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第99話I like a bad boy

「勇也…今、何を」 「もう二度としねえからなこんなこと…つーか、別にまだお前のもんになった訳じゃねえから勘違いすんなよ」 「いや、ちょっと待って…頭追いつかない」 小笠原は両手で顔を覆う。いつもあちらから何度もしてきたし、もっと余裕綽々であると思っていた。よくよく見れば、小笠原の耳が赤くなっているのがわかる。 「もう…答えたから、嫌いかどうかとか聞くのやめろよ」 「うん…わかった。わかったんだけど…どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい…」 「目ぇ閉じてろって言っただろ。はやく閉じろ」 「だってこうなるなんて思ってなかったし…まともに顔見れない、かっこわる…」 「ふん、ざまぁみろ」 いつもされてばかりという訳にはいかないと思ってしたものの、する側の方が何万倍も恥ずかしかった。 「でも…勇也は本当にいいの?」 「…なにがだよ」 「俺、知っての通り最低だし、この先もきっと傷つけるよ。今日だって、本当の意味では助けられなかった…」 「お前が最低なのなんて俺が一番知ってる。それでも受け入れてやるって言ってんだから…いい加減分かれよ」 自分で言っていて小っ恥ずかしいセリフだと思う。 でも、これは初めて話した本心だ。 「…俺がいなかったら、生きる価値なんてないんだっけ」 「うるせえ!!」 「生きる価値なんて見定められるものじゃないけど、勇也はそれでいいよ。勇也がいいっていうなら、この先もずっと一緒にいたい。勇也には俺のために生きてほしい」 「お前の、ために…?」 「うん、俺が勇也の生きる意味になりたい。俺も同じ。勇也が生きてること自体が俺の生きる糧になるから」 「もし俺が死んだら…?」 「はは、死ぬ時は心中するかな」 笑っているがこいつが言うと冗談に聞こえない。改めて小笠原の愛の重さを実感する。 「俺、まだお前に対しての気持ちは少し不安定な部分あるし…それにお前の家のこととか、地雷踏んだみたいで…悪かった」 「いいんだよ。俺だって今まで家のこと誰にも話したことなかったから。こっちこそ、勇也を苦しめるような事ばかり言って…ごめんね」 小笠原がゆっくり起き上がって俺の体を抱き締める。怪我人だから無理をさせたくないのだが、言ってもきかなそうだったので諦めた。 「勇也…キスしてもいい?」 「いちいち聞くなよ…資格とかそんなん関係ねえし、キスくらい別に許してやらなくもない…」 「素直じゃないね」 小笠原は唇を重ねたかと思うと、すぐに舌を割り込ませる。いつものとはなんだか違う、口の中の水分を全て吸い込まれているようだ。だんだん息が苦しくなる。 「ん゛っ…ん、んうっ…んん!」 小笠原の胸をドンドン叩くと、ようやく口を離した。そして小笠原は口の中の液体を地面へ吐き出す。 「おい…てめぇ、なにして…!」 「ごめんね、毒抜き」 「毒抜き…?」 「色々されたんでしょ?他には何もされなかった?」 「あ、いや…」 「ごめんね、辛い…?辛かったら無理しないで」 「っ…にも…なにも、されてない…から大丈夫…」 「本当?」 声が出ないのでコクコクと頷く。過呼吸にならないように、息を深く吸って吐く。小笠原は、再び唇を重ねてきた。ゆっくりと優しく、汚れを拭い取るかのように奥深くまで舌が入り込んでくる。 「好きだよ、勇也…」 「もう何回も、聞いたって…」 「何度だって言うよ、本当に好きだから」 「小笠原…」 「名前、呼んで」 「でも」 「いいから…呼んで」 あのとき口からうっかり出かかった言葉。たった三文字、されど三文字。名前を呼んだら、もう戻れなくなるような気がした。 それでいい。俺を唯一必要としてくれる、存在を認めてくれる。こいつもまた、俺だけのものになってしまえばいい。 「は…る…」 それ以上声が出てこない。躊躇っている訳では無いのに。恐らく、遥人と呼ばれることへの抵抗がこいつの中にあるのを知っているからだろう。 「ハル…いいね、ハルって呼んでよ。勇也だけが呼んでいい俺の名前」 「はる…?」 俺だけが、呼んでいい名前 ハル…俺だけの 「もっと呼んで…」 「はる……はる、好きだ」 自分でも無意識にそう言ってしまい、我に返って口を噤む。ハルの表情が固まり、そのまま力が抜けてこちらに体重をかけて倒れる。俺も道連れに床に倒れ、上に覆いかぶさってきた。 「…破壊力思ったよりやばかった」 「傷口、開いたのか?無理するなよ」 「もうなんでもいい…もっかい言って」 「…もう言わねえ」 「じゃあキスしようよ」 「さっきしただろうが!」 そこで、ぬっと大きな影が姿を現した。その影は木刀を携えていて、 上杉だとわかる。 「な、何をしているんだ…!怪我人だからといって、そ、そんな破廉恥な!!」 「なんでこのタイミングで童貞くんが来るかな〜」 「お前の頭を割られたくなければ、その呼び方を今すぐにやめろ」 「この状態で木刀はシャレにならないからやめてね。で、なに?あいつ…聡志は?」 「もう父が到着する。真田の父親の方にも連絡が行ったようで、先程回収されて行った。小笠原と真田とうちの三人の父親間で話があると…」 「なるほどね…じゃあ、行こうか」 二人で手を貸しながら外へと向かう。少しすると虎次郎の車が到着し、病院へと連れていかれた。 ……………… ハルは病院に着くとすぐに意識を失った。そこにいたみんなが焦ったが、調べたところ命に別状は無いらしい。早めに止血をしたのが幸いしたようだった。 虎次郎に聞いたところ昨日から何も食べていないらしく、そのせいもあってか元より貧血気味だったようだ。ハルの父が外科医を呼び頭は4針ほど縫われ、その後わざわざ個室に移された。 明日まで安静にしているように告げられ、今は大きな個室のベッドでスヤスヤと寝ている。中にいるのは俺とハルだけだった。 今日一日のことを振り返るだけでもどっと疲れてしまう。ついに俺は、小笠原を…ハルを、受け入れる決意をしてしまった。後戻りできないのは分かっている、それでも俺はこいつと一緒にいることを選んだ。 ハルの前髪をかきあげると、ふにゃっと笑って手に擦り寄ってくる。それだけなのに、胸がキュッとして鼓動が早くなる。好きだという気持ちを認めてしまうと、ハルの一挙一動にいちいち動悸が激しくなる。正直気に食わないし悔しい。 「んん…ん?勇也…?」 「…悪い、起こしたか?」 パッと手を離す。ハルは上半身を起こして軽く伸びをした。 「ん〜よく寝た…地味に痛いなぁ、これ」 「逆になんでそれだけで済むんだよ…明日学校休めよ」 「えー…まぁいいか、どうせ集会と大掃除とかでしょ」 「大人しくしてろよ」 「わかってるよ…勇也は、大丈夫?」 そう言って俺の手を握る。ビクッと肩が震えるが、落ち着いてその手を握り返す。 「これくらいの怪我ならすぐに治る…」 「そう、よかった……あ〜待ってやっぱり無理」 「は?」 ハルは片手で自身の顔を覆う。隠れていない耳がまた赤くなっているのがわかった。 「勇也が俺のこと好きって実感がなくてさ…俺、結構自信ないから。今更どうやって接すればいいか分かんない」 「そんなん…別にいつも通りでいい」 「俺のこと嫌いって知ってたから好き勝手やってた部分もあるし…これからは、本当に極力考えて行動するから…」 改めて自分がハルのことを好きだと言われると、恥ずかしくて顔に熱が集まってきてしまう。 「考えるって、具体的には…」 「勇也を傷つけるようなことはしない。故意に泣かせたりすることはあるかもしれないけど…ねえ、どこまでならオッケー?」 「ふざけんな…どこまでって、何がどこまでなんだよ」 「俺は毎晩でも勇也を抱きたいところなんだけど」 「却下」 「うわ〜即答…うん、分かった…我慢する」 ハルはため息をついて、残念そうに俺の手を何度か握っては離してを繰り返した。 「俺…まだお前のこと許してねぇし」 「うん…一生許してもらえない気がする。それだけのことしたしね、俺」 「だったら、お前の一生かけて償えよ」 「それは…プロポーズ?」 「ちげえよアホ」 握っていた俺の手を顔近くまで持っていき、手を添えるような形に持ち直した。 「これからさ、まだ大変なこともあるだろうし解決してない問題も山ほどあるから…辛いことも多いと思うけど、それでも俺と一緒にいてくれる?」 俺の手の甲に、ハルの唇が押し当てられた。自分の顔は恐らく赤くなっている。格好つけて言った本人も、段々と耳が赤く染まっていった。 「照れるならそういうことするなよ…うざ」 「うん…ちょっと恥ずかしかった」 「まぁ、別に、気が向いたら一緒にいてやらないこともねぇけど…」 「勇也…」 腕を引っ張られ、ハルの方へ倒れ込んでベッドに手をつく。お互いの顔が至近距離にあった。 「いきなりなにすんだよ!」 「勇也…好きだよ」 そう耳元で囁かれ、思わず目をそらす。すると優しく後頭部に手を添えられて、そのまま深く口づけをされた。 こんなことしてやるのは今回だけだと思いながら、目を閉じてそれに応える。 「は、る…」 名前を呼んだその時、個室のドアが勢いよく開けられた。

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