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【番外編】恋人の秘密《後編》

 別にAV俳優になりたかったわけじゃない――。  親友に馳せた恋心にいい加減踏ん切りをつけたくてハッテン場と呼ばれるところをビクビクしながら歩いていたらスカウトされたのだ。  自分が色んな男に汚されてしまえばもう親友に恋したところで無駄なんだと諦めがつくかと思った。俺みたいな男が諒陽を好きになっちゃいけないんだと。  だけど結局後悔する羽目になるのだ――。  愛される日が来ると知っていたならずっと綺麗なままで生きていたかったと。純文学にでも出てくる御家柄の良いお嬢様みたいに、純潔を守るお姫様みたいに――。 「――ごめん」  なぜか口を衝いた。諒陽は突然の謝罪に目を丸くした。 「……なんの話だ?」 「わかんない。なんか……色々思うところがあって」  馬鹿なことを言ったと真凰は後悔した。お互い裸になって抱き合った途端こんなシラけたことをなぜ言ってしまったのだろうと――。  案の定気が逸れたのか諒陽は真凰から身体を離した。呆れるようなその表情に真凰は思わず目を伏せるとその頭の上でため息が聞こえた。 「お前、また振り出しに戻るつもりか?」 「――馬鹿だよな。俺さ、今日イベントでファンの人たちと会ったんだけどなんていうか、改めて思ったんだよね。ああ、俺ってこんな人数の人たちに知られてるんだって。諒陽みたいに動画しか知らない人もいれたら一体何人俺をAV俳優だって認識してるんだろうって思ったら改めて、怖くなった」 「何を怖いと思うんだ?新しい仕事に就いた時に誰かに言われるって?――違うよな?」  諒陽には真凰が何に怖がっているか大抵の想像はついていた――。真凰は俯いて黙ったままだ。 「お前は、俺の恋人がAV俳優だったっていう事実が怖いんだろう?」  ビクリと真凰が身体を反応させる。 「あのな、俺はそれでもお前が良いって思ったから告白したんだ。一緒に住もうって指輪も贈ったんだよ。俺の恋人はAV俳優だった男だ。でもそれがお前の選んだ道で、俺が選んだ相手なんだ。それでも不満があるなら――」 「いやだ!言わないで!!」  真凰は真っ青な顔をして諒陽を見上げた。怒っているのかと思った恋人は予想を覆すかのように優しい笑みを浮かべていた。 「馬鹿。出て行けなんて口が裂けても言うわけないだろ。俺がお前にいてくれって頼んだんだから」  身体中に広がった緊張が切れた糸のようにするするとほどけて真凰は力を失ったのか諒陽の胸に身体を預けた。 「怖かった……、俺、諒陽、諒陽……」  震えた声で真凰は両手を諒陽の身体に巻き付けて離れてしまわないようにしがみつく。その細い肩がひどく心細そうに揺れて諒陽は脅しが過ぎたかと内心反省した。冷たくなりかけた身体を抱きしめてやると真凰の震えは少しずつ落ち着き止まって行った。 「真凰。不満があるならいつでも口にして俺に吐き出せよ。お前は高校の時から痩せ我慢が過ぎる奴だったから一人でまた悩んで、倒れてしまわないか心配だよ」  大好きな人の甘くて低いその声が胸に当てた自分の耳に響いて身体を通っていく。真凰にとってどんな鎮静剤よりも効果があるに違いない。 「――うん。ありがとう。じゃあ、まず手始めに」 「うん?」と諒陽が腕の中の恋人の顔を心配そうに伺うと相手はすでにニンマリと笑っていた。 「エッチしよ」  諒陽があまりの拍子抜け具合に卒倒しそうだったのは言うまでもない――。  さっきまで濡れて泣いていた烏は驚くほどに明るい声で笑っていた。それの半分は恋人を案じた芝居とわかりながらも諒陽は怒ったふりで真凰の身体を抱きしめた。 「この野郎!捕まえた!!もう絶ッ対離してやんねーからな!!」  こどものようにはしゃいだ笑い声を出しながら真凰は何度も「うん、うん」と幸せそうに繰り返して恋人の言葉を身体の中に閉じ込めるように瞼を閉じた。 ☆END☆

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