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第12話
表向き、千尋との関係は何も変わらなかった。
平日の部活後は大抵一緒に過ごしていたし、休日も千尋の両親が帰ってきていたり、哉太に合宿がなければ大抵一緒だった。キスもしたり戯れたりもした。
ただ、哉太と過ごしていない間の千尋は、やはり小春とともに過ごす時間が多いのか、校内で2人の姿を見かけることが増えた。
……小春の話題は、あれ以来出ていない。そのため、付き合っているのか、付き合っていないのか、はっきりとしたことは哉太にはわからなかった。
何も変わらない生活、何も変わらない関係。
しかし、心のどこかでモヤモヤとした感情が取り残されているようで、何事にも集中ができないでいた。
ピピーッッ!
試合中、無理な姿勢からのシュートに変な体勢で床に倒れこむとその瞬間にファールを取られた。チッと舌打ちをすると、選手交代が告げられた。当然だ、今のが四つ目のファールで、明らかに自分のミスだった。
裕紀に手を差し伸べられ、掴んで立ち上がると軽く右足に痛みが走る。
「哉太、気にすんなよ」
交代にか、それとも怪我をしたことに対してないのか、おそらく前者に対してだと思われるが裕紀に肩を叩かれ、コートを後にする。
控えのベンチに戻るとコーチに思い切り殴り飛ばされた。
「今日はもう帰れ。バスケに集中出来ない奴は迷惑だ」
辛辣な言葉と行動に何も言い返せず、後輩に声をかけて体育館を後にした。
控え室で制服に着替え、右足の様子を見る。
思ったよりもプックリと腫れて、内出血を起こしていた。ついてない。何度か捻挫は起こしたことがあるため処置の方法は知っているが、自分の不甲斐なさが原因で怪我までし、明日からのバスケに影響を与えるなんて最低だ。
軽くテーピングだけ施し、立ち上がるとずきんっと痛みが走った。さっきまでは気が張っていて気づかなかったのか、時間が経つにつれて痛みが鋭くなっているのかわからなかったが、部員たちが戻ってくる前に帰ろうと部室を後にした。
ひょこひょこと片足を庇いながら歩く。
あの時、なんであんな行動に出たのか。先ほどの試合を思い出し、自問自答する。無理をするところではなかったし、ムキになるようなところでもなかった。
このところ、ずっとこういうことが多い。何となく集中しきれず、ぼんやりしたかと思えば無性に苛立ったり、感情の起伏に理性がついていけていない。
好きな数学なら、公式と少しの閃きで答えが出るのに。
自転車をひきながら、校庭横の銀杏並木をゆっくりと歩く。グラウンドから幾人かの笑い声が聞こえ、そちらに目をやった。サッカー部が、楽しそうにボールを追いかけている。しかし、その輪の中に千尋はいない。どこかにいるのかと視線を彷徨わせると、グラウンドの端っこ、ベンチで足を組む千尋がいた。その横にもはや見慣れた巻き髪の女の子が見える。
千尋は小春と2人、ベンチで談笑していた。
触れ合うか触れ合わないかの距離、どこか格好つけたような、それでいて少し心を許しているような、哉太があまり見ない表情で千尋が笑っている。
胸がきゅっと締め付けられ、身体中を黒い汚い感情が侵食していった。うまく表情をつくることが出来ず、唇を噛み締める。この感情の名前を、思い出すことは容易いけれど、今は理解したくなかった。
帰ろう、くるりと背を向け、自転車置き場へ急ぐ。痛む足を庇いながら辿り着くと、雑に止めた自転車の鍵を外した。その場で、ペダルを踏み込むだけの力が右足にあるのか確かめていると背後から足音が聞こえた。
「カナ。試合は?もう帰るの?」
聞き慣れた声が聞こえる。
グラウンドから走ってきたのか少し息が荒い。振り向くとそこには、先ほどまで自分がずっと見つめていた千尋がいた。
「帰るなら俺も帰る。荷物持ってくるからこここで待ってて」
「、、、お前の方こそ部活はいいのかよ」
「カナの試合見に行こうと思ってたとこだし、別にいいよ。むしろ、こんなに早く試合終わると思わなかった」
「終わってはいない」
視線を反らしながら呟くと状況が理解できないらしく、困ったように微笑んだ。
「終わってないのに帰るの?何かあった?」
「別に」
「何怒ってんの。今日はカナの好きなモン作ろうと思ってたけどやめるぞ」
いつもならその冗談にも乗ってやるのだが、あいにく今日はそんな気分にもなれず、冷めた目で千尋を見る。
千尋も哉太の様子に気づいて、そっと手を伸ばした。
「カナ、マジでどうしたの」
「……小春ちゃんは」
「小春?小春ならグラウンドにいるよ。部活の片付けとかやってんじゃないの。……なに、妬いてんの」
嬉しそうに言われ、思わず視線を反らす。
「そんなんじゃない」
「とりあえずカバン持って来るから待ってろ」
千尋はそう言い残し、小走りに校舎の中に消えていく。その後ろ姿を見送り、哉太はそのまま千尋を待つことなくその場をあとにした。
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