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第120話Water melon②

真田と上杉を呼んで正解だったようだ。 というのも、さっきから真田はすごい量を一人で平らげている。 「聡志すごいね、ずっとスイカ食べてて飽きないの?」 ハルは休憩がてら別の菓子をつまみながら真田にそう言った。 「ん、俺、めちゃくちゃスイカ好きなんだよ。うちのお袋もよくスイカもらってくるけど、いくつ食べても飽きないかな」 「ほら、汚しているぞ。ちゃんと拭かないか」 「自分で出来るからいいっつーの!!」 なんだかんだ言ってやはり二人の仲は良さそうだった。上杉は真田の零した汁を布巾で拭くと、おもむろに立ち上がる。 「すまない、御手洗を借りてもいいか」 「ん、洗面所の近くにあるよ」 上杉が席を離れたので、俺は少しばかり疑問に思っていたことを真田に問いかけた。 「真田、お前はなんで上杉と仲いいのに毛嫌いするような素振り見せるんだ?」 「はぁ?!仲良くねーし!なんで双木までそんなこと言うんだよ!」 そう言ってこちらに種を飛ばしてくるので、少々頭にきて飛ばされた種を投げ返した。 その種は、見事真田の眉間に命中する。 「汚ねえもん飛ばすな」 「何も投げ返すことねえだろ!地味に痛いし!」 「ちょっとやめてよ二人とも子どもじゃないんだから」 ハルに仲裁されるのもなんだか気に入らない。 いつも子ども気質なのはどっちだ。 「てか、そんなこと言ったら双木と遥人だって仲良しのくせに…」 「別に仲良くねえし」 「しょうがないよ、勇也ツンデレだから」 しれっとそう言ったハルを睨みつけると、真田は「つんでれ?」と呟いて首を傾げていた。 「…俺と謙太はまぁいろいろあったっていうか…あいつが変わっちゃったんだよ」 「昔は武士みたいな感じじゃなかったの?」 「見た目からして違う、喋り方はそこまで変わってないんだけど…もっと強そうだった」 強そうな上杉と言われてもイメージが湧かない。一体中学時代はどのような人物だったのだろうか。 結局なんなのか分からずじまいで、上杉がハンカチで手を拭きながらリビングへ戻ってくる。 「まさか自動洗浄だとは思わなかった」 「え、マジで?俺も見てみたい」 「小学生のようだな…そんなに見たいなら見ればいいと思うが」 「うるせえ!」 二人の会話はテンポが早くて、まるで漫才を見せられているみたいだ。 宥めながら、思い出したように上杉が小声でなにやら真田に話しかける。 すると、真田はいきなり俺に向かい合って頭を下げた。 「双木、ごめん!」 「はぁ?別にもう謝らなくていいって…」 「いや、そうじゃなくて…」 申し訳なさそうにもじもじとしているが、一体何について謝っているのか。 「その…タバコ。俺のせいで怒られたんだろ」 言われてようやく思い出した。そういえばあの時のタバコは真田のものだったな。 今更どうでもいいのだが、上杉から聞かされたのだろうか。 「別にいい、もう済んだことだ」 「本当に、ごめんな…教師の方にはうちの親から言ってもらった。逆に変な圧力かけてそうだけど、双木の疑惑はもう晴れたから」 「そこまでしなくてもよかったけどな、俺が校則破るなんて今に始まったことじゃねえし」 それにしたってタバコは別問題であるが。 タバコの件に関しては、真田というよりもあの教師に腹が立っていただけだから、そいつが間違いに気づいてくれたのならそれだけで充分だ。 「次勇也に迷惑かけたら俺が潰すから」 「お前が言うと冗談に聞こえないんだけど…本当にごめん!」 「まぁ、冗談じゃないしね」 ハルはケラケラと笑っているが、俺を含めた三人は顔を引きつらせた。 皿の上にあったスイカはあっという間に無くなり、いつの間にか俺以外の奴らは台本の確認をし始めた。 意外と文化祭に関してはやる気があるようだ。 よくよく考えたらきっと真田の親も見に来るのだろうし、皆親の前で下手なことはできないと気を張っているのかもしれない。 「勇也、ジュリエットやって」 「ん…どっから」 「綺麗だよジュリエット。前見た時は清楚だったけれど、今日はずっと華やかで愛くるしい」 ハルがロミオのセリフを言うと、自分の頭の中にジュリエットのセリフが浮かんでくる。 「ロミオも、あの時よりもずっとハンサムだわ」 「あ、この場面ロレンスさんもいるんだったね」 「あの風紀委員長がやってる爺さんの役か」 そんな俺達を見てか、真田はあんぐりと大きく口を開けていた。 「双木、なんでセリフ覚えてんの?」 「こいつの練習付き合ったり、お前らが通し稽古やってるの見て覚えた」 「お前ら二人とも記憶力どうなってんだよ…」 真田は演技こそうまいが、未だに台本を手放すのは不安らしい。 しばらく皆で台本を覚える作業を続けていると、いつしか日は傾き始めていた。 「もうこんな時間か、悪いな、なんか手伝ってもらっちゃって」 「そうだな…そろそろ帰った方がいいだろう」 「うん、勇也の手料理を食べさせるわけには行かないから是非帰って」 客人に対して酷いあしらい方だが、真田も上杉もハルの性分を分かっているからか、ただ苦笑しただけだった。 「あ、そうだ。双木」 帰り際に上杉に呼ばれ、耳打ちするようにこそこそと話しかけられた。 「小笠原と上手くいっているようだから今はいいのだが、もしまた何かされたりしたら遠慮なく言ってくれ」 「お、おう…」 「ちょっと、なにこそこそ話してんの」 不機嫌そうにハルがそう言うので、慌てて誤魔化す。 「それじゃ、また次の練習で。スイカありがとな!」 「世話になった。またな」 二人はなにか言い合いながらも、肩を並べて歩いて帰っていった。 「やっぱりあの二人、よくわかんねえな」 「うん…まあ、案外楽しかったよ」 〝案外〟だなんて言っているけれど、実際ハルの表情から察するに本当はかなり楽しかったのだと思う。 「来年はさ、もっと夏休みらしいことしたいね。二人で」 「夏休みらしいってなんだよ」 「色々あるでしょ、イベントとか」 ということは、俺は生涯夏休みらしい夏休みを過ごしたことがないのかもしれない。 元々紫外線にあまり強くないから夏は外に出ていなかったし、それも仕方ないか。 「俺、あんまりそういうの知らねえからさ…」 「そうなの?」 「だから、お前が教えろよ」 目を合わさずにそう言うと、見えていないけれどハルがニコニコと笑っているのがわかる。 「もちろん。珍しいね、勇也がそんなこと言うなんて」 「うるせえ」 来年の夏なんてまだずっと先のことなのに、俺は自分でも驚くくらいにそれが楽しみだと思っていた。 夏を楽しめるからという理由ではなく、来年も一緒にいてくれるというのをさりげなく認めてくれたことが嬉しかった。 不確かな口約束でも、こんな俺には充分だ。孤独を恐れることなど、もうなくなるのだから。

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