108 / 336
第108話Brainwash
「絶対痛いから嫌だ…」
「痛くないようにするから大丈夫」
「…すぐ抜けよ」
「すぐ抜いたら痛くなるよ?」
「…じゃあ、痛くないように入れろよ」
「ふふ、優しくするよ」
今、昨日購入したピアスをつけようとしている最中だ。ニードルと軟膏を手にしたハルが俺に迫ってくる。本当は昨日のうちにつける予定だったのだが、痛いのが嫌で適当な理由をつけて避けていたら日をまたいでしまった。
「なぁ…こういうのって普通耳冷やして感覚無くしてから開けるんじゃねえの?」
「ああ、あれは…うん、あんまりやらない方がいいみたいだよ」
「そうなのか…?」
「……うん、気休め程度にしかならないから止めておきな」
ということは、普通に感覚があるまま耳にニードルを通さなければならないということだ。確かに、そうなってくると自分で開けるのは難しいだろう。ピアスを引きちぎられそうになってからというもの、耳への強い刺激が少し怖い。あの感覚を思い出しただけでも身震いしてしまう。
「血、出たりしたらすぐやめろよ」
「出ないようにやるから大丈夫…そんなに太いニードルでもないし。ほら、こっちおいで」
ハルはソファの上に座り、自身の膝を軽く叩く。あれはここに座れという合図なのだろうが、そうした方が開けやすいのだろうか。
渋々ハルと向かい合わせになった状態で上に跨って座る。
「本当にこれでいいのか…?」
「近い方がやりやすいし。痛かったら俺のことぎゅってしていいよ」
「誰がするかアホ。そこまでじゃねえよ」
「そう?じゃあニードルいれていくよ、いい?」
「まだ心の準備が…っ」
ハルが俺の耳たぶを持って、軟膏を塗ったニードルをそっとあてがう。既に俺は変な汗が止まらなくなっている。
つぷりとニードルが皮膚に刺さった。あまりの痛みに顔を歪める。
「っ…い、た…」
「ごめんね、すぐやるから我慢して」
ハルがゆっくりやる方が痛くないと言うからゆっくりやっているのだが、それでも激痛がはしる。ゆっくりやっている分痛みが続く時間が長い。ニードルが貫通すると、声にならないような叫びがでてしまう。まだニードルは進んでいく。
「〜っ…あっ…いた、い…」
「大丈夫、痛いのも気持ちいいと思えばいいよ」
「気持ちよく、ない…痛い…って…」
痛くてぎゅっと目をつぶり、ハルにしがみついてハルの服を思いきり掴む。
「そう、俺にしがみついてていいよ。俺がいれば大丈夫、痛くないよ」
「痛く…ない?」
「ずっと俺のそばにいて、勇也には俺しかいない。目、開けてごらん」
痛みを我慢しながらうっすら目を開けると、ハルの顔がすぐ近くに見える。ハルの頬はこころなしか紅潮していて、下半身にハルのそれが当たっているのがわかった。
「お前…何でそんなになってんだよ…」
「勇也の顔見てたら興奮してきちゃった」
「頭、おかしいんじゃねえの…痛っあ…」
「今ピアス入れるからね、じっとしてて」
ニードルの代わりにブラックダイヤのピアスが挿しこまれる。まだじんじんと耳が痛むが、ようやくキャッチが留められたようだった。
「終わった…?」
「…うん、こっちの方は大丈夫。しがみついちゃって可愛いね、そんなに痛かった?」
そう指摘されて、パッと手を離す。自分でも無意識にしがみついていたようで恥ずかしい。
「…これ、片耳だけ…?」
「うん、もう片方は俺がつけるの。右耳に一つだけあけるよ。あ、でも勇也には俺からプレゼントでもう一個あるから」
「はぁ…?なんのプレゼントだよ」
「勇也が俺のこと好きって言ってくれた記念に」
「意味わかんねぇし…」
小さな袋を手渡され、開封して中身を見てみると少し大きめのピアスが入っていた。俺は付けたことのない、キラキラした揺れるようなタイプのものだった。
「綺麗でしょ、それ」
「これ、女ものじゃねえの?」
「ううん、ちゃんとメンズだよ」
「でもこれ、ファーストピアスにはできねえだろ」
「そう?じゃあ代わりにチタン製ので開けておこうか。多分まだ未開封のあるから」
「今…?」
「今だよ」
ケースからチタン製のシンプルなピアスを取り出し、また新しいニードルに軟膏を塗り始めた。条件反射のようにハルの服を掴んでしまう。
コットンに消毒液を染み込ませ耳を拭かれると、その微妙な刺激に肩が震えた。
「それ…どこに開けるつもりだ」
「ロブとトラガスどっちがいい?」
「…ロブで」
先程ロブに開けてあれだけ痛かったのだからトラガスなんて無理に決まっている。ブラックダイヤのピアスより少し上の位置にまたニードルの先端があてがわれた。
「…いくよ」
「っ…ん…痛ぁ…っ」
「痛くない…痛くないよ」
貫通する前に、少しだけ刺して何故かすぐに戻さた。痛みが続くし、またもう一度貫通するまで刺されなければならない。
「な、んで…止め…」
「勇也…ちゃんと目開けててね」
ハルの手が服の中に滑り込んできてきゅっと乳首を抓まれる。ビクンと体が跳ねて危ない。
「んっ…な、んで…今…危ねぇだろ」
「痛いのは気持ちいいことだよ、そうやって体で覚えて」
「いっ…!あ、やっ…んん」
ニードルが耳たぶを貫いた。先程より少し皮膚が厚く硬い部分だったためか、痛みがずっと強い。それでも、ハルは胸周りをまさぐり続ける。動いてニードルが他のところに刺さらないようにハルにぎゅっとしがみついて耐えた。
「ピアス入れるよ」
「あっあ…いた、あっ…だ、め…」
ニードルを押し出してピアスが再び入ってきた。痛みと快感が入り交じってわけがわからない。痛みは快感だと刷り込まれ、暗示をかけられているようだった。
「まだ痛い?」
「さ、わんな…って!」
ハルの体を押しのけてソファに倒れ込む。ハルは覆いかぶさってこちらに手を伸ばした。
「じっとして。まだ留め具ちゃんと留まってないから…」
反射的に目を閉じていると、ハルの手が耳に触れ、キャッチがつけられる。つけ終わると、ぽんぽんと頭を優しく叩かれた。
「変なとこ触んなよ!…首とか刺さったらどうするつもり…んっ」
声を荒らげると、それを宥めるように短くキスをされる。何か言い返そうかとも思ったが、顔に熱が込み上げてきてしまい言葉が出てこなかった。
「じゃ、次俺の開けて」
「人のなんてやったことねえし…お前自分で出来るだろ」
「やだ、勇也にやってほしいの」
「我儘言うなよ…あ、おい何やってんだお前…」
「え?耳冷やしてんの。痛いの嫌だし」
「は?だってさっき俺には…」
「痛がる顔が見たくてつい…でもあれだよ、本当に冷やしてもさほど変わらないからね?」
「騙したな…くそ!」
掴みかかろうとすると、さっと目の前にニードルと軟膏を出される。仕方なくそれを受け取り、ソファに座る。ハルは俺の隣に腰掛けた。
「そこに座るのか…?」
「あの体勢よりかは開けやすいと思うけど?」
「てめぇ…本当にふざけんなよ」
「ごめんね?だって勇也騙されやすいんだもん。気をつけなよ」
「…早く耳貸せ」
ハルの耳をぎゅっと引っ張って消毒する。何か言っているが構わずにニードルに軟膏を塗ってあてがった。
「ちょ、ちょっと待ってよそんなに怒らないで」
「いれるからな」
他人のを開けるのも少し緊張してしまうが、一気にニードルを貫通させる。ハルは短く呻いたが、そこまで痛そうにはしていない。
「痛いけど…一気にやった方がそんなに痛みないね」
「なんで俺のときはそうしねえんだよ」
「痛がる勇也が可愛いから」
無言でニードルを進めてピアスを挿しこんでいく。まだ穴が安定していないから流石に痛そうだった。
「いっ…あー…今ので萎えた」
「人の顔見てああなる方がおかしいんだよ」
「勇也は気持ちよかったでしょ?」
「……別に、全く」
キャッチを留めて、ハルの右耳に俺と同じブラックダイヤのピアスがつけられた。
「これでお揃いだね」
「…学校にもしてくのか、それ」
「夏休みの間くらいはしておこうかな。穴塞がったら嫌だし」
「でも風紀委員長が…いや、大丈夫か…」
ハルが風紀委員長の弱みを握っていたことを思い出す。そのおかげで俺は咎められることがないから助かってはいるのだが、本当にこんなやつが風紀委員をやっていていいのだろうか。
「明日は練習あるし早く寝ようか。今日も一緒に寝ていい?」
「変なことしねぇならいいけど…あれ、暑くねえの?狭いだろ」
「クーラーつけるから大丈夫。そのうち大きいベッド買うよ」
なんのために俺のベッドをわざわざ買ったんだ。相変わらず金銭感覚がおかしい。
寝る前に新しく付けたピアス周りを消毒をする。
ハルと同じピアスをつけるのは、なんだかこそばゆいような、不思議な気持ちになった。けれど、本当に俺でいいのだろうか。ハルは、俺なんかのことを好きになって良かったのだろうか。そんな思いをかき消すように、ブンブンと頭を振ってベッドに入った。
ともだちにシェアしよう!