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第107話Date②

ハルについていくと、ショッピングモール内のピアス専門店にたどり着いた。 「こんな店あったんだな」 「うん、俺に似合いそうなピアス選んで」 「そう言われても…」 店の中にはたくさんの種類のピアスがある。この中から選べと言われてもなかなかに難しいものがあった。何となく店内を回ってみる。そこで、ボディピアスのコーナーが目についた。 「ん?ボディピアス開けたいの?」 「いや、違ぇけど…これはどこに付けんだ?」 「ああ、舌ピじゃない?」 「舌にピアスって飯とか不味くなんねえのかな…」 「さぁ、それはどうなんだろう…あ、でもね」 ハルが俺の耳元に顔を寄せてなにか話そうとするので、耳をそちらに傾ける。 「舌ピアスしてフェラされると、凄く気持ちいいんだって」 「…っそういう事を外で言うな!」 俺の方が恥ずかしくなってハルの頭を叩く。 ごめんごめんと言っているが、恐らく反省はしていない。 「…決まった?」 「ん…これ、とか…」 「ブラックダイヤモンドだね。シンプルだし使いやすそう」 その黒ダイヤのピアスを手に取って値段を見てみる。 「は…?一つだけで、二万…?」 「そんなもんだよ。ジュエリーショップとかだったら本物のダイヤで三十万とかのもあるし…」 「…ピアスにそんな金かけるのかよ」 「じゃあ、これ二つ買っていくね」 そんな軽い感じで四万出せる気が知れない。というか、ファーストピアスなのにピアッサーはいらないのだろうか。 「どうやって開けるつもりなの、お前」 「え?ニードルだけど」 「ロブに開けるのにわざわざニードル使うのかよ」 「俺がゆっくり開けてあげるから…楽しみにしてて」 「…痛いから嫌だ」 「ピアッサーは曲がるしファーストピアスは好きなの選びたいもん。ニードルは何本かまだ新しいのあるし、文句言わないの」 俺も軟骨を開ける時はニードルを使っていたが、開ける時の痛みが酷かった覚えがある。ハルに開けさせて大丈夫なんだろうか… ハルが購入している間、フラフラとショップの中を歩き回る。ボディピアスの種類がこんなにあるとは知らなかった。その中で性器に開けるピアスを見て、背筋が凍る。世の中にはいろんな人間がいるものだなと何故か達観した気持ちになった。 「お待たせ。さ、行こうか」 「お、おう」 …………… その後、ショッピングモール内の食品売り場で買い物を済ませる。比較的値段が高くて驚いたのだが、ハルはどれも初めて見るようで目を輝かせていた。まぁ、楽しいのならそれでいいか。 「ごめんねおっさん達」 『おせぇよ、何買ってたんだ』 「色々だよ。なんでもいいでしょ」 『…早く乗れよ』 車に乗りこみ、後部座席で揺られる。するとハルがこちらに手を差し出してきた。 「あ?」 「手、繋ご」 きっと前の二人にも聞こえているだろう。羞恥心から躊躇したが、そっとハルの手に自分の手を重ねる。ハルは俺の手を指で撫でて、いわゆる恋人繋ぎに指を絡めた。 小さい頃は、恋人同士が手を繋いでいる理由がいまいち分からなかった。俺とハルは恋人同士ではないけれど、手を繋いでいるのはお互いの気持ちを確かめ合うためなのかもしれない。また、恋人達が相手が自分のものだということを周りに見せつけるための行為でもあるのだと思う。 後者は人前ではできない。ハルは男で、俺も男だから。もしも俺が男じゃなかったら、ハルのことを好きになるのを自分でもすぐに受け入れられたかもしれない。あんなに酷いことをされたら話は別だが、きっとハルは女相手に酷いことはしない。 ハルはどうして男の俺を好きになったのだろう。 ハルがよく口にする〝女の子みたい〟という言葉が頭をよぎる。もしも俺が女だったら、ハルはもっと俺のことを好きになってくれた? そんなもしも話が頭の中を埋めつくして、自分の胸を締めあげていた。 こんなことを考えても無駄だ。頭の中を一掃してハルの手を強く握り返す。気づいた時にはもう家の前にいた。 「ただいま〜」 「シャツ、すぐに洗濯カゴいれろよ。ソファに座るのは着替えてから」 「分かってるって」 「あーもう、玄関で脱ぐなって言ってるだろうが!」 家に帰ったら制服はシワを作る前に着替えろ言ってきたせいか、ハルは家に入ってすぐパンツ一丁になる習性がついてしまった。本当にどこまでも残念なやつだと思う。 ここで、急に気になっていたことが頭に浮かぶ。 「そういえば…お前、あんとき風紀委員長と何話してたんだ?」 「風紀委員長…?ああ、あれね。なんでもないよ、ちょっと弱み握ってるから聞かせてあげただけ」 「…今更驚きはしねえけど、まさか全校生徒の弱み握ってたりしないよな…?」 「いや、それはさすがに無理だって。生徒会役員とか委員長とか…あとは教師とか?学校の主要機関に属してる人だけで手一杯だよ」 それだけでも充分なのだが、こいつだけは絶対に敵に回せないタイプの人間だと思った。 一体どこからそんな情報を入手してくるのだろうか。 そもそもどんな生徒にも弱みがあるというのが恐ろしい。俺は家族もいないし弱みという弱みは…あった。俺の弱みどころが人生を手にしているのがハルだ。ハルの選択次第で俺の人生はどうにでもなる。最初こそそれが脅威であったが、今は自分の人生を委ねてしまっている。 「…あの会長とかにもあんの?弱みとか」 「…何、興味あるの?」 「ちげえよ、ただ…裏表なさそうだったし」 「まぁあの人は本当にいい人だからね。弱みっていっても本人に直接関わることじゃないし…可哀想だから使う予定もないよ」 他人の話題を出すとすぐに機嫌が悪くなる。裏表が無さそうだと言ったあと「お前と違って」と言いそうになったが言わなくて正解だったかもしれない。 「…つーか、なんであんとき俺が裁縫できるって言ったんだよ。お前知らねえだろ」 話題をそらして別の疑問をぶつける。 「中学生の時から、OBに頼まれて特攻服とか作ってたでしょ。あのダサいヤツ」 「ダサいは余計だ…なんで知ってんだよ」 「俺は勇也のことならなんでも知ってるよ」 「答えになってねえし」 本当にハルは俺のことをなんでも知っている。言ってしまえば単純に気持ち悪いが、逆に俺はどこまでハルのことを知っているのだろう。 「勇也の誕生日は9月18日。文化祭明けだよね、何が欲しい?」 「だからなんで知ってるんだよ…別に何もいらねえし」 自分の誕生日を祝ってもらったのなんて、小学校低学年のころで最後だ。もう16歳になるのに他人に祝ってもらうのなんて恥ずかしい。 「そう?じゃあ俺が好きに選んでくるね」 「お前は?」 「え?」 「…誕生日」 「ああ、4月10日だけど…なんで?」 四月ならもう過ぎているから、来年にならなければ何も出来ないな… 「別に…ただ気になっただけだし何もねえよ」 「そう?俺は来年の誕生日、勇也と一緒にいられればなんでもいいよ」 「…じゃあ俺もそれでいい」 「え?…何が」 「だから…俺の誕生日」 ハルはにやにやと笑いながらいきなり抱きついてくる。 「可愛いな〜本当に可愛い」 「うぜえし服着ろ馬鹿」 「ごめんね。俺結構汗っかきで」 「そういう問題じゃねえよ」 確かにハルはよく汗をかく。むかつくことに、その汗でさえ爽やかだ。実際のところ俺はこの汗の匂いが嫌いではない。 「リビングのエアコンつけとくね。暑いでしょ」 「先に服着ろって言ってんだろ…」 「買ったものも片付けておくから、全部冷蔵庫でいいの?」 「お前が買ったアイスは冷凍庫な、溶けるぞ」 「は〜い…食材片付けるのも一苦労だね。佳代子さんも大変だっただろうな〜」 今まで佳代子さんひとりでやっていたのだからそれは大変だっただろう。しかも、ハルが使わなかったものは捨てなければならなかったのだから。 「佳代子さんの他にもハウスキーパーって雇ってたのか…?」 「ん?ああ、一人暮らし始めた当初にはね。ご飯作ってくれたりしてたけど、俺こんな感じだし仲悪かったよ。それを見兼ねた父さんが佳代子さん紹介してくれたんだった気がする」 「それで、冷蔵庫の中身だけ?」 「そんな感じ。まぁ実際佳代子さんの料理も食べたことはあるけどね。美味しいけど野菜ばっかりだから…」 「ああ、あの人の料理な…俺も食べたけど、素朴なのにうまかった。バランスもいいし」 ハルがいなくなった次の日に佳代子さんが来てくれたのを思い出す。その時の料理を一度練習してから同じものを今度出してやろうと思っていた。 「勇也も食べたんだ?へぇ〜また今度頼んで作ってもらう?」 「は?俺が作るからいいだろ別に」 「…まあそうだね、勇也の愛がこもった料理が一番好きだし」 「別に込めてねえし…お前は俺が作ったもんだけ食ってりゃいいんだよ」 「うん…そうだね」 俺は自分では全く気づいていなかった。ハルの愛は重く、俺に異常なほど執着しているが、俺もハルに対して自分でも知らぬうちに依存していたのだと。 きっとそれはハルの思惑通りなのだろう。しかし、俺のハルに対するまだ不確かな愛が異常なまでに深いことを、ハルは知らない。

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