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第100話You like a bad boy

お互い驚いて体勢はそのままに唇を離して振り返る。そこに居たのは上杉と真田だった。 「聡志からお前達に言いたいことがあると…何をしているんだ?」 「謙ちゃ…謙太、だからノックしろって言っただろ」 「ああ、すまなかった…」 ハルは目に見えて不機嫌そうに口を開く。 「なに…なんの用?さっさと済ませてよね」 「ぁ…その…謝ろうと、思って…」 「謝って許されるようなことじゃないと思うんだけど?」 「それは、俺も分かってる。でも、どうしてもお前達には謝らなきゃって…」 「…なんで、こんなことしたの?」 真田は一度深呼吸をしてから、目を伏せたまま話し始めた。 「俺のオヤジ…謙太のとこと同じで、代々続いてる組だったんだけどさ、あるとき武田さんとこに目ぇつけられて、吸収合併の話が持ち出されたんだよ」 「うん…そこまでは分かった」 「俺、ずっとオヤジの跡を継ぐつもりだった。俺の憧れだったし、普通にそうなるもんだと思ってたから…でも違った。俺は弱いから…このままじゃ不安だって言ってその話を受け入れる方向で話が進んで…」 「…うん、それで?」 「武田さんが上杉の組を潰すって言い始めて…オヤジはそれに反対したんだけど、吸収された後に抗議なんてできなかったし…そしたら、小笠原の病院との提携さえ切れれば潰す必要ないって…」 「それで俺を狙ったわけね?」 「…オヤジは、全然動こうとしなかったから、それだったら俺が…って思ったんだけど、一人じゃ無理だから、オヤジの名前を借りて停学中の不良達集めて…今回の騒動に発展した」 これで事の経緯が明らかになってきた。そこで真田は俺を利用してハルを人質に取ろうとしたわけか。 「…まずは、勇也に謝って。今回のことには何一つ関係ないのに巻き込んだんだから」 「双木、ごめん。昔のことだって、本当はお前が何も悪くないの分かってたのに…しかも、あいつらがお前にあんなことする前に止められなくて…本当にごめん」 真田は深々と頭を下げる。今回のことを全て許すわけにはいかないが、真田は悪人ではないし、本当に心から反省しているのだろう。 「すぐにはお前のことは許せない。けど、認められるためにここまでしたお前の気持ちも分からなくはないから、反省してるならそれでいい。その代わり…」 「その代わり…?」 「…俺の、友達になってくれよ」 俺がそう言うと、その場にいた全員が驚いた顔をした。無理もない、自分だってこんなことを口走るとは思っていなかったから。 「双木、なんで、そんな…」 「今日、裏切られたと思ってた仲間が、本当はまだ自分のこと信頼してくれてるってわかって安心したから…別に群れるのが好きなわけじゃねえけど、俺この学校にダチなんていねぇし」 自分で何を言っているんだと突っ込みたくなってしまうが、凡そは本当に思っている事だった。真田には今回のことで裏切られたようなものだったが、それで本当の真田を知った気がする。 真田も上杉も、そしてハルも…普段は表にしていない顔を、俺たちはお互いに知っている。 「でも俺…本当はあんなに明るくないし、お前達に、酷いこと…」 「それを知ってこそっつーか…いや、わかんねえ」 黙っていたハルが急に会話に口を挟む。 「ねえ、何それ…俺は?」 「お前は友達っていうかなんていうか…その、別…」 顔が熱くなる。それにつられたようにハルも顔を赤らめた。 「遥人と双木、どういう関係なの…?俺は今何を見せられてんの…?」 「うるさいな、聡志は黙ってろよ…俺にも謝ってくれたら、まだ友達でいてあげてもいいけど?」 「え…でも、最初から人質にとる計画のために近づいたわけだし…」 「今はもう違うでしょ。俺、聡志の前だったら気遣わなくてもいいし、結構楽だったから」 「…ありがとう、ほんと、ごめん。双木の事もそうだし、怪我もさせて…」 「うん、いいよ。俺も思い切り頚椎狙って蹴ったし…それはごめん」 あの蹴りは本気で頚椎を狙っていたのか…一歩間違えたら本当に死んでいたのではないだろうか。気絶で済んでよかったものだ。 すると、壁にもたれて腕を組んでいた上杉が、こちらに歩み寄ってくる。 「その…俺だけ仲間はずれというのは、寂しいのだが…」 「君がいなかったら正直今回は皆助かってなかったと思う。ありがとね、別に友達になってあげてもいいよ」 「なんでそう上からなんだ…」 不思議だ、今まで関わりなんて無かったのに、この物騒な騒動のおかげで妙な繋がりが出来てしまった。さっきまで流血沙汰の争いがあったとは到底思えない。 気まずくはないがなんとも微妙な雰囲気になったところで、ノックの音が響く。 「遥人…入ってもいいかい」 「父さん…?」 どうやらハルの父親のようだ。「いいよ」とハルが答えると扉が開く。 入ってきたのは一人だけではなく、後に二人続いていた。一人は虎次郎、もう一人は初めて見る顔だが、恐らく真田の父親だろう。これまた厳ついビジュアルだが、どことなく面影がある。 「今回のこと、本当に申し訳なかった…」 ハルの父と思われる人物が頭を下げる。それと一緒に他の二人も頭を下げた。 「父さん…」 「君が、双木くんか?君にも、本当に申し訳ないことをした…」 何故俺のことを知っているのだろう、なんと答えれば良いのか分からない。ハルは俯いてシーツを強い力で握りしめていた。 今度は真田の父らしい方が頭を上げて話し始める。 「俺は、聡志の父親だ。今回はうちのせがれが大変な事をしでかした…俺からも謝罪させてほしい」 再び頭を下げた真田の父に、虎次郎が小声で話しかける。 「おい、いいのかよ、あれ言わなくて」 「ああ、わかってる……武田との吸収合併の話だが、あれは偵察の一環だ。聡志はアホだから、説明してもわからないだろうと思って適当な説明をしてしまったんだ…それが、今回のことを引き起こす原因に繋がっていると思う」 真田と上杉は特に驚いている様子がないので、先程この話を既に聞いていたのだろう。虎次郎も、思い出したように話を付け加える。 「そこで、さっきこいつは武田のじいさんに吸収合併は無かったことにって連絡を入れた…もしかしたら近いうちにデカい抗争があるかもしれねぇな」 「いきなり行動に移したのは本当に悪かったと思ってる…でも、この抗争にはお前達子供は巻き込まないようにするからさ」 「っつーことで、お前らはまだ組の心配なんてしなくていい。俺も知らされてなくてこんな事態になっちまった。まぁ結局、武田のじいさんの裏も既に取れたようだし…この件に関してはもう首を突っ込むなよ?」 俺とハルはポカンとして話を聞くが、一応事の収束はついたのか? ハルの父が、ベッドの方まで歩み寄ってきた。 「遥人…双木くん。そして謙太くんや聡志くんも…私たちがいながら、君達にまで危害を及ぼしてしまって本当にすまなかった。全て私たちの失態だ」 「いいよ、これは俺達が勝手にやったこと。大人が関わってないの分かってたから、わざと頼らなかったんだよ」 「聡志くんも、同じようなことを言っていた。でもどうか彼ばかり責めないでやってほしい、本当は…遥人がこんな状態で帰ってきた時は腸が煮えくり返る思いだったが。これは大人の責任だ」 「俺の心配なんて、今までしたことないくせに」 ハルは怒っているように見えるが、目だけは悲しそうで、薄く涙が膜を張っていた。 「心配くらいするさ!遥人は私の子だ…昔から構ってやることもまともに出来なかったが…それでも、お前は私の大事な息子だ。母親がどうとかは関係ない、私の血が注がれているのだから」 「父、さん…」 ハルは、誰にも見えないように俺の手を握った。何かをこらえているのだと分かる。 こんな父親がいることが羨ましかった。それでも、ハルがちゃんと父から大切にされているという事実が自分のことのように嬉しい。 「本当は今回のことで懲りてもいいはずなのだが、虎次郎のところとの提携を切ることは…私には難しい」 その言葉に、虎次郎が目を見開く。 「おい…どういうことだよ、さっき話し合って決めたじゃねえか!もうこれは…」 「俺だってその必要はないって言ったぜ。そう決めたのはお前だけだろうが」 真田の父が虎次郎の言葉を遮ると、今度はハルが何かを悟ったように話し出す。 「父さんと上杉さんにはさ…切り離せない何かがあるんでしょ」 「ああ。私の身勝手で、本当にすまない…」 「いいよ。俺、今なら分かる気がする」 俺には何のことだかさっぱり分からなかったが、ハルの父の切ない瞳はどこかで見たことがある気がする。 その後は真田とその父が何度も皆に謝り、その度に俺も悪かった、いや俺もと皆が謝り出して収束がつかなくなった。もう日が暮れ始めたのでこの場では解散となり、一人、また一人と帰っていった。 帰り際に、ハルの父が「二人は、決して自分達のことを後悔してはならない。必ず幸せになってくれ」と残した。妙にその言葉が心に染みる。 また、真田はこれから組を継ぐべく精進するらしい。上杉はずっと考え事をしていたようで、特に何も言わなかったのだが、一体何を考え込んでいたのだろうか。 静寂に包まれた部屋は、また俺とハルの二人だけになった。 「怒涛の一日って感じだったね」 「俺…まだ頭追いついてねぇ」 「無理もないよ。俺だって予想外のことばかりで頭パンクしそう」 「今日のこと全部、夢だったんじゃねえかなって思う」 「それは困る…せっかく勇也が俺のこと好きって言ってくれたのに」 そう言われて顔が熱くなる。いい加減自分がしたことなのだから慣れたいものだ。 ハルはまた俺の手を握る。 「俺さ…父さんからああやって言われて、凄く嬉しかった。ずっと憎んでたはずなのにね」 「よかったな、小笠原」 「二人のときくらい、ハルって呼んでよ」 「まだ慣れない」 「まぁゆっくりでいいか。俺はもう誰の前でも勇也って呼ぶことにするよ。俺のだからね」 「まだお前のもんにはなってねえって」 〝まだ〟と自然に言ってしまっているが、まるでこの先そうなる予定であるかのようで大分恥ずかしい。どこかまだプライドが許していない気がする。 「うん…すぐに俺のものにするよ。予定外に友達ができちゃったけど、これはこれでいいかもね…」 「なんだよ予定外って」 「本当は、勇也には俺だけしかいないって思って欲しかったけど…ちょっとくらい周りに人がいた方が、もう少し楽しめるかなって」 確かに、今までずっと一人だったから不思議な感覚だが、ハル以外の人間と関わることも大事だと思う。だからこそ、その度に俺はハルを慕わしく想うようになる。 俺自身を認めて、本当に愛してくれるのはハルだけだ。ハルだけでいい、ハルじゃないと嫌だ。親の愛や友情とは別に、本当のハルを愛していいのも俺だけであってほしい。 こんなこと、本人には死んでも言わないが。 「俺には…ハルしかいない」 「勇也…」 「一人にしないでくれて…ありがとう」 「俺も…ありがとう。好きだよ」 そう微笑んだハルの瞳にはもう冷たさはない。温かくて、全てを溶かしてくれそうだ。 「お前って…春みたいなやつだな」 そう呟いて、思わず笑みが溢れる。 「また笑ってくれた…二回目。でも、ハルみたいってどういうこと?」 「お前には教えねえよ」 目を合わせるとお互い何だかおかしくて笑ってしまう。そのまま、引き寄せられるように唇を重ねた。 春は一番好きな季節だ。初めは凍えるほど寒いのに、そのうち温かくて心地よくなる。 嬉しくて泣いてしまったのは初めてだ。 雪解け水が頬を伝う。 今は夏だけれど、雪が解けて春が訪れたかの様だった。 【第一章 Like a bad boy -完-】 第二章へ続く(この二人の話が続きます)

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