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第13話

そのまま家に帰るのは何となく癪にさわるため、哉太が訪れたのは高校のそばにある図書館だった。 滅多に訪れる場所ではないが、比較的一人になりたい時には利用する場所だった。 テストが終わったばかりだからか、土曜日の午後という時間帯だからか、自習室の人はまばらで、見知った顔もいない。 窓際の、それでいて、あまり人目につかない机に腰を下ろすとそっとため息をついた。 不甲斐ない。 私生活をバスケに持ち込むだなんて。 このまま三年生にあがれば、長くとも夏までしか、アイツらとバスケができないのに。イライラをぶつけるように机の上に英語の教科書を広げる。だが、教科書の中に広がる他国の言語を一頻り見やった後に、そっと閉じた。 嫌いではない。嫌いではないが、とうしばらく会っていない両親を思い出しそうで、勉強する気分にはなれなかった。 窓の外を眺めながら、いつからこんなに面倒くさい性格になったのだろうと思う。 千尋とは、同じマンションの二部屋しかないフロアのお隣さんで、同じ病院で生まれ、誕生日も2ヶ月しか変わらない。 ワーカホリックな両親を持ち、そのせいで保育園の頃はいつも2人で最後まで母親の迎えを待っていた。 はじめてのお留守番も千尋と一緒に。 両親がいないことは慣れていたが、両親のいない夜にはお互い慣れていなかったから、2人で毛布にくるまって寝た。あれからずっと、いまでも一緒のベッドで寝ている。 小学校も、中学校も、同じランドセルを背負い、同じ鞄を持って通学した。 バスケをしたい哉太と、自由に行動したい千尋では進学する高校も異なるかとは思ったが、2人で猛勉強をして県下でも有数の進学校に入学した。 進学校に行けば、親も海外転勤に連れて行こうという気にもならないだろうという千尋の機転で、あの夏は必死に勉強をした。 ……キスも、初めてした。 ずっと、ずっと、誰よりも長い時間を共有していた。 哉太の部活が忙しくなっても、千尋に彼女ができても、変わらなかった関係。表面上は今も変わらない。 それなのに、小春の存在がやけに哉太を苛立たせていた。 どのくらいの時間、そうしていたのかはわからないが、少なくとも陽は傾き始め、館内の学生たちはほぼ退席していた。 そろそろ帰るかと、立ち上がると窓の外、公園に続く舗道のところに今は一番会いたくない小春の姿を見つけた。 サッカー部の帰りなのか、制服姿で何やら大きな荷物を持って歩いている。 薄暗い中、一人で帰るのは危険ではないかと思うが、そういえば千尋を、結果的にではあるが、小春から引き離したのは自分であることを思い出す。 少し罪悪感を覚えたものの、別にいつも小春が千尋と帰宅している訳ではないだろうし、また、そこまで遅い時間でもない。一人で大丈夫だろうと、帰ろうとしたその時、小春の後ろに他校の制服を着た男子が数人歩いているのに気がついた。 その表情はここからは見えないが、あまり良い感じはしない。 たまたまだろうとは思うが、何となく嫌な予感がする。 何もなければ良い、そう思い、腫れた足を庇いながら小春を追った。 軽く走ると、右足の痛みが骨に響く。 整形外科に行かなければならないかもしれないと思い、公園に入ると人気のない公園の奥の方で、数人の高校生に絡まれている小春がいた。 やっぱり、と思いながら足を進める。こんな時に怪我をしているじぶんが本当に情けなかった。 「小春ちゃん」 何でもないフリを装って声をかけると、今にも泣き出しそうな小春が哉太を見る。哉太くんと呟くと、小春が哉太に近寄って来た。 「……知り合い?」 柄の悪い高校生を前に、小春に答えのわかりきった質問をする。小春は小刻みに震えながらも首を横に振った。 どうしようかと高校生の手元を見ると、割れたスマートフォンか見える。 「お前、ソイツの知り合い?なら、なんとかしてくれよ。ソイツのでっかい荷物が俺の肩に当たって、こんなに画面バッキバキになったんだぜ」 ニヤニヤと嫌らしい顔つきで、一人が哉太に声をかける。 ほんと?と声をかけると、小春が微かに頷いた。 「でも、ぶつかって来たのはあっち……」 小声で言われ、ようやく現状を理解する。つまりは当たり屋ということか。 「……とりあえず、小春ちゃんはもう帰りな。あとは俺が話するからさ」 「でも……」 「暗くなるし。千尋も呼べば来るんじゃない?」 「おい、勝手に話進めんなよ。俺らはその女に弁償してもらわねーと気がすまねーんだよ」 「いや、さっき俺になんとかしろって言ったのそっちじゃん。とりあえずこの子帰してあげてくれない?話なら俺が聞くから」 「哉太くん……!」 泣きそうになりながら、小春が哉太の右腕に触れる。白く細い指は冷たく、微かに震えていた。それがやけに庇護欲をそそる。千尋が好きそうな女だと思った。 「そこのコンビニで千尋呼んで帰りな」 「でも……」 「大丈夫だから。バスケ出来なくなるようなことはしない」 そう言うと、小春はようやく小走りにその場を後にした。 下卑た笑みを浮かべる男たちと対峙する。 千尋が来るまで30分くらいと見込みを立てて、腕を鳴らした。
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