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第112話Juliet②
3年A組の教室へ行くと、会長が一人でセリフをぶつぶつと呟きながら書類の整理をしていた。恐らく生徒会の仕事なのだろうが、よく二つのことを同時進行でできるものだなと感心する。
軽くノックをして教室に入ると、会長はこちらに気づいて手を振った。
「遅くなってすみません…他の衣装も調整してて」
「ううん、いいの。わざわざごめんね。私、どうすればいいかな」
「立っててもらえれば大丈夫です。その間、セリフの練習とかしておいてもらえれば…」
立ち上がった会長は恐らくパンプスか何かを履いていて、俺よりも少し背が高かった。それに少しショックを受けていると、会長は恥ずかしそうに笑った。
「…嫌になっちゃうよね、こんなに背高いと。全然可愛くないもん」
「いや、そんなことは…」
「せっかくこんなに可愛いドレス作ってくれたのに、なんだか申し訳ないなぁ」
悲しそうな表情をする会長に何か言葉をかけたいがなんと言えばいいかわからない。裁縫箱から針を取り出して糸を通す。
「…会長は、綺麗ですよ」
「綺麗だなんてそんな…双木くんの方がずっと綺麗だよ、まつ毛も長いし…」
「それ、別に嬉しくないんすよ。つーか…コンプレックスです」
言ってしまってからハッとする。会長の方も、口元を押さえて申し訳なさそうにしていた。スカート部分を縫っていた手が止まる。
「ごめんね、何も考えなしにこんなこと言って…」
「いや、いいんです。俺の方こそ…すみません。でも、誰でもそうだと思います」
「え?」
「自分が嫌だと思ってることでも、他人から見たらそれが羨ましかったりするんですよ。皆、ないものねだりなんです」
何を言っているんだろう俺は。普段全く喋らないのに、会長が気さくだからか言葉が次へ次へと引き出されていく。
「そっか…そうだよね。でも、やっぱり女の子は小さい方が可愛いよ」
「小さい人からしたら嫌味ですよ、それ。それに…女子ってだけで、皆可愛いって言われる権利はあると思います」
「…なんか双木くん、すごく素敵なことを言うんだね」
「あ、いや…すみません、気持ち悪いですよね」
「ううん。小笠原君もそんな感じだから、慣れちゃった」
遠回しにそれは気持ち悪いと言っているのだろうか。しかし、会長には裏の顔のようなものがなく、常に明るかった。今のも悪気があって言ったわけではなさそうだ。
「…あと、そのドレスは多分衣装係の女子達が会長に似合うようにデザインしてくれたものです。だから、ちゃんと似合ってますよ」
会長は驚いたような顔をして、眉を下げたまま微笑んだ。
「そっか…そっか。うん、ありがとうね。双木くんも、皆も」
「いえ…」
無言で縫い進めていると、会長はセリフの練習を始めた。ロミオと、ジュリエットのあのシーンを。会長はやはりいい人だ。ハルは、どう思っているだろう。会長のことを好きになってしまうだろうか。だって俺より、ずっと〝お似合い〟だ。
「…そんなのは嫌よ。ロミオ、運命の人。なのにあなたはモンタギューの跡取り。ねえお願い、私は何の肩書きもないロミオとずっと…ずっと…なんだったっけ…?」
「確か…ずっと一緒に踊っていたい」
「そう、それだ!あれ、なんで知ってるの?」
「ハ…小笠原の練習に付き合わされてて、それで」
「それで覚えちゃったの?」
「まぁ…あと衣装つくってるときに役者の練習とか見てたんで」
会長はへぇ〜と感心したように言って、俺にセリフの確認をお願いしてきた。自分でも驚いたが、俺は殆どのセリフを覚えてしまっていた。
「…一通り確認したかな。手伝ってくれてありがとう」
「いえ…こっちの方も調整終わりました。どうですか?」
「…うん、動きやすくなった!本当にありがとう。これでダンスも何とかなりそう」
そう言いながら、会長は劇中のダンスのステップを始める。ロミオとジュリエットが手を取って踊り合うのだ。そう高くないとはいえ、ヒールで踊るのは大変そうだ。そう思っていると、会長はバランスを崩して転びそうになった。
咄嗟に手を差し出して腕を引く。なんとか転ばずに済んだが、女子に迂闊に触れたのは良くなかったかと思いすぐ手を離す。
「あ、ごめんなさい…俺」
「…あ、ありがとう…ごめんね」
会長は俯いてそう言った。驚いているのか分からないが、やっぱり急に手を掴んだのは失礼だったかもしれない。
「大丈夫ですか…?」
「う、うん。大丈夫!本当にごめんね、ありがとう」
少し申し訳ない気持ちになりながらも、会長に怪我もなく、ドレスが破損することもなくて安堵する。
そのとき、ガラッという扉の開く音がして誰かが中へ入ってきた。
「勇也、衣装係の子が呼んでるから行ってきてあげて」
「あ、ああわかった…」
入ってきたのはハルで、既に衣装を着替えて制服姿だった。
教室から出ようとするが、反対にハルは中へ入っていく。
「…お前、来ねえの?」
「うん、会長と二人で練習するから。話したいこともあるし」
話したいこととはなんだろう。胸が痛む。気にするな、気にしてはだめだ。
「ぁ…でも」
「なに?」
ハルは表面では優しい顔をしているが、声が少し冷たい。なにかしてしまっただろうか。
「いや…なんでも、ない」
「そう。じゃあ早く行きなよ」
「っ……わかった」
逃げるように教室を出ていく。どうしてハルは機嫌が悪いのだろう。会長といたから?ハルは会長と一緒にいたかったのか。俺よりも…
違う、ただ練習するだけだ。そう分かっているのに、〝話したいこと〟というのがひっかかって気になってしまう。
トレーニング場に行ってみたが、誰もいない。時間を見るともう6時になっていて、解散したのだとわかる。なぜハルは俺に嘘をついたのだろう。この後、二人だけで練習をするのか。
待っていた方がいいだろうか、それとも、ハルは会長と二人で帰るだろうか。どうしていいか分からず荷物を持って学校を出、一人交差点にに佇んだ。
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