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第114話Crossroads
交差点の信号の近くでしばらく待っているが、そろそろ人の視線に耐えられない。
不良がこんな暑い中、長い間ずっと交差点に突っ立っているのだ。不思議に思うのも仕方が無い。
もう帰ってしまおうかと信号を渡り始めたとき、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。
まさかなと思って振り返ると、ハルが息を切らせながらこちらに向かってきているのが見えた。
隣には、誰もいない。その事に思わず安堵し、歩を止めた。
「勇也…待っててくれたの?」
「いや、その…」
こんなところにいる理由、ハルを待っている以外に有り得ないのだから言い訳のしようがない。ハルとは目を合わさぬよう、小さく頷いた。
信号はまた赤へ変わる。
「ごめんね、遅くなって。暑かったでしょ」
「別に…」
本当はさっきから暑くて汗が止まらなかったが、今は緊張のせいかその汗も冷えきっている。ハルの声には、もう教室に入ってきたときのような冷たさはないようだった。
「帰ろうか」
「ん…」
信号が変わるまでの間、ハルは一度俺の手に触れたが、怯えるようにまた手を戻してしまった。
家に入ると、ハルは玄関へ荷物を投げ出して俺のことを抱きしめる。一体どういうつもりでこんなことをしたのか、俺にはわからなかった。
「勇也は俺のこと、ずっと好きだよね?」
「…なんで、急に」
「何があっても俺のことが一番でしょ、そうだよね」
何があっても…確かにそうかもしれないが、何があるというのだろう。
ハルが、他の人間のことを好きになったとしても?そうなったとしても、ハルのことを好きでいろと言うのか。そんなの、あまりにも酷ではないか。
「…離せ」
「答えろよ…ねえ、勇也」
「離せって言ってるだろ!」
ハルを突き飛ばして背を向ける。
どうしてお前が怒るんだ。怒りたいのはこっちの方なのに。
「っ…ごめん。ねえ、こっち向いて」
「嫌だ」
「…向けよ」
「…嫌だ」
肩を掴まれて、無理矢理ハルの方を向かされる。
見られたくなかった。きっと涙を堪えた情けない顔をしているから。それを見たハルは言葉を詰まらせる。
「勇也、なんで…」
「…自分勝手なことばかり言うなよ。人の気も知らないで」
ハルの手を振り払って逃げ、自室に篭った。
その日は一応食事も一緒にしたのだが、会話はひとつもなかった。こんな食卓は、この家で暮らすようになってから初めてのことかもしれない。
ハルは常に何か言いたそうにしていたが、俺の方がそれを聞こうとしなかった。怖くて聞きたくないだけなのだと思う。
何も言わず、自分の部屋で眠りについた。
………………
朝食を一緒にとったあと、ハルを置いてすぐに家を出た。ハルは特に呼び止めることもなく、ただ悲しそうな顔をしていた。
ハルはしっかりと練習には来ていたが、やはり話すことはない。衣装が出来上がって特にすることのなかった俺は、ぼうっと劇の練習を眺めていた。
「双木くん…双木くん?」
「え、あ…すいません。なんすか」
どうやら会長に呼ばれていたようだが、ぼうっとしすぎて今の今まで気づけなかった。
「衣装確認したら、ちょっとここが取れちゃってたんだけど…ごめんね、直せるかな?」
「ああ、はい…」
裁縫箱を取り出して、衣装を直す。その間もハルがこちらを見ているような気がして、集中力が散漫していた。
「あっ…痛…」
「大丈夫?刺さった?」
「大丈夫です…痛っ…」
手元が狂って何度も自分の指に針を刺してしまう。
生徒会長は慌てて自身のポケットを探っていた。
「待ってね…確かここに…あ、練習着じゃなくて制服のポケットだったかな」
「あ、いや気にしないでください。別に大したこと…」
たまたま前を見た時、さっきまでいたはずのハルがいないことに気づく。どこに行ったのかと思っていると、急に後から肩を叩かれた。
突然の事で驚くが、すぐに振り返る。
「はい、これ使って」
肩を叩いたのはハルだったようで、俺に絆創膏を差し出していた。
「…だ、大丈夫だから…いらない」
「いいから。そう何度も刺したら血くらいでるでしょ」
俯くと、ハルは俺の手を取って絆創膏を付け始める。昨日は突き放してしまったから、罪悪感に押しつぶされそうだった。
絆創膏をつけ終わり、ハルはゴミを自身のポケットに突っ込んで行ってしまった。
お礼を言うことも、謝ることも出来なかった。
「…小笠原くんと、何かあった?」
「いや、別に…」
会長にまで余計な心配をかけさせてしまった。けれど、今は会長の顔もあまり見たくない。
この人といると、自分が惨めになる。ハルに相応しいのは俺じゃないような気がしてしまう。
「…悪いことしちゃったかな」
「何言ってるんすか、会長は何も…」
「あ、ごめんね急に。衣装、私が自分でやるよ」
「それは申し訳ないんで俺がやりますよ…練習戻ってください」
会長の目を見ずにそう言い放つ。会長は何も悪くないのに、こんな態度をとってしまうのも申し訳ない。
「…私、絶対にこの劇成功させたいの」
「え?」
「なんの意地かわからないけど、やるからにはちゃんとやりたい」
「あ…ごめんなさい、俺」
「ううん。私も、私情を挟みそうになってるから…ちゃんも切り替えていこうと思う」
俺には、会長が何の話をしているのかいまいちよくわからなかった。
「…じゃあ、衣装よろしくね」
「は、はい」
「あと…二人が気まずそうだと、みんな気になっちゃうから。ちゃんと仲直りしなさいよ?」
「仲直りって…」
「ふふ、なんか敵に塩を送ってるみたい。小笠原くんも今日は調子悪そうなの、セリフは言えても演技に力が入ってなくて」
今まで完璧にこなしてきたハルがそうなってしまったのだから、きっとハルも気にしているのだろう。
俺はハルの話を聞こうとしなかった。俺から勝手に塞ぎこんでいるんだ。
「その、ありがとう…ございました」
「え?私は何もしてないけど」
「…こっちの話です」
会長は不思議そうに笑って、練習へ戻っていった。
この後、ちゃんとハルと話そう。そう思ったが、この後、この後…と思っているうちに、その日の練習は終わってしまった。
明日からはしばらく連休となる。せめて連休が明けるまでに決着をつけようと決心した。
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