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第96話Taken back
謙太の先導に従って行くと、人気のない道に入った。ここまで来たことがないので、こんな所があるなんて初めて知った。
「ここ…?」
「ああ、ここの門を超えた先にある」
「何人いるかな〜…場合によっては割とキツいかも」
「お前の言う人員というのはいつ来るんだ?」
「さっき呼んだ。一人ここのこと知ってる奴がいたみたいだったし、もうそろそろ来ると思うよ」
「…そいつらと一体どういう繋がりなんだ?」
「ん〜?めんどくさいから後で説明するよ」
閉ざされた門をよじ登って敷地内に入る。謙太も木刀の入ったケースを背負ってあとに続いた。辺りを見渡しながら進んでいくと、何やら話し声が聞こえてくる。廃材に身を隠して様子を窺った。
『なんで俺らが真田の言うこと聞かなきゃなんねえんだよ』
『ほんとだよな〜あいつの親父さえいなければこんなことしねえのに』
『まぁいいじゃん、奇跡的な巡り合わせがあったんだし?』
どうやら三人だけのようだ。気を抜いて談笑しているのがわかる。
「あれ、まだ少ないね」
「ああ。これから増えるといったところだろうか…俺たちの到着が早かったからな」
「」 どうする?」
「今のうちに行ったほうがいいだろう。しかしまずは様子を見て…」
『まぁ、まさか三浦に会えると思ってなかったしな』
三浦…って確か、勇也の旧姓だったよな。耳を済ませて話を聞く。
『お前はいいかもしれないけどさ〜俺はなんもしてもらってないし!』
『結局ヤリ損ねたしな』
『いや〜案外よかったぜ。イラマチオとか初めてやったわ』
そう言って下品に大笑いをする三人組。気づいたときには、謙太の呼び止める声を無視して殴りかかっていた。
『う、わ…っ…!!』
「………おい」
脇腹に一発、そしてそのまま同じところに蹴りをいれて地面に叩きつける。動きが鈍ったそれを踏み潰すように体重をかけた。
「お前、なんて言った…?」
押さえつけたそいつは苦しそうにもがき、足を離すと激しく咳き込む。
『だ、誰だ、お前っ…!』
「なんて言ったか聞いてんだよ、聞こえねえのか?」
無心に腹を蹴りつけると、その度に魚のように跳ねて苦しむ。慌てた他の二人が応戦し、蹴りあげられた脚を避けて一歩下がる。
『…お前が三浦の…?へえ、随分整った顔じゃねえか』
『うわ〜イケメンの癖に強いの腹立つ』
「うっざ…そんな短ぇ脚じゃ届かねえよ」
『あぁ?!なんだとこの野郎!!』
先ほどまで地面に伏していた奴は、ぜえぜえと肩で息をしながら立ち上がった。
『っよくもやってくれたな…!はは、お前があいつのオトモダチかよ。悪いなぁ…あいつの口、気持ちよかったぜ?』
もう一発蹴りを腹に打ち込む。流石に今度はうずくまって何も喋れないようだった。胸ぐらを掴んで顔を近づける。自分自身、今どんな顔をしているかわからない。
「人ものに手ぇだしちゃいけないって小学校で習わなかったの?」
『ひっ…あ、いや…その』
片手で顔をガッと掴んで指先にじわじわと力を入れていく。本当にこのまま頭を割ってしまいそうだ。
『い、いだっ…あ』
「絶対に許さない…」
勇也が他の男に?ありえない。俺の勇也が汚された。本当にこいつを殺してしまわないと気が済まない。でも元はと言えば全て俺のせいだ。許せない…何もかもが許せない。
「おい、小笠原!それ以上やったら本当にこいつは死ぬぞ」
どうやら謙太も姿を現してこっちにやって来たようだ。手の力を抜くと、掴んでいたそいつの体はまた地面に打ち付けられるように力無く倒れた。
『お、お前…上杉か?!なんでこんなところに…』
一人が謙太の姿を見てそんなことを言った。
「なに、謙太くん知り合いなの?」
「さあ…俺には覚えがないが」
『嘘つけ!忘れたとは言わせねえぞ…お前のせいで俺達はな…!』
「待ってくれ、本当に誰かわからない」
『中学同じだっただろうが!!真田のこといじめてた三人組だよ!!』
「ああ、お前達か。わざわざ自己紹介するなんて律儀だな」
『この野郎…!』
謙太はこんなときでさえ自分のペースは乱さない。一人が謙太に向かって殴りかかるが、さっとそれを避けて肘で制する。
「そういきなりはしゃぐな。お前達の相手ならいくらでもしてやる。小笠原は先に中に入れ、恐らく双木も中にいる」
「こいつぶっ殺してからじゃダメ?」
「殺すなんて物騒な…半殺し程度にしておけ」
『お前も充分物騒じゃねえか!!なんなんだよお前ら!』
謙太が俺のことを止めなかったらきっと俺は制御が効かなくなる。そうなる前に早く勇也のところに行った方がいいだろう。あっちが増員するまでにはこちらの人員も到着するはずだ。
「じゃあ手加減できないからここは任せるよ。3対1だけど大丈夫?」
「ああ、すぐに片付く」
『嘗めやがって…!!』
『そう簡単に中には入らせねえよ。小笠原つったか?お前、人質を助けたいなら大人しく捕まって…』
長々と話している間に入口まで近づく。どうやらつっかえ棒かなにかで塞がれているらしいが、蹴破れば問題なさそうだ。
『おい!!まだこっちは話してる途中だぞ!!』
「話長いんだもん…人質とか何?ドラマの見すぎじゃない?そんなのここにいる奴ら全員倒した方が早いに決まってるじゃん」
『そんなに言うなら俺のこと倒してみろよ!!』
俺に襲いかかる前に、謙太がそいつの腰を木刀で殴る。鈍い音がしてその場に崩れ落ちた。
『うっ……』
「お前達の相手ならしてやると言っただろう」
「うわ〜ほんとに痛そう」
「お前よりは手加減している。致命傷は与えないつもりだ」
「もう二人片付いちゃったけど、どうする?あとはあんた一人だよ」
『…ふっ、俺たち三人だけなわけねえだろ!』
俺達の後方を見てそう言うので、つられて振り返る。何やら騒がしいと思ったら、二十数人ほどの集団がこちらへ向かってきていた。
しかし、なにやら様子がおかしい。どうやら既に闘争が始まっているようだ。
『っなんでだ…内紛?でも、人数が倍以上に…』
「ああ、そっちが増員するのは想定内だから。こっちだって何の考えもなしに突っ込まねえよ」
『くそ…っ!どこからあんな人数を…』
「双木くんってさ、中学時代は凄く慕われてて、今もまだ協力してくれる舎弟が大勢いるんだよ」
駆けつけてきたのは元二中の奴らだ。勇也の事を伝えたらすぐに行くと応じてくれた。彼は本当に人望の厚い人物だったのだと改めて実感する。金で雇ったわけでもないのに、よく状況もわからない今手を貸してくれるのだからよっぽど彼が大事なのだろう。
「小笠原、俺はこいつを片付けてからあちらに応戦する。ここは任せてお前は先に行け」
「ありがとう…恩に着るよ」
『あ、待て…この!』
「お前達の相手は俺だと、何度言わせたら気が済むんだ」
呻き声を背に、扉を思い切り蹴破る。脆かったためか一発で壊すことができた。廃材が並ぶ中を奥まで進んでいく。
もうその姿が見えてきた。柱に縛り付けられた勇也と、汗をかいてわかりやすく動揺している聡志…
何故か勇也は水で濡れていて、殴られた痣や鼻血の痕が目立つ。口元も僅かに濡れているのを見て、胸が苦しくなった。
「なんで来たんだよ…」
そう言った勇也の目は少し潤んでいるように見えて、こっちまで涙を誘われてしまいそうだ。そんな顔をさせてしまったのは自分のせいなのだと思うとやるせなくて、今すぐにでもきつく抱きしめたかった。
そうしなかったのは、これ以上彼を苦しめたくないということよりも、自分が傷つきたくなかったからだった。
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