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体育館倉庫はホテルじゃありません!

体育館に入ると、緑のシートが床一面に敷かれており、パイプ椅子が並べられている。 今日はそのままにして、明日、先生や在校生達と片付けるのだ。 と言うことは… ここには誰も来ないってことだから、告白するには絶好のタイミングだ! 俺は意気揚々と奥にある体育館倉庫の重たい扉を開けた。 「葵ちゃん!」 大きな声で呼んだ名前は狭い体育館倉庫に短く反響して、返ってきた。 あれ?いない? でも、さっき冬馬はいるって…。 「遠藤さんは、いないよ」 すぐ後ろから、先ほど聞いた声が聞こえた。 俺はビックリして、後ろを振り向くと、思った以上に近いところに冬馬が居て、のけ反った。 その拍子にマットの上で尻餅をついた。 体育で使うマットって固いから、何気に痛い…。 「痛ぇ…。冬馬、何だよ…、葵ちゃん居ねぇじゃん」 「あれ、嘘」 は?嘘? 「何で嘘つくんだよ!あっ、さてはお前も葵ちゃんのこと好きなんだろ!」 葵ちゃん、かわいくていい子だしな。 ダサ男の冬馬にも優しかったもん。 「……は?」 冬馬は今世紀最大級の低い声を出した。 お、怒ってる時の声だ…。 何か、俺悪いこと言った? 冬馬は重たい扉を閉め、ガチャリと鍵を掛けた。 そのまま、俺のところへやって来て、腹の上に乗った。 「何言ってんの?」 「な、何だよ…何怒ってんだよ…?」 「瞬ちゃんが鈍感すぎて怒ってる」 冬馬の眼鏡の奥の瞳は冷たくて、少しぞっとした。 俺、もしかして、殴られる? そう少し身構えた瞬間、冬馬の顔が近づき、唇が俺の唇に重なった。 ちゅぅ…っと少し濡れた音が響く。 え、これって… 時間にすれば、2、3秒だったと思う。 けど、キスしてる時間はそれよりもずっと長く感じた。 「どぉーい!!お前、俺のファーストキス、何してくれとんねんっ!!」 冬馬の体を突き飛ばした。 離れる瞬間もぷちゅとか音がした。 そして、男とファーストキスという事実が衝撃的すぎて関西弁になった。 「瞬ちゃんが鈍感だから、これくらいしないと分からないでしょ?」 「分からないでしょ?って、分からんわ!!」 俺がマットを拳で叩きながら、怒っていると、冬馬は「はぁ…」とため息をついた。 ちょっと、ため息つきたいの俺なんだけど。 「俺、瞬ちゃんが好き」 俺の上に乗っかっている冬馬が唐突に告白した。 「……何言ってんの?」 「遂に日本語まで理解できなく……」 「そ、そうじゃなくて!いや、俺男だよ?」 「うん。分かってるよ」 「な、何で、急にカミングアウト?俺、無理だよ?冬馬は幼馴染みとして大事だけど、恋人は女の子がいいよ」 俺はそういう趣味ない。 普通に女の子が好き。 あ、そう言えば、冬馬も幼稚園の時はめちゃくちゃ可愛かったんだよな。 女の子だと思って、遊んでたら、まさかの男で当時4歳の俺はショック受けたっけ…。 時の流れは残酷だ。 あんなに可愛かった冬馬が、ダサ男になっちゃうなんて…。 っていうか、俺の初恋って冬馬か? 「瞬ちゃんと出会った瞬間、俺は瞬ちゃんと一緒になることを決めたんだ」 「出会った瞬間って…4歳じゃん!」 早すぎだろ。 やっぱ、冬馬が初恋って言うのはノーカウントだな。 「4歳でも、俺は瞬ちゃんが好きだった。それから15年間、ずーっと傍にいたくて、高校も同じとこ受けて…。ゲームも瞬ちゃんにつまらないって言われないように、新しいの買ってた。瞬ちゃんと対戦できるようにゲームも練習した」 「それなのに…」と冬馬の頬に涙が伝った。 俺は驚いた。 普段冬馬は、無表情だ。俺と遊ぶ時は笑ったりするけど、泣き顔は初めてだった。 「瞬ちゃんは、いつもいつも、女の子に惚れて…しかも、たかだか出会って1年そこらの女に…俺はこんなに瞬ちゃんに尽くしてるのに!」 「と、冬馬…ごめん…お前の気持ち知らなくて…」 冬馬は眼鏡を取って、袖で涙をぬぐっていた。 「良いんだ…もう」 あ、許してくれた? 冬馬は俺の友達だから、別れるのは辛いけど…気持ちを知ってしまった以上は元通りの関係とはいかないよな。 「強行手段に出るから」 そうか、強行手段に…って、え? 「きょ、強行手段?」 その尖った言い方に、嫌な予感しかしない。 冬馬は顔をあげて、俺を見据えた。 眼鏡掛けてない冬馬なんて、久々だな…と暢気(のんき)にそんな事を思っていると、俺はどさりとマットの上に倒れた。

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