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第113話Tybaltー遥人ー
役者の自主練習が始まったのだが、勇也の姿が見当たらない。嫌な予感がする。胸がざわめいているような不快感。
一人で台本を読んでいた謙太に声をかける。
「ねえ、勇也見てない?」
「さあ、知らんな。聡志、お前は?」
「双木?双木ならさっき生徒会長のとこいったよ。ドレス直すんだってさ」
「どこいったか分かる?」
「生徒会長のクラスって言ってたから…A組?」
「わかった、ありがとう」
なんとなく、あの会長を勇也と一緒にしたくない。会長が嫌いな訳では無いし、彼女はあまり男に媚びるようなタイプでもないのだが何かが引っかかる。
教室のドアの小窓から中の様子を確認すると、躓いた会長を勇也が助けているのが見えた。
自分以外の者が勇也に触れることが許せない。
勇也はガラが悪いし目つきも悪いから人はあまり寄り付かないが、綺麗だし本当は優しい。それを知ったらきっと女子達は黙っていない。
ギャップ萌えなんて言葉があるのが悪い。勇也の良さは俺だけが知っていればそれで充分ではないか。
あまり心に余裕がなかったから、無言でいきなり扉を開ける。すぐに二人はこちらに注意を移した。会長の顔が僅かに赤らんでいる。
勇也のほうは特に変化が無かったのがせめてもの救いだが、俺は珍しく感情が声色に出てしまっていた。
勇也を少し冷たくあしらったためか、とても悲しそうな顔をして教室を出ていった。まるで捨てられた子犬のようなその表情があまりにも可愛らしくて、家に帰ったら死ぬほど甘やかしてやろうと思った。
なんとかして会長を勇也から引き剥がさなければならない。あまり気乗りはしないがこの方法しか思いつかなかった。
「会長、ドレス似合ってますね」
そう言えば、大抵の女は顔を赤らめて喜びを顕にするはずだった。
「そうかな。嬉しい、ありがとう」
しかし会長は違う、顔色一つ変えずにそう言った。少し怯みながらも、再度攻め込む。
「ロミオがジュリエットに一目惚れする気持ちも分かります」
「それは…どういうこと?」
「それくらい、会長も綺麗です」
「…口がうまいのね。そんなこと言ったら女の子は皆自惚れて勘違いしちゃうよ」
流れとしては好調。そのまま飲まれてしまえ。
「会長は…政美先輩は、勘違いしてくれないんですか?」
沈黙が訪れた。上手くいったと思ったが、会長はおかしそうに笑い始める。
「…なに、それ。面白いね」
「本気にしてくださいよ」
「小笠原くんは本気じゃないのに?」
「っ…どういうことですか」
おかしい。逆に自分の方が会長にペースを乱されてしまった。何故こうも上手くいかないのだろうか、むしゃくしゃする。
「だって小笠原くん、全部嘘くさいんだもん。わかるよ」
「…会長は、勇也のことが好きなんですか?」
いきなり本題に突っ込んでみたが、案の定勇也の名前を聞いて会長は動揺していた。
「な、なんで…今の話に双木くんは関係ないでしょ?」
「勇也のどこが好きなんですか?」
「……正直で、すごく素直でしょ、あの子。好きかどうかは定かではないけど、気になっているのは確かだね」
「初めて会ったのは、つい最近ですよね?」
「そうだね、けど…私はあの子が入学した時から知ってたの。ほら、見た目のせいで目立ってるでしょ」
あっさり認めて、また涼しい顔をしながら話し始める。やはり気に食わない。俺の方が勇也をもっと知っている。
「真面目な生徒会長だから、不良に惹かれた…漫画みたいですね」
「そうじゃないの…いや、そうなのかもしれないけど」
これは言ってはいけないのはわかってる。俺は最低だから、会長がショックを受けるとわかっていてあることを口にした。
「会長のお兄さんに似てるからですか。去年バイク事故で亡くなった…」
「なんで、それ…!」
会長の手から台本が滑り落ちる。パタンと音がしてそれが着地するまでが異常に長く感じた。
「ごめんなさい。たまたま知ってたんです」
「……1年生の子は、誰も知らないと思ってたんだけどな。まぁ、この地域だとニュースにもなったしね」
落とした台本をじっと見て、独り言のようにそう呟いた。台本を見ていたというよりかは、俯いていたと言った方が正しい。
「兄さんは学校も違ったし、馬鹿でやんちゃだったけど…優しくて素直な人だった」
「好きだったんですか、お兄さんのこと」
「好き…そうね、憧れが強かったけど、たしかに好きだった」
会長は落ちた台本を拾って手で汚れを払うと、机の上に置いてからまた話を続けた。
「顔はそんなに双木くんと似てるわけでもないんだけどね。背も高かったし…あ、こんなこと言っちゃいけないね」
「だから、お兄さんと勇也と重ねたんですね」
「うん…そうなのかも。単純ね、私も。双木くんは兄さんと同じで、不良のくせに本当は優しいの。言葉が嘘をついてない」
「でも、違いますよ。お兄さんと勇也は」
何をムキになっているのだろう、俺は。余裕が無いのはひたすら格好悪い。
「わかってる。わかってたけど…今日はまた兄さんとは違う、あの子の素敵なところに気づけたから」
「…勇也に彼女がいたらどうするんですか」
「いるの?」
俺は性格が悪いから、会長が純粋なのをいいことに意地悪をした。
「…勇也には、好きな人がいます。その人も勇也のことが好きです。けどそれは、あなたではないです」
「そう…双木くんにも好きな人がいるんだね、なんか可愛い」
「…嫌じゃないんですか」
この人は何を言っても本当になびかない。もしこの人のことを好きになった男がいたとしたら、攻略するのは大変だろうなと思う。
「付き合っているわけじゃないんでしょ?別に、横取りしようとかそういうつもりはないけどね。文化祭が終わったら、ちゃんと言おうと思う。私ももう卒業だしね」
「強いですね、先輩は」
「そう?小笠原くんもなかなか芯のある性格だよ。見直しちゃった」
「それは、どういう…」
「…本当に好きな人のためならそこまで必死になれるなんて、素敵じゃない?」
会長は不敵な笑みを浮かべて、ドレスの裾をふわりと翻しながらドアを開ける。
益々意味が分からなくて、聞こうとした時にはもう教室を出ていってしまった。
「くっそ…」
拳を握って机を叩くと、鈍い音が教室中に響き渡った。
あの人は、本当に強い。俺なんかよりも潔くて綺麗だ。俺みたいに恐れたりしない。きっと俺よりもずっと清らかな心で勇也に接している。
もし勇也があの人のことを好きになってしまったらどうすればいいのだろう。そんなことはさせない、絶対にさせない。
勇也のことを愛しているのは俺だけだ。勇也が愛しているのも俺だ。俺であってほしい。俺のもの、誰にも渡さない。
そう思っても、ただただ虚しくなるだけだった。
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