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第105話Meeting②

「はい、配られた台本の通り、今回の演目は『ロミオとジュリエット』です。名前は聞いたことある人が多いかな、シェイクスピアの作品の中でも有名だよね」 『へ〜こんなに長いんだ』 『私あのシーンしか知らない』 『あなたはどうしてロミオなのってやつでしょ?』 「上演時間は1時間。実際劇団とかがやってる台本を削って簡略化したものになっています。メインの役者は十人くらいで、あまり出番のない役の人は使い回しになるかもしれません。それで十五人くらいかな?」 『裏方はどうなるんですか?』 「裏方は役者以外の人と、演劇部の裏方の人に頼みます。大道具はそれプラス実行委員の二年生も手伝ってくれます」 着々と話が進んでいく。見た限り、かなり本格的に劇をやるようだった。 「それじゃ、メインの役者から決めていきたいと思います。まずはロミオ役…自推でも他推でも構いません」 すると、何人かの女子生徒が内輪で話してから一人が手を挙げた。 『あの〜…私達は、遥人くんがいいと思うんですけど』 「遥人くんって…ああ、小笠原くんね。小笠原くん、どうですか?」 まあそうなるだろうなとは思っていた。指名された本人も満更でもなさそうな顔をしている…正直むかつく。 「他にやりたい人がいないんだったら…俺がやってもいいですよ」 いつも俺に見せる表情とは違い、貼り付けたような優しい笑顔に柔らかい物腰でそう答えた。隣にいた真田が俺に小さな声で話しかける。 「あんなイケメンが推薦されたら、自分がやりたいですなんて誰も言うわけないよな」 「あぁ…まあ、あいつのことだから分かってて言ってるんだろ」 案の定、特に誰も異議を唱えたり自ら申し出る者はいない。 「…はい、じゃあロミオは小笠原くんで決定します。次は__」 ある程度の役者は決まっていった。残すのはいくつかの役者と細かい裏方の役割。俺は特に役者をやる予定はないので裏方のどれかにしようとホワイトボードを見つめる。 「えっと…じゃあロミオの親友マキューシオは真田くん、ライバルのディボルトは…この場にいないけど上杉くんでいいのかな?」 『会議に参加できない分、決まったことは全て承諾して決定権を委ねると言っていたよ』 風紀委員長がそう答える。上杉もつくづく可哀想だ、あまり人前で喋るのは好きじゃないだろうに。そして、意外に上杉も女子の人気が密かに高いことが分かる。女子生徒曰く『無口でクールなところがミステリアスでいい』らしい。 「あとの役者は…ジュリエットだけなんだけど…」 意外にも立候補する女子はいない。ハルの隣に立つというプレッシャーや、演劇をやることへの躊躇があるのだろう。 『じゃあ、会長さんがやったらいいんじゃないですかぁ?』 「えっ、私…?」 『やりたいって言ったのは会長だし…押し付けるわけじゃないけどピッタリじゃないですか』 『確かに!会長美人だし、絶対似合う〜』 「いやいや、でも私…こんなに背も高いし」 『遥人と並ぶんだったらそれくらいがお似合いじゃない?ヒール履いても3cmくらいなら問題ないし…』 ハルとお似合い…その言葉を聞いて少しモヤっとする。 「化粧っ気ないし…」 『メイクは私達にまかせてください!』 「髪だって短いし…」 『ウィッグ被れば問題ありません』 「首とか、骨すごいでてるし…」 『チョーカーとかで隠せるでしょ』 「ほら、副会長も止めてよ!」 『僕もいいと思いますよ』 『じゃあ決定ですね!』 『全部決まったじゃん、良かったですね』 ということで、ジュリエットの役は強制的に会長が引き受けることになった。ハルのほうは、ニコニコしているが恐らく何も考えていない。でも、ハルに気のある女子生徒がジュリエットにならなくて良かったと、心のどこかで安んずる自分がいた。 「そうね…言い出したからには私がやります!じゃあ、あとは衣装係…裁縫得意な人とかいるかな?予算は結構多めにとってあるんだけど」 『できないことも無いけど、服なんてつくったことないし…』 『うん、リーダーじゃ無ければやってもいいけど…』 裁縫か…それなりに得意だ。ほつれたら自分で繕うし、中学時代にOBから頼まれて特攻服を作ったことがある。しかしこんな場所で不良生徒が裁縫出来ますだなんて言えるわけがない。意味もなくキョロキョロしていると、ハルと目が合った。 そしてハルは何故か手を挙げる。 「裁縫なら…双木くんができます」 ハルが言ったとだけあって、全員それを聞き逃さなかった。俺としては面倒なことになってしまい憂鬱なのだが、ハルは俺に向けてウインクをしている。 「そうなの…?凄いね、じゃあ頼んでもいい?」 「…ああ、まぁ、いいですけど…」 会議室内にざわめきが起こる。「まじかよ」「意外すぎるだろ」と言った声が聞こえてくるのが自分でもわかった。 ……………… 「それでは、全部決まったので、役割ごとに集まってこのプリントを記入してください!」 全員が移動し始める。その際に真田に肩を叩かれた。 「衣装係、女子ばっかだけど大丈夫?」 「何も大丈夫じゃねえよ…」 「あんまり怖くしてるといつまでも誤解されたままだからな、本当はマイルドヤンキーなのに…」 「誰がマイルドヤンキーだ」 「とにかく!愛想よく、優しくしろよな」 そう言われ、俺は衣装係が集まっている場所に行く。衣装係も当日は舞台袖の裏方を手伝うことになっていて、大道具はやらなくていいようだ。俺以外のメンバーは三人で、全員女子だ。 『あの…双木、くん?私達、裁縫すごく得意って訳じゃなくて…』 『だから、あの…役に立てないかもしれないけど…怒らないで』 『ちゃんと、真面目にやるから…!』 どうやら怯えられているようだ。確かにこう誤解されると今後も面倒くさい。 「別に、怒ったりしねえし…」 愛想よく、優しく… 「俺も…デザインとかはできねえから、その辺は女子がやってくれると…うれ、しぃ…」 少し表情は硬いし、こんなことは言い慣れないから顔が熱くなる。中学にいた頃も女子とは関わりがなかったので接し方がわからない。 女子三人はお互い顔を見合わせてなにか話すと、先程とは違った表情になりこちらに話しかける。 『ま、任せて!私達頑張るね!』 『うん、困ったことがあったら手伝うから!』 『デザインとか、今日中に考えておく!!』 「お、おう…」 何だかよくわからないがもう怯えられてはいないようだ。不思議に思っていると、ハルがこちらに向かってくるのが見える。役者も近くで話し合っていたようで、それぞれ台本を読み込むために一度解散したようだった。 「ごめんね、ちょっと勇也と話したいから借りていくよ」 『お、小笠原くん…!』 ハルに話しかけられた女子は顔を赤らめる。それにまた複雑な気持ちになった。かく言う俺も、人前で勇也と呼ばれ少し顔が熱くなっていたのだが。 ハルは俺の腕を引っ張ると、そのまま会議室を出て歩いていく。 「おい、小笠原…!どこ行くんだよ」 呼びかけると、ピタッと歩が止まる。 「ハル…」 「あ?」 「ハルって呼んでくれなきゃ嫌だ」 「え…あ、はる…?」 ハルは何も言わず、そのまま近くの男子トイレに入り、個室に入って鍵を閉める。ぎゅっと抱きしめられて、どうしたらいいか分からない。 「勇也の良さなんて、俺だけが知ってればいいのに…」 「はぁ?なんの話しだよ」 「さっきの女子達さぁ、『双木くんのギャップ萌え』とか『美形だし結構いいかも…』とか言ってたんだよ」 「俺別に美形じゃねえし…」 「そういう事じゃないし勇也は宇宙一綺麗!!」 なんでこいつはちょっとキレ気味なのだろうか。抱きしめられる力が強くなる。 「お前だっていつも満更でもない顔して愛想振りまいてるくせに」 「それは癖って言うか…本当は勇也にしか興味無いもん」 「俺だって同じだし…お前が女子から色々言われてるの見ると何か、あれだけど」 「けど…?」 「そんなお前は俺のことが好きで、俺はお前のものなんだっていう優越感は…ある」 言っていてどんどん顔が熱くなっていく。言われたハルも耳を赤くして唸った。 「うん…ごめんね。今、いい?」 ハルが顔を近づける。恐らくキスをしようとしているのだろう。急に恥ずかしくなって俯いた。 「あっ…待っ、ここ、学校…」 「少しだけだから…」 顎を上に持ち上げられ、頭に手を回して唇を重ねられた。溶けるように心地のいいキスは、時間を忘れてしまう。ようやく唇を離すと、俺はもう目に力が入らなくなる。顔が熱くて、開いた口からは吐息が漏れた。 「これ以上は手が出そうだから、そろそろ戻ろうか…」 「ん…」 トイレから出た時、鏡に写った自分の首にキスマークが見えてそれをバッと手で隠す。 「今更気づいたの?」 「わざと見えるところに付けやがったな」 「いいじゃん、印は見えるところにつけないと意味無いでしょ?」 ハルは大分上機嫌になっていた。会議室に戻ると、衣装係の三人に声をかけられる。 『あ、双木くん!今のうちに衣装考えてみたんだけど、どうかな…?』 デザイン図は、なかなか華やかだが作りやすそうなパターンになっていていい出来だった。 「いいと、思う…ありがとな」 『やったぁ!それでね、このあともう解散らしいから、布の買出しに…』 「それだったら、俺たち二人で行くよ」 ハルが口を挟んだ。女子の方は驚いた顔をする。 『でも…小笠原くんは役者なのに、悪いよ』 「女の子に買い出しなんて頼めないよ、俺たちに任せて」 『小笠原くんが、そういうなら…』 ハルはにっこり笑って、また俺の手を引いて今度は会長の方へ行く。 「俺達、買い出し行ってきます」 「そうなの?ありがとう!予算の入った封筒が机の上にあるから持っていってね。今日はもう解散するから戻ってこなくて大丈夫だよ」 「わかりました。次の集まりはいつですか?」 「明後日の10時、体育館集合。小笠原くんは台本読んでおいてね」 「はい、じゃあ失礼します」 手を引かれたまま、会議室を後にする。昇降口で靴を履き替えながら、ハルは嬉しそうに笑っていた。 「じゃあ、デートしに行こうか」

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