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第111話Juliet
8月に入ってからのここ数日、毎日のように集まりがある。盆に入ったら数日間休みがあるらしいが、劇の準備というのは思っていたよりも大変だった。衣装は女子三人組の協力もあり、もう最終段階まで出来上がっている。
『これで最後……終わった!!』
『やったー!』
『長かったね…私たち頑張ったよ』
「…お疲れ。本当に、よく頑張ってくれたと…思う。役者達に着てもらってサイズの確認したら、また調整するから…」
俺は未だに硬い表情のまま話すことしかできないが、女子達の方は随分俺に慣れたようだった。頻繁に話しかけてくるが、あまりまともに答えられたことは無い。勝手に三人で話を盛り上げていった。ガールズトークは本当に怖い、速さが尋常ではなかった。
女子達が衣装を役者に試着させている間、俺はロミオの衣装を持ってハルのところへ向かう。
「…今、いいか?」
「大丈夫だよ。衣装できたの?」
「ん。サイズ調整するから着てみろ」
「うわぁ凄…ありがとう」
ハルは衣装を受け取るとその場で服を脱ごうとする。
「馬鹿!家じゃねえんだからここで脱ぐな。会長もいるんだから気ぃ遣えよ」
「あ、ごめんなさい、会長さん」
「ふふ、二人とも仲良しなんだね」
「いや…そうでもないです」
「なんで?冷たいよ勇也」
会長は何がそんなに面白いのか、笑いをこらえながら話す。
「なんか小笠原くん、いつもは真面目で紳士って感じなのに、双木くんといる時は小さい子どもみたい」
「子ども?初めて言われました」
「うん、凄く嬉しそうにするし…」
俺はあまり意識したことがなかったが、言われてみればハルは俺以外には紳士的な対応をしている。俺に話しかけるときはそれが剥がれるようだった。
親しげに会長と話すハルを見て、ハルの服の裾を少しだけ引っ張る。
「…衣装着替えろって」
「ああ、ごめんね」
「ふふ、やっぱり仲良しだね。ピアスもお揃いなの?」
そう言われて意味もなくピアスを隠すような仕草をしてしまう。やはり他人から見ても同じものだと分かるものなのだろうか。
「バレちゃいましたか。怒らないんですか?」
「うん、私はそういうの、別に気にしないから…」
会長はどこか、虚空を見つめているように見えた。
場所を移動して、空き教室でハルの着替えを手伝う。わざわざ空き教室まで行かなくてもステージ袖で着替えれば良かったのだが、ハルがどうしてもというので付き添うことになった。
「着替えくらい自分でやれよ」
「だって時間かかるもん」
「もんじゃねえよ…めんどくせぇな」
両手をあげて万歳をしたハルに服を着せようとするが、身長差があって届かない。
それを見てハルは笑いながらしゃがんだ。
「やっぱりいいねこういうの」
「何がだよ」
「夫婦みたいで」
「親子の間違いだろ」
いつもなら私服を着るのを嫌がる俺に無理矢理ハルが服を着せているのだが、今日は逆転していた。
着替えが完了したハルは、むかつくくらいにロミオの衣装が似合っていた。正直王子風の衣装なんて似合う奴はいないだろうと思っていたが、圧倒的なスタイルの良さで見事に着こなしている。
「これ、ちょっと暑いね。中タートルネックだし」
「我慢しろ。舞台袖でこまめに水分補給しておけ」
「あれ、もう行くの?待ってよ、何のために空き教室来たと思ってるの?」
「着替えるためだよ、アホ」
「少しだけだから」
そう言うと、ハルはぎゅっと強く背後から抱きしめてきた。振りほどこうにも力が強くて適わない。
「馬鹿、誰か来たらどうするんだよ」
「そのときは見せつければいい」
「お前なぁ…くそ…」
「ねえ、似合ってる?衣装」
「…まあまあ」
「厳しいね」
やけに静かだなと思ったら、俺の頭に擦り寄って呼吸を繰り返しているのがわかった。自分が汗臭くないかと気にしてしまう。
「おい、嗅ぐな…夏場はやめろって」
「どうして?いい匂いだよ」
「そんなわけあるか」
「…汗の匂いって興奮する」
「ふざけんな死ね」
ようやくハルのことを引き剥がす。なんだか不服そうだったが、早くみんなの元へ戻らないと迷惑をかけてしまう。
「…やっぱり俺と同じシャンプー使わせようかな」
「は?」
「今度買い物行く時覚えといてね」
なんで今更そんなことを言い出したのかは分からないが、俺は正直どちらでもいい。シャンプーなんて洗えればどれも同じだ。
トレーニング場へ戻ると、ロミオの衣装を身につけたハルを見て女生徒はみんな悲鳴をあげる。
『超似合ってる…!』
『本物の王子様みたい』
『北条会長!並んでみてくださいよ!』
「えぇ…私が並ぶの、なんだか申し訳ないんだけど」
女子生徒に腕を引かれ、おずおずと衣装に身を包んだ会長がこちらへやってくる。淡いピンク色のドレスを纏った会長はとても綺麗だった。きっとハルもそう感じたと思う。女子というものは、皆綺麗だ。綺麗だということにちゃんと意味がある、綺麗なことはきっといいことだ。
衣装で盛り上がった役者達は、それぞれ写真を撮り始める。ハルの周りには女子が群がっていた。やはりハルは愛想を振りまいていて、面白くない。別に、あんなのいつもの事だろうから放っておけばいいはずなのにどうしても気になってしまう。
『あ、双木くん!せっかく作った人なんだから双木くんも遥人と写真撮りなよ!』
「はぁ?」
『えっ…』
まずい、ついうっかりハルを相手にしているときのような返事をしてしまった。落ち着いて引きつった顔で訂正する。
「あ、いや…俺、写真とかはいいから」
『撮った方がいいよ!ほら、遥人来てー!』
「え、ちょっ…待っ」
呼ばれたハルは俺の姿を視認するとすぐにこちらへやって来る。
「なに?」
『双木くんと一緒に写真撮ってあげるから並んで』
「いや、だからいいって…」
ハルは微笑んで、俺の肩に手を回した。写真を撮るのはいつぶりだろうか。きっとうまく笑えていない。
「それ、後で俺に送って」
ハルがそういうと、その女子はすぐにスマートフォンを操作して画像を送信しているようだった。ハルの方で受信されたその画像を覗き込むと、ハルは俺が見やすいようにこちらへを傾けた。
「うわ、なんだこれ…気持ち悪」
「そう?可愛いよ」
その写真は女子がよく使っている写真加工アプリで撮られていたようで、犬の耳がついて目が大きくなっている。何枚か撮っていたのか、違う加工が施されているものもあり、そのうち一枚だけ無加工のものがあった。
「…これホーム画面の画像にしていい?」
「だめに決まってんだろ」
「もうやっちゃった」
ハルは満足そうにスマートフォンの画面を見つめては表情を緩ませていた。
ハルの隣に並ぶのは苦しかった。やはり写真を見ても、〝お似合い〟とは言い難い。きっとこんなことで頭を悩ませているのは俺だけなのだろう。隅で一人、ため息をついた。
「双木くん…ちょっといい?」
話しかけてきたのは会長で、ドレスの裾を持ってこちらへやって来た。
「…なんすか」
「ちょっと、ドレスの裾が長くて…調整頼んだら双木くんに頼んだ方がいいって言われたから」
「ああ…わかりました。じゃあ後でやるんで着たままでいてもらってもいいっすか」
「うん、わかった。ありがとう!この後自主練で、多分私3年A組の教室にいるから」
そう言って去っていく会長をボーッと眺める。自分が作った衣装を人が着ているのを見るのは感慨深いなと思うと同時に、あの人がハルと並んだ姿を思い浮かべて胸が痛くなった。
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