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第92話Tellsー遥人ー
結局今日は学校を休んでしまった。上杉さんは早朝から家を出たので特にすることがない。組の連中も上杉さんについて行ったようだった。上杉さんの奥さんもきっと家のどこかにいるのだろうが、まだ会っていない。
気分転換に出かける気分にもならないし、何をして時間を潰そうか…
そんなことをぼんやり考えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「小笠原、部屋にいるのか」
その声は、聞いたことがなかった。低いから男には違いないのだが…
「誰…?」
「申し遅れてすまない。上杉虎次郎の息子だ」
「えっと…ケンシロウくんだっけ」
「違う、謙太だ」
「あーはいはいケンタロウくんね、どうしたの?」
「………中に入ってもいいか」
面倒だったが、何も言わずに扉を開く。すると、扉の前には自分よりも少し大きな男が立っていた。黒髪で切れ長の目をしたいかにも日本男児といったかのような男だ。
「…なんで君、剣道のカッコしてんの?」
「すまない、これを着ていないと落ち着かない性分なんだ」
「あーそう…で、何」
「お前に大事な話がある」
「…ごめん、俺そういう趣味ないから」
「そういうことじゃない!…〝あの件〟と、双木についてだ」
双木という名前を聞いて、自分がわかりやすく反応してしまったのがわかる。彼もそれに気づいたようで、なにやら話しづらそうにしている。
「勇…双木くん、学校きてた?」
「ああ、今朝屋上で会って話をしてきた」
「は?…双木くんと何話したの?」
「…お前についての話だ。そんなに怒ることではないだろう、双木はお前の所有物か何かなのか?」
「それ、は…違うけど」
本当はそうだと言い張りたい。勇也は俺のもの、俺だけの勇也であってほしいから。
でも俺は勇也の気持ちなんて1ミリも考えていなかった。そのうえ手をかけてしまった…ここで手放さなければきっと勇也は壊れてしまう。自分でも自制心がきいていることに驚いているが、きっと自分で思っているよりもずっと勇也のことが大切になっていたからだろう。
「俺は…お前と双木が屋上で…その、しているところを見てしまった」
「は…?なんて?」
「だから…お前と、双木が…この前屋上で行為に及んでいるのを、見た…」
「なんだよ、聡志が言ってたのと違うじゃん。なんで黙ってたの?」
「お前は驚かないのか?」
まぁ、誰かしらに見られているだろうというのはわかっていた。見たところで、それが無口な奴だったらきっと心の中にしまっておくだろう。それがまさかこいつだとは思わなかったが。
「うん…別に。それがなんだって言うの」
きっとこれを聞いたとき勇也は絶望した顔をしたのだろう。こんな現状なのに、その顔を想像するだけで滾ってしまう。
「動じないんだな、無理強いをしたのだろう、未成年とはいえ立派な犯罪だぞ」
「わかってるよそれくらい…今回は上杉さんにも父さんにも事を揉み消してもらうつもりはないし、あとは好きにしたらいいよ」
「双木本人は、なにもしないと言っていた」
「なんで…?」
「小笠原に人を傷つけて欲しくない、傷つくのは自分だけで充分で、自分が傷ついても悲しむ者はいないからそれでいい、と…」
「なんだよ…それ…」
「ずっと辛そうだった。俺にはどうして双木が解放されても尚お前から離れようとしないのか理解ができないが…」
「そんなこと…今まで一度も言わなかったのに」
こんな形で勇也の思いを知るはめになるとは考えてもみなかった。どうして俺には言ってくれなかったのだろう。いや、言えるわけないか。ずっとそんな思いを抱えて我慢してきたんだ。それなのに俺は突き放してしまった。
「お前は、双木のことが好きなのか?」
「は?何急に怖いんだけど」
「気になったから聞いただけだ…お前、学校とは随分感じが違うんだな」
「だって上杉さんの息子ならもう猫かぶったって仕方ないし…で、なんだっけ」
「お前が双木のことが好きなのかどうか…」
そんなの好きに決まってるじゃないか。好きじゃなかったらあんな事までして手に入れようとしない。好きなんて言葉じゃ足りないくらいに…
「……好きだよ」
「…そうか、それなら何故無理強いをしたんだ」
「男同士じゃ正当法でいけないでしょ」
「そんなの分からないじゃないか、ちゃんと気持ちを伝えて…」
「めんどくさいなぁ、女だって一回抱けばその気になるじゃん」
「だ、抱く…っ?!」
謙太くんとやらは顔を真っ赤にして驚いている。こんなにわかりやすく赤面する人間がいたのか、勇也以上に顔全体真っ赤だ。
「君って童貞?」
「さ、さっきからなんなんだ!別にいいだろうそんなことは!」
「図星かぁ…俺だって童貞に説教されたくないね」
「関係ないだろう!!」
「童貞は短気だなぁ」
ちょっと楽しくなっておちょくってみると、どこから取り出したのか竹刀を振りかざしてきた。なんとか手で受け止めるが流石に驚く。木刀じゃなくてよかった。
「貴様…ふざけるのもいい加減にしろ!」
「わかった、わかったからこの物騒なモンしまってよ!」
「……失礼した。少し頭に血が上りすぎていたようだ」
謙太は竹刀を床に横たえて、彼自身もその側に正座した。
「…何話してたんだっけ」
「だから…双木が好きなら、真っ向から想いをだな…」
「そんなことしても意味無い。俺は何度も好きって言ってるけど未だに意識してくれてないと思うし」
「だからって無理矢理、したり…脅迫したりすることないだろう…」
「脅迫ねぇ…昨日の俺と上杉さんの話盗み聞きでもしてたの?」
多分上杉さんには昨日包み隠さず全てを話した。それを聞いていたなら勇也を脅迫したことや解放したことを知っていたのも納得だ。さっきから妙に色々知っているから勇也から聞いたものだと思っていた。
「悪い、そのつもりは無かったのだが…」
「ねえ…双木くん、まだ家にいてくれるかな」
「どうしたんだ急に?」
「まだ俺のこと信じてくれてるかな…きっと嫌われてるよね」
「さっきの話を聞いてどうしてそうなるんだ…双木が家から出ていくことは無いと思うぞ」
そんなの、わからない。確かな証拠なんてどこにも無いのだから。
「今から…会いに行っても大丈夫かな」
「会いに行ってどうする?」
「謝って、抱きしめたい…それだけ。あとはどうなるかわからないけど、これ以上俺に縛られて欲しくないし」
「それは、いいと思うが…今双木が家にいるかどうかは…」
「学校終わったんだから帰ってるでしょ?俺の家学校近いし」
謙太は一転して、表情を曇らせた。
それを不思議に思っていると、自分のスマホにメッセージ通知が一件入っているのが分かる。通知を切り忘れたかと思ってそれを見ると、聡志からのメッセージだった。
「『双木と遊ぶからちょっとだけ双木借りる』
…?何言ってんのこいつ…」
「やはり駄目だったか…先にお前にこっちを話しておくべきだった…!」
「は?なんの話?いや、普通に双木くんと遊ぶとか許せないけど…」
「お前、もしかして知らないのか?!」
「はぁ?だからなんの話してるんだよ!」
「武田に吸収されたのは…『真田組』だ」
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