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第119話Water melon
つい本心から良かったなと言ってしまったが、言ってもよかったのだろうか。
顔色をうかがうようにハルの方を見ると、照れくさそうに目を細めて唇を噛み締めていた。
「小笠…ハル?」
「授業参観でさえ一回も来なかったくせに…なんなの、ほんと」
「嬉しくないのか?」
少し驚いたような顔をしたかと思うと、俺の肩に頭をのせて後ろから抱きしめてくる。
身長差があるから、この体勢は首を痛めそうだ。
「…うれしい、恥ずかしいけど」
「お前に恥ずかしいなんて感情あったんだな」
「失礼だなぁ…高校生にもなって親が劇見に来るなんて恥ずかしいに決まってるじゃん」
自分がその立場だったとしたら、と考えようとは思ったがいまいち自分の家庭ではピンと来ない。
けれど、ハルが嬉しいのは本当のようだった。
「父さんはさ、仕事が忙しくて行事には来れなかったから。母さんは勿論兄貴のほうに行ってたけどね。俺、運動会も卒業式も一人だった」
思い返してみれば、俺の母親は低学年の頃まではよく行事にも顔を出していた気がする。
とはいっても、子どもはそっちのけで華美な服装や自分の若さや美しさを見せびらかしていただけだった。
でも、いないよりは良かった。
急に自分への関心や執着がなくなったときは、言い表せないくらいに寂しかったのを覚えている。
「…良かったな、ハル」
もう一度そう言って、ハルがいつも俺にするようにぽんぽんと頭を撫でた。
「うん」
「…スイカ、どうする?」
「食べる」
リビングに戻り、改めて先程頂いたスイカを見つめる。
「…やっぱりでけえな。冷蔵庫占領されるとあれだし、今日中に食えるか?」
「二人で一玉かぁ…ちょっときつくない?」
「お前大食らいなんだからいけるだろ」
「ご飯食べられなくなるから嫌だ」
確かに、スイカを食べすぎて飯を残されたらそれはそれで困る。
バランスよく食べてほしいし、飯の量を減らすというのもあまりいただけけない。
「…頑張れ、お前なら食える」
「いやいやいや、勇也にそう言ってもらえるのは嬉しいけど流石にこれは…」
「じゃあこれどうするんだよ」
ハルは唸りながら額に手を当てて、なぜか訝しげな顔をしながらこちらを見る。
「…呼ぶ?」
「あ?何をだよ」
「…聡志、とか…その辺の」
それを聞いて少しばかり驚く。だって、ハルは前まで真田を家にいれるのをひどく嫌がっていたものだから。
「別に…お前がいいならいいんじゃねえの?」
「俺、友達とか家に呼んだことないけど…なんか、呼んでもいいかなって」
「じゃあ連絡しておくぞ」
「友達来るときってどうすればいいの?なんか用意したほうがいい?」
ハルは常に周りに人がいるから、てっきり家に呼ぶことくらい慣れていると思っていた。
とはいっても、女を連れ込んだことは何度もあるのだろうが。
「別に何もいらねえだろ…うわ、返信はええなこいつ。暇なのか?」
「なんだって?」
「来るってさ、上杉も今一緒にいるらしい」
「へえ、やっぱりなんだかんだ言ってあの二人も仲良しだよね」
たしかにその通りだ。
しかし昔馴染みの二人なのに、なぜ真田は上杉を毛嫌いするような素振りをみせるのだろうか。
真田が煙草を吸っている理由や、上杉に対しての態度にはまだ謎が残っていた。
家の位置を真田に伝え、待つこと数十分。家の外の方から何か言い合っているような声が聞こえてくる。
「いや、ここじゃないよな…?謙ちゃ…上杉、お前間違えたんじゃないの?」
「呼び方がブレブレだな…ここで合っているぞ、地図ではここを指している」
「だって元々遥人一人で住んでたんだろ?一人暮らしする広さじゃねえよこれ」
そんな会話が聞こえてくる。真田と上杉で間違いないようだが、どうもここの家でいいとかどうか迷っているらしい。
無理もない、俺だって最初はここで高校生が一人暮らししているだなんて思ってもみなかった。
「俺、迎えに行ってくるね。なんか緊張するな〜聡志ごときで…」
仮にも友達に対して酷い言いようだが、そう言いながらも少し嬉しそうに玄関へ向かって行った。
その間に、予め切っておいたスイカを皿に盛り付け、ダイニングテーブルへ並べる。
食べやすい大きさに切ったのだが、これで良かっただろうか。
「お邪魔しまーす」
「邪魔するぞ」
「ん、座って」
ハルが座るように促すと、二人揃って腰をかける。
上杉の剣道着に見慣れていたせいか、私服を着ているのにとても違和感を感じた。
「双木、そんなに俺のことを見てどうした?まさか俺を忘れたのか…」
「いや…てっきり剣道着で来ると思ってたから」
「流石に剣道着で外を出歩くと目立ってしまうからな」
校内でも充分目立っていると言いたかったが、心にしまっておいた。
真田の方は早く食べたそうにそわそわしている。
「真田、食いたいなら先に手ぇ洗ってこい」
「どこで洗えばいい?」
「廊下出て、一番奥の」
洗面所の位置を教えると、小走りにリビングを出ていった。よほどスイカが早く食べたいのだろう。
同じく洗面所へ向かおうとした上杉が、何かを思い出したように立ち止まる。
「そういえば…あいつ、聡志はどうやらお前達の関係には気づいてないみたいだ」
「そうなの?てっきり知っててこの前の計画たてたもんだと思ってたんだけど」
「ああ見えて聡志の中身はピュアだからな。恋愛沙汰については疎いみたいだ。同性愛に偏見は無さそうだが、鈍感だから黙っていても問題はないだろう」
正直気づかれてなんやかんや言われるのは嫌だったからいいのだが、そうか、普通に気づいているものだと思っていた。
二人が手を洗って戻ってくると、ようやくテーブルに着くことが出来た。
このダイニングテーブルの席が四つ全て埋まるのは、初めてだ。
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