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第103話Daily

喉が痛い。腰も痛い。体の節々が痛い。 あまりの痛みに目を覚ます。今自分が寝ているのはハルのベッドだから、あれは現実だったのだろう。ベッドにいるのは自分ただ一人で、ハルの姿はどこにもない。 昨日つけられた痕をなぞる。近くにある鏡をふと見ると、胸元から首にかけて、無数のキスマークが付けられていた。そういえば背中にもつけていた気がする。消えてほしくないとは確かに言ったが、この数は流石に恥ずかしい。 「ハル…」 なんとなくそう呟いてみる。やはりまだ慣れない。何度か練習しておかないと自然に呼べない気がする。 「ハル…ハル…」 枕を抱き寄せてそれに顔を埋め、呼ぶ練習をしてみた。何だかアホらしくなって熱くなった顔を上げると、部屋の扉のそばに立ちハルがこちらを見ている。 「おはよう、可愛いことしてるね?」 「い、いつから…!」 「俺の名前聞こえたから」 恥ずかしい。何でこいつはいつもこう音をたてずに部屋に入ってくるのか。 「…今、何時」 「今?んーと…もうすぐ午後2時」 「2時?!…そんなに」 「しょうがないよ、10発もヤッたし」 「てめぇ…ほんとにふざけんなよ!」 振りかざした拳をひょいと避けられる。相変わらず身のこなしが良く、反射神経がいいのがむかつく。 「止めるなって言ったの勇也じゃん…」 「あんなにするなんて誰も思わねえだろ!」 「勇也、最後の方『中でイクのが止まらない』って言ってグズグズ泣いてたもんね」 「…言ってねえし!」 「イク度に噛むし…ほら」 ハルが服から肩を出すと、無数の噛み跡があった。自分でも噛みグセは治さないといけないと分かっているのだが、我慢出来なくなるとどうしても噛んでしまう。 「それは…悪かった」 「素直…無理、可愛い」 「…なあ、お前を受け入れるってことは毎回これに耐えなきゃいけねえの?」 「俺も自重するし5回戦くらいまでいければいいよ」 「…じゃあ、夏休み終わるまで禁止な」 「えっ…」 ハルはまるでこの世の終わりみたいな顔をする。確かに一週間我慢出来ないやつが一ヶ月以上我慢するのは難しいか… 「じゃあ一ヶ月にしてやるよ」 「いやいやいやいや、無理だよ、え?」 「俺だって別に好きでやってるわけじゃないんだから妥協しろよ」 「あんなに喘いでたのに?8月23日まで一回もしちゃダメなの?!」 「うるせぇ!昨日あれだけしたんだから充分だろ…」 「せっかくの夏休みなのに勇也とセックスできないなんてなんのための夏休みなの?!」 少なくともそういうための休みじゃねえよと思いながら、中々しぶといので策を巡らせる。かくなるうえは… 「そうか…」 「え?」 「お前は、俺のことなんて考えてくれないんだな…本当は嫌いなんだろ?」 俯いて、できるだけ哀愁を漂わせてそう言ってみる。効果があるか分からないが、ハルはどういう反応をするだろうか。 「そ、そんなことないよ?ちゃんと好き…好きだからそんな顔しないで」 「ん…」 うまくかかってくれた。これで俺の夏休み中の腰は守られたようなものだ。 「でも、それって一ヶ月間触るのもダメなの…?」 「いや…それは、別に…」 「どこまでならしていいの?」 「キ、キスくらい、なら…」 「…分かった。じゃあ、勇也をその気にさせればいいんだね?」 「はぁ…?」 何を言っているのだろう。その気とはどういう気なのか、もしかしたらこれはまずい状況なのではないかと察する。 「要するに、一ヶ月経つ前に勇也からセックスしたいって言わせればいいんでしょ」 「なんでそうなるんだよ!」 「すぐに言わせてみせるから…ね?」 面倒なことになった。いや、でも俺がそんな簡単に言うわけがない。夏休み中のこいつの動向には気をつけよう。 「ふん、勝手にしろ…」 「あ、そういえば夏休み中は佳代子さんこれないから覚えておいて。一昨日電話でめちゃくちゃ説教されたんだけど、そんときに佳代子さんにも夏休み取ってもらうことにしたから」 結局佳代子さんはハルに説教したのか。本当にあの人は強い人だ。 「じゃあ…買い出しは自分で行ったほうがいいのか」 「そうだね、デートできるよ」 「お前も来んの?」 「だめ…?」 「だめじゃねえけど…」 「じゃあ決まりね」 ハルと二人で買い出しか…俺はベッドでああいうことをするよりも、こっちの方がずっといい。ハルが俺のそばにいてくれるだけで充分だった。 「そろそろ食材も減ってきたし…明日にでも行くか」 「でも明日、早速例の委員会の集まりじゃない?」 「あーじゃあその帰りでいい…」 「じゃあ制服デートだね」 デートと言われると妙に恥ずかしい。もちろんそんなもの生まれてこの方一度もしたことがない。ただ飯の買い出しに行くだけでどうしてこいつはここまで浮かれられるんだ。 「あ…そういえばお前、昼飯は?」 「食べてないよ、勇也が起きてから一緒に食べようと思って」 「じゃあ、今から作るから__」 そう言ってベッドから降りると、俺はそのままペタンと床に座ってしまった。腰が痛くて立つことが出来なかったのだ。ハルに見られているということもあり顔が熱くなっていく。 「あー…ごめんね?そんなに痛む?」 「許さねえ…」 ハルのほうをキッと睨むと、申し訳なさそうに眉を下げてこちらに手を差し伸べる。 すぐには自分で歩けるようにならないとわかっているので、素直にその手を取って立ち上がった。 「あの…ご飯、さっき俺が作ったから」 「お前が…?」 「そんな怪訝な顔しないでよ、傷つくから…」 いいと言ったのだが無理矢理ハルに抱きあげられて下まで降りる。リビングに入ると、机の上には皿があり、スパゲッティが盛られていた。 「どうしたんだ、これ…」 「食べるものあるかなーと思って物色してたら、棚のパックの中に『遥人さんへ』って書かれてるのがあってね…ほらこれ」 恐らくそれは佳代子さんが書いたものだろう。中にはレトルトのスパゲッティのソースやカレーが入っている。 「それで、お前が作ったの?」 「うん、まぁレトルトだけど…ちゃんと説明見て作ったし大丈夫だと思う…」 「でも麺は自分で茹でたんだろ…その、頑張ったな」 照れくさくて目は合わせられなかったが、ハルが人並みに生活できる力をつけていくのはめでたい事なので、できるだけ褒めてやる。すると、まるで花が咲いたかのようにパァっと笑顔になる。 「もっかい、もう一回言って!」 「これ以上言ったら調子に乗るから嫌だ。ほら、せっかく作ったんだから早く食うぞ」 スパゲッティは普通に美味しかった。麺を茹でる時にちゃんと塩も入れていたようだし、やはりこいつはやってみようとすればなんでも出来るやつなんだとわかる。 昨日の名残りでどこもかしこも痛いところを除けば、このような日常はそう悪くない。 もう、一人じゃないんだ。ハルがずっと一緒にいてくれるという保証はないけれど、それでも、今はこの幸せを噛み締めたい。 辛い過去を消し去って、ずっとこうして幸せな時間が続けばいいのに…

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