいるの?」 「…………」 ――なんで……そんなこと。今更俺の事を知ってお前はどうするんだよ。  頭の中がぐちゃぐちゃで整理出来ない。こいつがなにを話しているのか、誰が誰を諦めたって?誰が誰を好きだって? 「じゃあ質問を変えるよ、俺のことは好き?」 俺の好きな長い睫毛から覗くその深い瞳がまっすぐ傍に寄り、こちらを見つめる。6年前とは比べものにならない大人の視線、平熱の奥に隠された欲望が今にも溢れそうな唇で俺に問う。思わず後退りしたくて身じろぐが、ソファの背凭れが邪魔してうまく逃げることが出来ない。 ――どうしよう。このままじゃ……、捕まる――。 「俺……は……」  心を読まれるのが怖くて咄嗟に俯き「来るな」と力のない両手で諒陽の胸を押す。頼むから、これ以上傍に来ないでくれ。俺はもうあの頃の俺じゃない。あの頃の無邪気に笑っていた俺じゃない。本名も知らないたくさんの男たちとカメラの前で何度も愛情の証でもなんでもないセックスを繰り返して、それを不特定多数に見せびらかして、金を貰って、もうお前の知っているあどけないままの親友じゃないんだ。 深呼吸をひとつして俺は顔を上げ、真っ直ぐ諒陽を見た。 「俺たちは……友達、だろ?」上擦りそうになる声を必死にバレないよう隠して笑ってみせる。 ――ちゃんと言えた。大丈夫、大丈夫だ。 「本当のこと言って」 諒陽は簡単には引き下がらなかった。 「自信過剰だなぁ、お前。みんながお前のこと好きだと思ったら大間違いだぞ!これだからイケメンはさぁ……」 「3回は聞かない……真凰。俺のこと好き……?聞くのはこれで最後にするから……」 静かに、だけど力強い声色だった。その声には諒陽の最後の決意が詰まっていた。 18歳の時、悩んで、悩んで。誰にも本当のことを話せなくて。それでも側に居たくて。お前の一番の親友で居たくて――。  あの時、彼女が出来たあの瞬間、俺の恋は終わったんだと全てを断ち切った……、つもりだった。なのに6年ぶりに再会した途端、全然断ち切れてない想いに気付かされて……。 「じゃあなんで断らなかったんだよ!あの時!なんで彼女と付き合ったりしたんだよ!」 ――俺があの時、どんな気持ちで……、俺が……! 「今まで一度も俺の恋愛に口出しして来なかったお前が、急に女の子をくっつけに来たから……俺の気持ちがバレて、避けられてるんだと思った。ガキだったから、お前に嫌われるのが、ただ怖かった……。だから、親友のままでならお前の傍にいられるって……」 ――まるでどこかで散々繰り返されたようなセリフだ。 「何、それ……。はは……、馬鹿みたいだ……」 俺は全身の力が抜け、がくりと肩を落とし、身体をソファの背凭れに全て預けた。首だけを少し傾け、諒陽を見た。不安そうに叱られるのが怖いこどものような顔をして、諒陽はこちらを覗いている。こんな時でもその姿をかわいいな、なんて、俺は本当に馬鹿のようだ。 「真凰……?」 「――なぁ、諒陽。俺のこと、……好きか?」 「……うん、好きだよ」 嗚呼、なんて甘い言葉と声だろう……。鼓膜が溶けておかしくなりそうだった。 「……馬鹿みたいだ」  甘い諒陽の声は自分の身体の一番深いところまで浸透するように響いた。  胸の奥が痛くて、苦しくて――でも暖かくて。 俺の知らない、今まで味わったこともないような感情が、身体の奥底から噴き出すのがわかった。 その感情の名前を理解した瞬間、ずっと我慢していた涙がポロポロと溢れた。 ――俺はいったい何を恐れてあの時全てを諦めたんだろう……?ずっと……俺も……お前も――。 「ふたりとも同じ気持ちでいたのに……」  瞼を閉じると溢れた涙は静かに頬を伝ってゆく……。暖かい、これは悲しい涙じゃない。  諒陽の熱い大きな手のひらが俺の髪をやさしくすいて、濡れた頰を拭う。そして、軽く、触れるだけのやさしいキスをくれた。 「好きだよ、真凰……」 ――出会ってから初めて、諒陽の唇の温度を知った。 「なんで眼、閉じないの?」と不満気に諒陽が喚いた。 「夢だと嫌だから」 「何言ってるの」  俺の大好きな諒陽の笑顔。笑うと少し幼くなって、思い出の中の諒陽とぴったりと重なる。うっとり見つめているとまたキスされた。角度を変えて何度も口付けられる。 ――嗚呼、本当に……夢みたいだ。  夢のようなその現実を噛み締めたくて、うっかり眼を閉じてしまった。その隙に深く口付けされて驚いて口が開いた。諒陽は嬉しそうにここぞとばかり舌を絡めてくる。何度も芝居でキスなんてして来たのに、俺は動揺してしまってうまく呼吸もままならない。陸に上がった魚のように下手な息でその深く甘いキスを何度も受け止める。諒陽が時折笑っているのが見えた。「かわいい」と優しく耳元で囁かれ、恥ずかしくなった。そんな諒陽の慣れた素ぶりにも腹が立つ。 「真凰」 「なんだよっ!」  ぶっきらぼうな返事をする俺に諒陽はあのずっと笑顔のままキスして抱きしめる。大好きな諒陽に優しく愛されると堪らなくなってまた、泣いてしまいそうになった。 「真凰。ずっと、会いたかったよ……。ずっと後悔してたんだ……離さなきゃ良かったって……卒業して離れてみて、自分がどれ程お前を好きだったか思い知ったよ。だけどお前は実家も出て、電話番号も変えて……もう、どこにも居なくて……。あの時、俺だけが次に進めないでいた」 「そんなことないよ。俺だってずーっとウジウジお前のこと引き摺ってた。忘れたくて半ばヤケクソで、この仕事に就いた。お前よりイケメンな男にすげーテクでヤラれまくったら一層の事、楽になれるんじゃないかってさ」 「ふーん、そんな男現れたの?」 「どうでしょう?ていうかさ、いいの?お前。俺の見ちゃったんでしょ?嫌になんないの?」 「ショックじゃないと言ったら嘘だけどさ……それはAVって仕事にじゃなくて、俺の好きな真凰に色んな男が触ってる現実に腹を立ててる感じだったかな。俺は見たこともないようなところをさ、あいつらは何度も見て舐めたり弄ったり突」 「わああ!もうわかったから!!」 俺は慌てて声をあげ、恐ろしい単語が出そうになるのを必死に制止する。 「諒陽のこともっと潔癖な男だと俺は勝手に信じてたみたい!なんか!お前も穢れちゃったね!大人になるって残酷だね!!」 「何言ってるの?俺は高校生の時からこんなだったよ、お前の前では猫を被っていただけ。本当は身包み剥がして色んなところを探って見たり舐めたり弄ったり突」 「やめろやめろ!俺の美しい青春をお前の手で穢すなっ!!!」 慌てて諒陽の口を塞いだその指先をいやらしく舐められた。思わず恥ずかしくて反射的に手を引っ込める。 「変わらないな、真凰は」と、いやらしい顔で諒陽は笑う。 「はああ??俺なんてもう魔性のアナルニストと呼ばれていてだなぁ!俺のあそこに突っ込んだ男たちはみんな骨抜きに――」 「黙って!嫉妬に狂ってお前の動画全部にウイルス仕込みたくなる」 ――声が本気過ぎて恐ろしい……。 「え、営業妨害はお辞めください……」  俺は思わず早口になった――

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