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第101話Touched
「はは、知らないあいだに文化祭委員になってたなんて、災難だね」
「それ以上笑ったらぶん殴るからな…くそ」
あれから数日経って、ようやく明日から夏休みに入る。終業式の今日、担任から『夏は文化祭の準備があるから実行委員は集まりが多くなる』と言われ、そこで初めて自分が文化祭委員であることを知った。
「まぁ、聡志も一緒だったんだしいいじゃん、全然知らない子と委員会とかきついでしょ」
「問題はそこじゃねえよ…くそ…知ってたら一番最初のHRくらい起きてたのに」
そう。委員会や学級の係は入学して一番初めのHRで決められる。そこで何をすればいいか分からずただ寝ていた俺は勝手に人がやりたがらない委員会へ入れられていたのだ。
「実は俺のところもさ、委員長と副委員長二人は今年の文化祭で実行委員の仕事手伝うみたいなんだよね」
「つーことは…風紀委員と、文化祭委員で…?」
「多分そうだろうね。生徒会もいるらしいけど、何するのか全く聞かされてないから…」
風紀委員から三人、文化祭委員は各学級二人ずつで、一学年八クラスだから…軽く五十人を超えるが、そんなに人を集めてどうする気だ?
「実行委員ってなにすればいいんだ…?」
「なんか、風紀委員と生徒会と一年生の実行委員は体育館のパフォーマンス団体関連で、二、三年は運営と整備と…学校の飾り付けとか?ほら、ゲートみたいなやつ」
「ああ…どっちにしろめんどくせえな」
「いいじゃん、俺一年生の副委員長だから夏休み中も一緒に学校行けるし。文化祭一緒に回ろうね」
文化祭など別に楽しむつもりはなかったのだが、こいつがこう言っているし仕方なく付き合ってやるしかないか。
「…とりあえず、昼飯にするから早く手ぇ洗ってこい」
「はーい」
委員会のことも確かに悔やまれるし死ぬほど面倒だが、俺には今それよりも大きな悩みの種がある。病院へ行った次の日にはハルはもう家に帰ってきていたのだが、何だかおかしい。
いや、少し前の自分ならこれくらいが丁度いいと言うだろうし、本来はきっとこうであるべきなのだが…
あの一件以来、話す時は普通なのだが近くに寄るとやけによそよそしくなるというか、避けられている気がする。前は呆れるほどセクハラばかりしてきたというのに、それも全くだった。
勿論セクハラされたい訳ではないし、前まではそれで良かったはずだ。でも、キスをしたのもあれが最後だった。もしかしたらハルは、俺が三人組にされたことを気にしているのかもしれない。気持ち悪かったし思い出したくないが、だからこそ俺はハルに…
「勇也、食べないの?」
「あ、いや…食う…」
いつの間にか戻ってきていたハルは「いただきます」と言って飯を口に運ぶ。今は特に変わった様子は無い。
それとなく探りを入れるように話しかけてみる。
「…風呂」
「え?あ、なに?」
「どっちが先」
「ああ…勇也先に入っていいよ」
「ん…」
風呂に入り込んでくることもなくなった。いや、別に一向に構わない。構わないが…このもやもやした気持ちはなんなのだろう。
………………
一人悶々と考えているうちに、いつしか夕飯も済ませて風呂に入っていた。いつもより早めに入ってしまったが、考え事をしていると長風呂になるので丁度いい。そろそろのぼせそうになったので、まだスッキリしないまま風呂を出た。
「…風呂出た」
「ああ、うん。俺もそろそろ入ろうかな…」
ハルが俺の方をじっと見つめていることに気づく。
「なんだよ」
「え、あ、いや…髪、早く乾かしなよ?」
そう言うとすぐに背を向けて風呂に向かってしまった。やはり妙だ。
髪を乾かして、俺は何を思ったのかハルの部屋に入った。ベッドを見て、ハルが家を出ていったあの日のことを思い出す。
今はあの時ほど悲しくはないのに。このやり切れない気持ちはどうすればいいのだろう。
あのあとシーツは洗ってしまったが、またハルが使っているから匂いが残っている。あいつが風呂に入っている間に少しだけ…そう思ってベッドに寝転がってみる。この匂いに包まれているとまるでハルに抱きしめられているかのような安心感があった。俺はまた例のごとくまどろんでしまう。
少しだけ目をつぶったつもりだった。声が聞こえてきて目を開く。
「勇也…あ、起きた?何やってんの?」
「は…?お前、いつの間に」
「今お風呂上がったところだけど…ベッド間違えた?」
「いや、その…これは…」
間違えたと言ってはぐらかしてしまえば良かったものを、変に否定してしまった。
このまま一緒に寝ようだとか言われるのだろうか。
「…疲れてるんじゃない?寝るんだったら早く寝ちゃいな」
笑ってはいるが、やはり今までとは違う。ハルがこうなったのは…俺が汚れているからだろうか。好きだけど触れたくはない?
胸が痛んだ。
「…俺って、汚れてると思うか?」
「え…?お風呂入ったんじゃないの?」
「そういうことじゃなくて…その…あの三人に…されたから」
ハルの顔色が変わる。どういう感情なのだろう。驚いていることには変わりないのだが、怒っているのか呆れているのかわからない。
「勇也…なんでそんなこと言うの?確かに…俺の勇也が汚されたとは思ったよ。けど、勇也自体が汚いわけじゃない。それに、何されたって勇也は勇也なんだから…」
悲しそうな顔だった。そんなつもり無かったのに、どうしてそんな顔をしているのだろう。
「最近…お前に避けられてる気がして」
「避けてる…?普通に話してたつもりだけど…」
「近づくと、妙に離れようとするし…それに」
「それに?」
「俺に、触れようとしない」
何も言われないので俯いていると、ハルがこちらに近づいてくるのがわかる。恐る恐る顔を上げるとすぐに抱きしめられた。久しいその感覚に胸がいっぱいになる。
「ごめん…そんな風に思ってたんだね」
「なん、で…」
「俺さ、また怖くなってるんだ」
怖い?何を怖がる必要があるというのか。俺は別にハルを危害を加えたりはしない。
「怖いってなんだよ…」
「勇也を傷つけそうで…怖い。俺はきっと優しくできないし、この前のことも、お父さんのことも俺のせいで思い出させちゃうかもしれない」
「そんな…けど、それは」
「常に勇也に触れたいと思ってるよ。だけど、触れたらきっと抑えられなくなるし、酷い事しちゃうから。せっかく好きになってくれたのに、嫌われるようなことしたくない」
そんなことをハルは考えていたのか。あのハルがよくそんなに我慢ができたものだ。俺のことを大切にしようと努力してくれていることはわかる。俺だってまだ人に触れられるのが怖いのは事実だ。
けれど、ずっとこのままという訳にはいかない。心の傷はすぐには癒えないのだから、待っていても仕方がないものだ。
「……馬鹿」
「…え?」
「今更何言ってんだ…今まで手段も選ばずにあれだけのことしておいて…」
「ゆ、勇也…?」
「お前が異常に性欲が強くて抑えられないことなんて俺が一番知ってんだよ!」
「ねえ、なんか怒ってる…?」
自分でもわからないくらいムキになってハルの体を折る勢いで思い切り抱きしめ返す。
「それに…今更お前のこと嫌いになったりなんてしない」
「勇也……痛い痛い待ってギブギブギブ」
「避けられるのは…嫌だ。別に〝そういうこと〟がしたいわけじゃねえけど…受け入れたいし、俺だって極力お前に合わせる」
「でも…また思い出して辛くなるかもしれないんだよ?俺が酷くしない保証なんて無いし…」
「だったら…思い出せないくらい酷くしていい。俺が嫌だって言ってもやめるな…全部受け止めるから」
ハルの背中に手を回したままベッドに倒れる。
「…本当にいいの?」
「早くしろよ。俺からこんなこと言うなんてもう一生ねえからな」
「勇也…」
ハルもベッドにのし上がって深く口づけを交わす。数日ぶりともあってお互い止まらずに舌を絡め合った。自分から誘ってしまったようで恥ずかしいが、それよりもやっと触れ合えたことの喜びが心を埋め尽くす。
「ベッド、汚れるから移動したほうが…」
「いいよ、あの部屋のはもう使わない。それに、勇也とだったらここでいい…」
「ハル…」
「それとね、さっき言ったことは全部本心だったけど…心のどこかでは勇也がこうして誘ってくれるの期待してた」
「…は?」
「凄く可愛かったよ。受け入れてくれてありがとう」
そう言って額にキスを落とす。やっぱりこいつは最低だ。だけど…こいつは元々こういうやつだから、こんなやつを受け入れられるのは俺しかいない。
「あっ…待っ…」
「俺…もう限界。勇也は俺のことだけ考えてて…他のことなんて、もうどうでもいいくらい」
「はる…んっんう…」
再び舌を絡め合う。俺自身はこうしてキスをしてただ傍にいてくれればそれで満足なのだが、ハルはそうもいかないようだった。
「あ…中洗ってないから嫌とかある…?」
「…った…から」
「え?」
「もう…さっき洗ってきたからいいって言ってんだよ!」
別に期待をしてたわけじゃない…本当にただ万が一のことを考えていただけだ。
「あー…好き」
「あ…電気、消して…っ」
「やだ。もっと顔見せて」
電気をつけたままの部屋で、また何度もキスを繰り返す。
今晩、俺は初めて自らハルを受け入れる。
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