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第109話Rosaline
「双木も遥人も寝てないの…?」
「いやぁ、ちょっとね…」
「てめぇのせいだからな…」
今日は余裕を持って集合時間には間に合った。しかし俺もハルも昨日から一睡もしていない。これももちろんハルのせいだった。またしても遡ること10時間前…
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「おい…あまりくっつくなって…」
「クーラーききすぎて寒い」
「アホだろ…温度上げろよ」
「リモコン遠いんだもん…ね、キスしていい?」
「なんでそうなる…んっ」
毎回確認はするくせにこちらの返事も待たずに強引に唇を重ねられる。別にキスくらいなら許してやらなくもないのだが、こっちだって変な気分になってきてしまう。
一度口を離しても、またすぐに角度を変えて何度も唇を重ね合わせる。すればするほどお互いの体温は上がってきて、少し暑いくらいだ。このままでは止まらなくなってしまう。
「んっ…はぁ、も、いいだろ…」
「これ以上したら…襲っちゃいそう」
「ふざけんな…っ駄目だって」
「分かってるよ、最後にもう一回だけ」
「んっ…んう…あ、した…早いから…」
「最後だから…ね?」
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結局その後も最後だと言いながら何度もしていたら止めるに止まらなくなってしまい、俺達はそのまま朝を迎えてしまった。信じられないほどの虚無感と疲労に襲われ、目の下には軽くくまができていた。顎が筋肉痛になるのなんて初めてだ。
「酷いくまだな。夏休みだからとて夜更かしは良くないぞ…夜分にゲームでもしていたのか?」
「そんな聡志じゃないんだから…」
「おい、なんで俺が夜中にゲームしてることになってるんだよ」
文化祭の劇も何の因縁なのか、この四人が集まることになってしまった。しかも俺以外の三人は皆役者として舞台に立つことになっている。
「ていうか嫌太くん、役者とかできるの?」
「…自分でも分からないな」
「聡志、どうなの?」
「いやなんで俺に聞くんだよ…腐れ縁なだけで俺は別にこいつと仲良くなんかないんだからな」
「聡志、昔みたく謙ちゃんと呼んでくれて構わないぞ」
「呼ばないし馴れ馴れしく下の名前で呼ぶな!!」
「…さっきからお前らうるさい」
ようやく口を挟むことが出来た。こいつらは放っておくと勝手に会話が進むし、真田の声がでかいから周りの注目を集めてしまう。
ハルは何もしなくても自然と人目を引くし、上杉は普段無口だから喋っている姿が珍しいようで、ここにいる皆の視線は自然と俺達に集められていた。
「双木の言う通りだ、二人とも静かにしろ」
「お前もうるせーし」
「お前ら皆役者だろ…台本くらい読んどけよ」
「俺は前回休んでいたものだから何も渡されていないんだ。生徒会長が来るまで待たなければ…」
「じゃあ俺の読んでていいよ、もう全部覚えたから」
そう言ってハルが自身のバッグから台本を取り出して上杉に手渡す。昨日家で読んでいる様子はなかったから、最初の会議の日にすべて覚えたというのか。
「…かたじけない」
「武士かよ…俺まだ全然覚えてないんだけど、遥人どうやって覚えたの?俺よりセリフ量多いのに」
「普通に一回読んだら覚えるでしょ」
「諦めろ聡志、こいつとお前は頭の作りが違う」
「うっせーな分かってんだよそんなこと!!」
「聡志うるさい、勇也が怒ってる」
俺以外の三人はやけに賑やかだった。ロミオとジュリエットを知らないという上杉のために、ハルがあらすじを説明している。そのあいだ俺は黙々と衣装の型を作っていた。
「ある都のヴェローナにはモンタギュー家とキャピュレット家っていう二つの対立する名家があって、ロミオはモンタギュー家の息子。それでロザラインにずっと片想いしてて…」
「ちょっと待ってくれ、ロザラインなんて役名あったか…?それにヒロインはジュリエットだと聞いたが…」
「ロザラインは劇には出てこないの、いいから聞いて。それで、片想いに悩んでるロミオを、親友のマキューシオが仮面舞踏会に誘う」
「マキューシオって俺の役だよね?」
「そう、聡志の役。その仮面舞踏会は敵であるキャピュレット家が主催してて、そこでロミオはジュリエットに一目惚れする。ロザラインのことなんて忘れて、二人は惹かれ合うままキスを__」
「キ、キス…?!初めて会った相手に接吻など…!!」
「嫌太くん動揺しすぎだから…」
ジャキンとハサミが深く切り込む音がして、俺が切っていた型の厚紙がはらりと落ちる。
「双木?これ、落ちたけど…」
「あ、あぁ、悪い…」
真田が拾い上げてそれを渡してくれる。切らなくていい部分を切ってしまった。自分の動揺が手元に表れてしまって冷や汗をかく。ハルにそれを悟られたくなくて、そっぽを向いて型をもう一度作り始めた。
「流石に今回の台本にはキスなんて書いてないよ。原作ではそうってだけ…ほら、台本には手にキスをするフリって書いてあるでしょ」
「ああ、本当だな…」
キスはしないと聞いて何故か俺は安堵してしまう。別に、ハルにとっては女とキスすることくらい慣れているだろうし、なんでもないはずなのに。
「遥人、原作読んだことあんの?」
「原作っていうか、アメリカ住んでた頃に英語版の本読んだ気がする…それで、ジュリエットもロミオに惹かれるんだけど、お互い後で敵側の人間だってことに気づく。それでも諦められなくて、有名なあのシーンに繋がるわけ」
「ロザラインへの気持ちってそんなに簡単に無くなったの?軽い男だな」
「最初は本当にロザラインに恋焦がれてたんだよ。でもロザラインはつれない女で、ロミオは恋に苦しみ、そんな時に美しいジュリエットに心を奪われた…みたいな」
「結局顔かよ…クソだな」
「聡志、口が悪いぞ」
ロミオは親友が気にかけるほどロザラインに恋焦がれていたというのに、ジュリエットを一目見ただけで心変わりしてしまったのか。人の気持ちとはそんなにも単純なのか…いや、きっと本当に単純なのだろう。もしも、ハルにとって俺がロザラインだったら__
「10時になりました。ギリギリの到着でごめんなさい!体育館、暑くて大変だろうけど、次回からはクーラーの効いたトレーニング場を借りるから…」
体育館に生徒会役員が入ってきた。今日からは道具の作成や役者の稽古をそれぞれやるらしい。各担当グループに分かれて、作業が始まった。
『双木くん、もう型まで作ってきてくれたの?』
『買い出しまで全部してくれて…』
『私達、ちゃんと役にたってるかな?』
「デザイン図がなかったら何もできなかったし…それなりに、助かった」
『良かったぁ!』
『次は、何をすればいいの?』
『衣装の作り方までは、ちょっと分からないんだけど…』
「家庭科の教師にミシンを使えるかどうか聞いてきてほしい…作り方は俺が教える」
『わかった、行ってくるね!』
そうして女子三人は体育館から出ていった。心の中で、わざわざ三人で行く必要はないだろと突っ込んでしまったが、女子は群れるのが好きらしい。
そうすぐには戻ってこないので、型に合わせて布を裁ちながら役者たちの練習を少し見ていた。
「凄い…小笠原くん、もうセリフ覚えたんだね!それに、小笠原くんと真田くんは演技上手!二人とも、経験者?」
会長が感嘆しながらそう言っているのが聞こえる。確かに、ハルと真田は普段から猫をかぶっているから演技がうまいのも納得がいく。
対照的に上杉は、まったくもってセリフに抑揚と感情がなかった。元々喋るのが得意ではないんだ、上杉に同情してしまう。
「やはり…俺に役者は難しいです」
「うーんそっか…でも、皆が殺陣をやるなら上杉くんがいいって…」
「タテ…?」
「ディボルトは、何度か剣を振るうシーンがあるんだけど…上杉くんならそういうの得意って聞いたの。勿論、剣道とはちょっと違うけど…」
「それならやります、やらせてください!」
「そ、そうなの?じゃあ、頑張ってもらおうかな!」
剣と聞いた瞬間、上杉は生き生きとし始めた。急に演技が上手くなったとまではいかないが、だいぶマシになった気がする。
しばらくすると、女子三人組がミシンを持ってこちらにやってきた。
『家庭科の先生に聞いたら、夏休み中は学校内でなら使っていいって!』
『持ち出しも許可もらったから、ここで使えるよ』
『じゃあコードのドラム持ってくるね』
「ああ、悪い…」
皆よく動いてくれて大分有難い。衣装も、もしかしたらかなり早く完成するかもしれない。ミシンに下糸をセットしながらまた役者の方の練習を見る。グループに分かれてそれぞれセリフの練習をしているようだった。
ハルの姿を探すと、会長と二人で台本の読み合わせをしているのが見えた。会長は気さくで美人で、確かにハルと並ぶとお似合いだった。
もしも、ハルが〝いい人〟と言っていた会長がハルにとってのジュリエットだったら…つれない薄情なロザラインは、自分に熱烈な想いを注いでいた男が一瞬で他の女に奪われていくのをどう思ったのだろうか。
そんなことを思いながら呆然と見つめていると、ハルと目が合って微笑みかけられる。思わず目をそらすが、俺はたったこれだけのことで先程までの心のもやはすぐに取り払われてしまった。
ハルの右耳に、隠そうともしていないブラックダイヤが煌めいた。
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