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第121話Full force

盆休みが終わり、夏休み自体ももう終わりが近い。劇の練習は好調、舞台のセットもなんとか間に合い、今は主に通し稽古が行われていた。 「え、お前らもう夏休みの課題終わったの…?」 真田は、まさに絶望といったような顔をしてそういう。真田以外の俺たち三人は、さも不思議そうに顔を見合わせて頷いた。 「俺は7月から少しずつやって、8月中旬には終わらせたぞ」 「俺も7月中に終わらせた」 「課題出るとこ予想してたし、夏休み始まる頃には終わってたよ」 「何でだよおかしいだろ!!お前ら気持ち悪!」 そう言われても、もう夏休みも残すところ数日なのに課題が終わっていないなどと考えたことは無いのでピンと来ない。 「つーか双木はキャラ守れよ!そういう感じじゃないじゃん!」 「そんなこと言ったって…後でやるの嫌だし」 「聡志…まさかまだ終わっていないのか?」 上杉が何気なくそう尋ねると、きつく睨みつけながら無言で首を縦に振った。 「そんなの聡志が悪いんじゃん。計画的にやりなよ」 「お前は一番おかしいから!なんだよ課題の予想って!」 「てか数学の補講もあったのに、よく課題サボってられたね。もっと焦ればいいのに」 ハルの言っていることは正論なので、真田も特に言い返せそうになかった。 真田は意気揚々とスイカを食べに来たものだから、課題など全く気にしていないのかと思っていたが。 「聡志、流石に高校生にもなってお前の課題を手伝ってやることは出来ないぞ」 「いいし別に!つーかお前は俺の分だけやって自分は提出すらしてなかっただろうが!」 「それは昔の話だ。今はちゃんと自分の分をやっているだろう」 真田は気のない声を出しながら項垂れ、体育館の床に寝そべった。 再び体育館で練習をするようになったから、クーラーが効いていなくてひどく蒸し暑い。床に寝そべったところでその暑さは変わらなかったようで、真田は今にも溶けてしまいそうだった。 「三日でやる…俺はやればできる子…」 「三日でできるなら最初からやればいいのに…」 「うるっせーな!俺は追い込まれないとやらないタイプなんだよ!!」 ぎゃーぎゃーと真田が騒いでいると、役者に招集がかかり三人とも行ってしまう。 こうも自分以外皆役者となると、疎外感とまではいかないが少し寂しい。 衣装係の女子達とは最近あまり話さなくなった。 衣装を作り終えたからなのだろうが、なんだかあちらが話すのを遠慮しているように感じる。 まあ、話すだけで疲れるから別にどうでもいいのだが。 通し稽古は順調だった。セットも完成度が高く、リハーサルも問題なく行えそうだ。 上杉も今月の間に演技力が成長して、演劇部から褒められていた。 実際ロミオとジュリエットは演劇部の演目としては滅多にやらないため、演出も難しいらしい。だからこそ今回役者陣の実力が成功への鍵をにぎっているようだった。 「はい、それじゃあ本番まで頑張りましょう!夏休みの最終日、文化祭の前日準備の日に体育館を借りられるので、その時に照明音響も合わせてリハーサルをしたいと思います」 生徒会長がそう言った後、役者以外もそこへ集められる。 「えっと…文化祭1日目のオープニングセレモニーで、各団体の30秒PRがあるんだけど…誰かやってくれる?役者でも役者じゃなくてもいいけど」 一番最初に迷いなく手を挙げたのはハルだった。顔から自信が溢れ出ているので、やはり自分のことをよく分かっているのだろう。 皆がそれに反対するはずもなく、すんなり決まって今日は解散になった。 「あ、裁縫箱忘れた…悪い、取りに行ってくる」 「わかった。昇降口で待ってる」 ハルを昇降口に待たせて体育館へ戻る。よくよく考えてみれば、夏休み前はバラバラに登校して帰りも交差点から一緒に帰っていたのに、夏休み中は自然と一緒に登下校している。 まあ、別に嫌ではない…というか、本音を言えば少し嬉しいから別にいいのだが。 体育館へ入ると、何かドンドンと音がする。覗くように中を伺うと、ジャージ姿の会長がバレーボールのレシーブを黙々と練習しているのが見えた。 裁縫箱を取りに行くためにはそこを通らなければならなかったので、スルーするわけにもいかず軽く会釈をする。 「あれ、双木くんどうしたの?」 「あ、いや…裁縫箱忘れて。すみません、練習してたのに」 「いいのいいの、気にしないで」 相変わらず人がいい。しかし、なぜ今バレーボールをやっているのだろう。劇の練習後で疲れているはずなのに。 「あの…部活ってまだ引退してないんすか?」 「え?ああ…今年は県で負けちゃったから、もう大会はないんだけどね。来月の他校との試合が引退試合なの」 「劇のほうもあるのに、大変っすね」 「んー、私忙しいの好きなのかも。生徒会も劇も部長も、みんなを引っ張りながらやるのは大変だけど、やりがいを感じられてるから」 まるで人間の鑑とも言うべき人だ。普通ならこのうち二つ掛け持つだけでも心身の疲労が半端ではないだろうに。 「怪我とか、気をつけてくださいね」 「ふふ、優しいね、ありがとう…双木くん、私は大丈夫なの?」 「何がですか?」 「衣装係の子が、双木くんは女の子が死ぬほど苦手で実は話すのが苦痛だって言ってて…」 どういうことだ、そんな話一度もしたことがない。だから衣装係の女子達はよそよそしかったのか。 「まぁ、得意ではないですけど…」 「…あ、小笠原くんから聞いたって言ってたから、そういうことかな…」 「はぁ?あいつ何考えて…」 そういうことというのがどういう事なのかはわからないが、ハルはなんのためにそんな嘘を付いたのだろう。 真意は分からずとも、女子と話すのは真田から言われたからであって自ら望んだ訳では無いし、さして気にすることでもないか。 「まあいいや、大丈夫そうだね。本番頑張ろう!」 「はい…会長は凄いですね、何でも頑張れて」 「私にも、中々踏み出せないことは色々あるよ。でも、目の前のことには何でも全力で取り組みたいの」 バレーボールを壁にぶつけて、跳ね返ってきたそれをレシーブで返しながら会長は話し続ける。やはり器用だ。 「何かが中途半端なのは嫌。目の前のものって、いつまでも変わらず存在し続けるわけじゃないから…中途半端な気持ちでやってたら、いつか後悔する。そうならないように、私は全部に全力の気持ちを注ぎたい!」 まるで青春漫画の1ページのようだ。青春というよりは、スポ根に近い精神にも見えるが。 「失敗してもいいの、大切なのは自分の気持ちが確かにあったっていう事実だから。もちろん成功するのが一番だけどね?」 汗を輝かせて笑顔でそういう様は、とても格好よかった。この人はなんて潔いのだろうか。 自分の気持ち…そうだ、いつまでも臆していてはだめだ。相手からの言葉ばかり待っていてはいけない。 「ありがとうございます、勇気づけられました」 「え?なんの?なんか恥ずかしいな」 「あ、いや…劇、頑張りましょうね」 「うん、それじゃあまたね!」 ボールの音が響く体育館をあとにして、昇降口へ向かった。 「遅かったね、何してたの?」 「ん…いろいろ」 ハルは怪訝そうな顔をする。しつこいので、話題を切り替えて誤魔化した。 「…劇、頑張れよ」 「え、う、うん…どうしたの急に」 「別に、ただの気まぐれ」 「あ、笑った」 そう指摘されて気づくが無意識だった。最近は少し表情筋が緩くなったのかもしれない。 「俺、普通に笑えてるか?」 「普通っていうか…俺的にはどストライク」 「は?意味わかんねえ」 「でも、あんまり人前で笑わない方がいいよ」 何故だという念を込めて首を傾げる。真田は笑顔の方がいいと言ってた、みんなで違うことを言わないでほしい。 「勇也全然笑えてないから、いつも不自然だし、笑顔怖いよ?」 「そ、そうか…?」 やはりいつもはうまく笑えていなかったか。無闇に無理して笑おうとするのはやめた方がいいのかもしれない。 「うん、俺の前でだったらいくらでもいいけど」 「別に、お前に愛想笑いする必要ないし」 「やだなあ、心からちゃんと笑ってよ」 ハルの言っていることが訳が分からなくて、おかしくなってまた少し笑う。 きっと、今は普通に笑えていたはずだ。ハルの隣にいる時は自然と笑えるのかもしれない。 やはり人との関わりというのは、良くも悪くも影響があるものだ。ハルも、俺も、少しずつ変わり始めている。 文化祭が、少し楽しみだった。

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