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第8話

軽く買い物を終えてから家に帰ると、千尋が哉太の家のリビングで勉強をしていた。その様子を見て、そういえば物理で課題を出されていたことを思い出す。来年、受験生になるせいか、この頃先生達も少しずつ課題を出すようになってきた。 「なに、そのバッグ」 今朝方、宣言通りに現れた裕紀に無理やり押し付けられたそれは、ずっしりとした重さを持っている。 開けるのは家に帰ってから、必ず返せというお達しがあったため、そのままその場で返そうとしたが脱兎のごとく逃げられ今にいたる、 千尋は返事をしない哉太から手にしたバッグを奪い取るとおもむろにその中身を確認した。 「どうしたの、これ」 中に入っていたのは、ある程度は予想していたが、可愛い女の子が裸で映っている雑誌やDVDであった。詳細は確認していないが千尋の眉間に皺が寄るのを見ると、その類のものしか入っていないようだ。 「裕紀に押し付けられた。飯ある?」 「ヒロキって….…バスケ部の?バスケ部何やってんの」 ブツブツ文句を言いながらも、千尋が炊いたご飯をよそってくれる。 綺麗に切られたキャベツや、哉太の好物のミニトマト、さらに暖かな豚肉の生姜焼きを出されると思わず笑みが零れた。 「ちぃちゃん、さすが」 昔の呼び名で褒めると、千尋も柔らかに笑う。しかし、手にした裕紀のいかがわしい雑誌に視線を落とすとパラパラめくり出す。 千尋とエロ本という組み合わせが想像できずにじっと見つめていると、ふいに顔を上げた千尋と視線が交錯した。 「なに」 「いや、お前もそういうの見るんだなって」 「そりゃ見るよ、男だし」 さらりと言われ、続く言葉がなくなる。 無言で胃の中に食べ物を詰め込むと、そのままシンクの中にあったコップも含めて洗った。 両親と離れて暮らすようになってから、片付けはすぐにやることが習慣になった。後回しにするとやりたくなくなるから。誰もやってくれないというのは、行動を起こす最大の理由かもしれない。 普通の、一般の男子高校生とは少し違うのかもしれないが、ある程度、普通の高校生よりも楽に生きている自覚はあった。 「カナ、何か怒ってる?」 無言で洗い物をしていたせいか、尋ねられる。 「いや、別に」 「急に無言になるし」 じっと見つめられ、思わず視線をそらす。 ソファに腰を下ろし、裕紀のバッグを開いて中に入れられた雑多なものを見つめる。しばらく見つめたあと、意を決して千尋を呼び寄せた。 「千尋、ここ座れ」 三人がけのソファの空いたスペースを指差す。苦笑いをしながらやってきた千尋に、昨日の裕紀との会話を思い出した。 「千尋さ、キスしたくなるのってどんな時」 「突然なに」 「いや、昨日裕紀と話題になって。ちょっと気になった」 「……じゃあカナはいつキスしたくなるの」 和かな笑みを浮かべて千尋が問う。 千尋が哉太に向き合うように座り直したせいか二人の物理的な距離が若干縮まった。 「俺のことはいいじゃん」 「じゃあ、教えない」 「ずるい」 「哉太が言えば教えるって。はい、言ってみな」 片方の頬をつねられ、答えを促される。 昨日から考えても結論が出なかったことを要求され、哉太は苛立ちを隠せず声を荒げた。 「俺、千尋としかしたことないからわかんねーんだって。しかも、行ってきますとか、ごめんなさいとか、挨拶代わりだし。大抵、お前に言われてしてるし」 「ふーん、俺としかしたことないんだ」 「なんだよ」 「いや、何でもない」 ニヤニヤと笑われ、居心地が悪い。 「もういい、千尋はいつしたくなるんだよ」 「出かける時とか、仲直りする時とか?」 「真面目に答えろ」 「真面目だって。好きならいつでもしたい。今すぐしたい。出来ないなら理由つけてでもしたい」 真っ直ぐに見つめられ、途端に居心地が悪くなる。この状況では自分に向けて言われているようだ。沈黙が苦しい。 「じゃあさ、今度は俺から聞いてもいい?」 「なに」 「カナのオカズになる本はどこにしまってあるの」 「は?それって……どういう……、」 「こういう本とかDVDとか、どこにあんの。カナがどういうものに興奮するのか知りたいんだけど」 しどろもどろになりながら、あえて話を逸らそうとしたのに、質問を変えられ逃れられなくなる。 目を逸らせば顎を上げられ、頬をくすぐられる。千尋の瞳が今日はやけに優しい。 そういえば、いつも一緒にはいたけれど、こういう話をしたことはなかった。 勉強の話とか、ゲームの話、バスケやサッカーに親の話ばかり。たまに千尋の彼女の話をするが大抵が気がついたら付き合っていて、哉太が相手を把握する前に別れることも多々あったため、どこまで行って何をしたとかそういう話をしたことはなかった。 「カナ、教えて。スマホの中とか?」 そういって、千尋が哉太のズボンのポケットを確認し、スマホを取り出す。 「見ていい?」 特にロックも掛けていないため、簡単な操作で閲覧される。別に見られて困るものが保存されているわけではないが、なんとなく居心地が悪い。 自分から呼びつけたものの、いたたまれなくなって千尋から離れようとすると腕を掴まれ引き寄せられた。 千尋の胸に顔を押し付ける格好になり、肌が密着する。 本当にこの男は寂しがりやだ。 「カナ、なんか俺とバスケ部とのやり取りしかないんだけど」 「ドサクサに紛れてラインまで見るなよ」 「だって無いんだもん。カナの好きな体位とかプレイとか知りたかったのにさ。それとも俺に見つからないように上手に隠してる?部屋の中とか全然見つからないよ」 「え、なに、お前ヒトの部屋漁ってんの」 「掃除してやってんの」 頬をつねられ、態度で咎められる。掃除なんか頼んでないとクレームを入れればきっと更に文句を言われるのは間違いないので、頰をつねられたまま大人しくしていると、満足したのかスマホを返すのと同時に頰を離した。 「そもそも、カナってこういうの見たことあるの」 裸の女性が扇情的にこちらを見つめているページを開き、目の前に押し付けられる。 返事をしないでいるとDVDのパッケージを更に押し付けてくる。答えはすでにわかっているくせにと睨み付けると千尋が柔らかく微笑んだ。 「見たことないなら一緒に見る?」 甘い誘惑。 軽く頷くと千尋は嬉々として鞄を漁り始めた。

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