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第93話Appear
しまった、人気のない道を通った時点で気づくべきだった。まさか真田も不良だったのか?しかし名前も聞いたことがない。小笠原と同じように影で暗躍していたのだろうか。
廃工場のような場所。逃げるのが最善だろう。後ずさり、背後に人間の気配がして振り返ると、そこには人相の悪い不良の三人組がいた。うちの生徒ではないようだが、どこかで見たことがある気がする。
「誰だてめぇら、何が目的だ…!」
「後でゆっくり説明してやるからそう焦るなって…」
真田がそう言い顎でその三人組に指図すると、そいつらは一斉に殴りかかってきた。そう機動は早くない、二人は上手くかわすことができたが、一人の拳が脇腹に入る。
「う゛っ…」
それで体勢を崩し、今度はすかさず鳩尾に一発くらっしてまう。しばらく喧嘩していなかったから体が鈍っていたのか、衝撃に耐えられずその場に崩れ落ちる。体勢を立て直そうとしてすぐに蹴りを何度かいれられ、意識が遠のいていった。
………………
顔に水のようなものをかけられて目を覚ます。
目を開けると、うっすらと真田の姿が見えてくる。手には空のペットボトルが握られていて、どうやらその中身の水をかけられたようだった。
「真田…てめぇ、どういうつもりだ…!」
殴りかかろうと身を乗り出すと腕が動かない。柱に腕を縛り付けられているようだ。また、先ほど殴られたところが僅かに痛む。
「目ぇ覚ましたかと思ったらすぐ噛み付いてくるな、縛ってて正解だったよ。二中の狂犬だっけ?」
鼻で笑いながら持っていたペットボトルを床に投げて踏みつける。その動作を見て、この前のタバコのことを思い出す。そのことも聞きたいのだが、あまりにも分からないことが多すぎた。
「さっきのやつらは…?」
「あぁ、今外で見張っててもらってるよ…あの三人組、見覚えない?」
「はぁ…?」
確かに言われた通りなのだが、誰かは思い出せない。中学のときに喧嘩をした他校生だろうか?
「5年生のとき、きみが転校するまでずっと三人組の標的にされてたでしょ。三浦クン?」
「あっ……」
思い出した。
確か転校する前の小学校には、厄介な三人組がいた気がする。毎日誰かを標的にしては、小学生らしいくだらないイタズラを楽しんでいた。いじめという程でもなかったが教師から目の敵にされていて、性懲りも無く何度もイタズラを繰り返す常習犯だ。
5年生になったとき、貧弱だった俺はその3人組にすぐ目をつけられてしまった。
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「痛いっ…やめろよ!」
後ろから髪の毛を引っ張られ、思わず声をあげる。振り返れば、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるあの三人組がいた。
『なんだよ三浦、こんなに髪伸ばして。女子みてーだな』
リーダー格である一人がそう言うと、あとの二人もそれに乗っかってからかいはじめる。
『ほんとだよな、勇也じゃなくてユウコに改名しろよ!』
『あ、また泣きそうになってる!』
髪の毛は好きで伸ばしている訳ではなかった。母親が出かける頻度が高くなってから、なかなか切る機会がなかったのだ。
また父親も、髪を伸ばしていた方がいいと言ってきかない。
俺が泣き出すまでからかい続け、転校するまでずっと執拗くまとわりつかれていた。
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そんなに前のことはすっかり忘れていた。思い出しても不快なだけだが、今思えばその嫌がらせも大したものではなかったような気もする。
そのまま奴らは仲良くみんな不良になったということだろうか。
「だからお前、俺のこと知ってたのか?」
「まぁ、ある意味そうかな」
「なんだよある意味って…」
「三浦くんが転校してからさ、どうなったと思う?」
「んなこと知るわけねぇだろ」
真田は無表情で、何を考えているのかわからない。いつもヘラヘラしている分違和感があった。
「好きだったおもちゃが無くなったら、次は新しいおもちゃで遊ぶよね?」
「何が言いたいんだよ」
「次の標的にされたのは俺だったよ」
その言葉に、息を呑む。自分がなにかしてしまった訳では無いが、心臓がドクドクと脈を打った。
「それだけで…わざわざこんな事までしたのか?」
「それだけ…?あぁ、そうかもね、お前にとっては」
真田は自嘲気味に笑って先ほど踏みにじったペットボトルの残骸を蹴っ飛ばすと、俺の目線に合わせてしゃがみ込み、話し始める。
「お前があまりにもすぐ泣いてたもんだからさぁ、そこに奴らは味をしめてたみたいなんだよね。俺が泣くまで何でもやってきたよ、だんだんエスカレートしていってさ…」
「そんなの、別に俺は悪くねえだろ!」
「うるさい!小学校卒業するまでずっと耐えて…それなのに、中学までまたあいつらと一緒で…」
「それは………」
正直、そうなってくると真田が不憫だと思った。今ではひょうきんに振る舞っている奴でも、過去にそんなことがあるものなのか。真田の強く握られた拳はわなわなと震えている。
「中学入ってもずっと俺は標的のまんまでさ…パシリにつかわれたり、鬱憤晴らしに殴られたり蹴られたり…散々だったよ」
自分のときはそこまでひどいことは無かった。それでは本当にいじめではないか。しかし、それなら何故あの三人組は逆に真田の指示に従っているのだろう。
「じゃあ…何であいつらは…」
「それは…謙ちゃんが、助けてくれたから…」
ボソッと小さな声で真田が呟く。淋しそうな物言いで、ついうっかり口から出てしまった言葉のように思える。
「謙ちゃんって…」
「違う!今のは忘れろ!…そ、それでその後は俺のオヤジにいじめがバレてあいつらは停学処分。俺っていうか、オヤジを恐れて俺に従ってる…」
真田の父親は、なにか学校に縁でもある人物なのだろうか。いずれにせよそれだけ大きな力を持っているということだろう。
「はっ…それで俺に復讐でもするのか?」
真田は気の毒だが、そんなことでわざわざこんなことをするなんてくだらない。実際俺は何もしていないじゃないか。
「そういうわけじゃない。本命は三浦くん…双木じゃないから」
「は…?どういう…」
「人質だよ、遥人を誘き寄せるためのね」
「小笠原…を…?」
どういうことだ。鼓動がよりいっそう早くなる。今まで聞いてきた情報が頭の中を巡った。そして、ついに全てが結びつき、頭の中に一つの仮説が浮上する。それと同時に真田が言葉を発した。
「うちのオヤジの組、武田さんとこに吸収されたんだ」
やはり、仮説は間違っていなかった。真田が俺に近づいてきた理由は、小学生の頃の因縁だけではなかったのだ。寧ろそれはたまたまそうであっただけで、こいつの目的は最初から小笠原にあった。
上杉を潰すならまずは小笠原から…そしてその小笠原をどうにかするために俺が利用されているのか。
「俺さ、昔から馬鹿だったから…オヤジからも呆れられてたんだ…でも、やっとこれで認めてもらえるかもしれないから」
「どういう意味だよ」
「今回の計画に関しては俺の独断でやってるから、オヤジも武田さんの組も関係ない。でも、これでうまく小笠原を片付けられればオヤジもきっと…」
「なんで俺が巻き込まれなきゃいけないんだ」
「こうするしかなかったんだよ!遥人本人を捕まえるのなんて、できっこないし…」
「あいつは…小笠原は来ねえよ」
「は…?」
自分で言っていて辛かった。
小笠原はきっと来ない。こんな見え透いた罠に引っかかるような奴ではないし、そもそもあいつにそこまでして俺を助ける理由はない。だって、俺が苦しんでいるのが好きなのだから…
「どうやっておびき寄せるつもりだったんだよお前」
「え…いや、だって…双木のこと拘束してるっていったら…普通に助けに来ない?」
「あいつ家出ていったし…俺のことなんてもうどうでもいいと思ってるんじゃねえの」
「そ、それは困るんだけど」
こいつ…アホだ。
「いやお前、何も考えてなかっただろ」
「う、うるせぇ!!」
真田が力に任せて俺を蹴りつける。僅かな衝撃はあったものの、思っていたよりも痛みはない。こいつまさか…
「もしかして、お前喧嘩したことねえの…?」
「はぁ?なんでだよ…そんなこと、ねえし」
「タバコも無理して吸ってたのか?」
「なんで知って…!」
「お前が裏庭で吸ってるところ見たんだよ」
「あぁ、そうなのか…いや、タバコはなんとなくっていうか…中学のときから吸ってて…」
今の真田はかなり焦っているようだった。ヘラヘラしているいつもの真田と、暗い雰囲気をまとった真田、そして今の真田…どれか本当のこいつなのだろう。
「もうわかっただろ、俺をどうしようが全部無駄だ」
「そんなのまだわからないだろ!…あ、でもあんまり早く来られても困るんだよな」
「なんで?」
「これからあの三人以外にも増員するからそれが到着するまで…」
「お前、やっぱりアホだろ。そんなにペラペラ話していいのかよ」
「あっ違う、違うから、な?」
こいつはこれからどうするつもりなのだろう…ただ、もし仮に小笠原が来てしまったらただ事では済まない。いくら強いとはいえ、大人数を相手に一人で闘うことはできないだろう。
「あいつをどうするつもりだよ」
「なに、双木は遥人のことが心配なの?」
「別に、そういうわけじゃ…」
「遥人のお気に入りだもんな、珍しいよ。付き合った女の子ですら1日で飽きるようなやつなのに」
「そのお気に入りっていうのやめろよ、胸糞悪い」
「あいつが来たら、双木を解放するのを条件に人質を代わってもらうよ。抵抗されたら力づくでねじ伏せるしかない…」
「それであいつの父親に交渉しようって魂胆か?」
「さぁ、どうだろうな。でも、あいつがもしお前にも飽きちゃってたらどうしようかなぁ…」
何気なく真田がぼやいたことだったが、胸がズキンと痛んだ。本当に飽きてしまったのかもしれない。そう思うと黒いもやが心を覆っていくようだった。
「もうやめろよ、意味無いって…」
「どうしよう…電話かけてみようかな…うわっ!あっちからかかってきた…」
真田がスマートフォンを手に取ったと同時にそれが振動して着信音が響く。真田が画面をタップすると、スマートフォンから小笠原のものと思われる声が聞こえてきた。しかしスピーカーになっている訳では無いので、何を言っているかまではよく分からない。
「ちょ、うるせえって!!…なんだよ、ようやく気づいたの?双木なら今……だからうるさいっつーの!話聞けよ!」
どうやら小笠原は何かをずっと叫んでいるようで、真田は片耳を押さえながら建物内から出ていく。それと入れ替わりに、また先程の三人組が入ってくる。
真田の方よりも、こいつらの方が脅威としては大きい。
相手が三人で縛られているとなると、どうも勝算がなかった。
小笠原はきっと来ない。
来て酷い目にあって欲しくない。
でも心のどこかでは、淡い期待を抱いていた。
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