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第123話Festivals
文化祭1日目、今日は強制的に購入させられたクラスTシャツを着ている。サッカーチームのユニフォームを模していて、フリーサイズなため少し大きい。
女子はこの日だけ許されているのかテニススカートを着用して皆で写真を撮って楽しんでいた。
劇のことがあるため、俺と真田はクラスのシフトには入っていなかった。
まずはオープニングセレモニーが体育館で行われる。うちの劇のPRはハルがやることになっていたはずだ、まあ心配はないだろう。
ステージのライトがついて、実行委員長が進行と挨拶を務めている。会長は、ステージ下のパイプ椅子に座っていた。
『それでは、文化祭盛り上げていきましょう!まずは各団体のPRです。それではお願いします!』
ホイッスルのような音を合図に、ひと組目の1年A組が出てくる。ここのクラスは二人でPRをするようで、クラスTシャツを着た男女が看板を持って出てきた。
よくよく見れば男の方はハルだった。クラスのPRまで任されていたのか。
ハルが出てきたことによって会場内はまた黄色い声援に包まれる。知ってはいたが予想以上の人気ぶりだ。
うちのクラスは真田がPRしたが、その手の才能があるのかとてもうまかった。クラス団体のPRが終わり、有志バンドや部活動、そして劇のPRへ移る。
『次は、生徒会と実行委員1年、そして風紀委員会代表グループです。お願いします!』
「僕達は、シェイクスピアのロミオとジュリエットを上演します。2日目一般公開の13時から14時までの1時間です。12時には開場するので、是非早めに体育館に来てください!」
まだ話している途中だというのに、またしても声援が絶えない。ハルも満更でもなさそうな顔で手を振って応えている。
女子達は知らないのだろう、こいつがどんなやつか。可哀想に。
「一回限りの上演なので、見逃すことのないように!体育館内での飲食は禁止ですが、暑いので飲み物だけは持ち込み可です。1年A組のタピオカミルクティーを買ってからきてくださいね~」
そこで丁度ホイッスルが鳴る。ちゃっかり自分のクラスの宣伝まで挟んできた、なんて奴だ。
これで全てのPRが終わり、文化祭が幕を開ける。
俺は急いでトレーニング場へ向かった。
体育館はバンド発表で使うということで、劇の練習のためにトレーニング場を借りることになっていたのだ。
正直練習時間としては不充分だ。どうにかして完璧にしたいが、それは俺の力量次第だろう。
全員で作った劇を無駄にしたくない。
自分がこんな考えを持つようになっていたなんて、少し驚きだ。やはり俺は変わった。
誰かと触れ合うことで、少しずつ。
「みんな、集まってくれてありがとう。でもせっかくの文化祭だから休憩時間を多めにとって、できるだけ皆にも色々回って楽しんでほしいな」
「…あ、でも俺は休める暇なんてないと思うんで、練習を…」
そう言うと、何故かそれをハルが遮る。
「会長が言ってくれてるんだから、そこは頷かなきゃダメでしょ。それに、会長まで練習に付き合わせるつもり?」
「あ、いや…会長、すみません」
「いいのいいの、初めての文化祭なんだから1年生はもっと遊んできなさい」
そう笑いかけて、また全体に会長が話し始める。その時ハルが、俺にだけ聞こえるようにボソリと呟いた。
「それに俺、約束したでしょ。文化祭一緒に回ろうって」
言われて思い出すが、確かにそんなことを言っていた。それに、自分がそれを密かに楽しみにしていたことを。
ハルがそれを覚えていてくれたことに、胸が暖かくなった。
……………………
「それじゃ、行こうか」
ハルは俺の手を引いて、賑わう廊下へと誘う。
繋がれた手に顔が熱くなり、思わず振り払ってしまった。
「あっ…悪い、これは違…」
俺はまだ、ハルの隣に立てる自信が無い。手を繋ぐのなんて、周りから見たら明らかに異様だ。
まだ、俺が女だったら良かったのかもしれない…またそんなことを考えてしまう。
「…いいよ、大丈夫。どこに行きたい?」
そう言ったハルの顔は少し寂しそうで、けれど何かを悟ったような雰囲気もあった。
そんな顔をさせてしまったことに心が痛むが、手を握り返せなかったのはやはり自信が無いからだった。
「なんか、食う」
「分かった。適当にそのへん歩いて探そっか」
今日は校内発表だから、そこまで人が多いという訳でもない。
しかし所々立ち止まって写真を撮る輩がいるので、少し廊下は狭かった。おまけに反対方向から歩いてくる生徒もいるので並んで歩くのは難しい。
人波に流されてハルとの距離が開く、ハルはどんどん先に進んでいってしまうから、このままでははぐれてしまう。
思わずハルのTシャツの裾をきゅっと掴んで引き止めた。
「勇也?ごめん、歩くの早かったかな。人多いから」
「あ、いや…」
Tシャツからパッと手を離すと、その手をそのまま握られる。
周りには沢山の生徒がいて、俺達は男同士で、不釣り合いだ。
でも、ハルが握ってくれた手をもう離したくない。
その時、前から来ていた集団がハルに気づいて声をかけてくる。握られていた手は、ハルの方から離されてしまった。
『遥人!やっと見つけた、どこ行ってたの?』
「あー、劇の練習でちょっと」
『大変だね~ウチら絶対見に行くから』
『ねー写真撮ろ、写真』
その女子達の圧にやられて、思わず距離をとる。
「うん、写真だけなら」
『え~一緒に回ろうよ』
そこでその女子のうちの一人が俺の存在に気づいた。なんだか気まずそうな、おかしなものでも見るような目だ。
『もしかして、この人と一緒にいたの?』
俺のせいで、ハルまで変な目で見られてしまう。
だってハルは、表面上はみんなから好かれる明るい優等生なのだから。俺みたいな不良とつるんでいるのは違和感しかない。
「偶然居合わせただけだ…邪魔して悪かった」
俯きがちにそう言ってその場から離れる。ハルは俺を呼び止めたが、聞こえないふりをした。
写真撮影が始まって、ハルが何か言う声は人混みに紛れて消えていった。
「何やってんだろうな」
そう呟いた声は、誰もいない廊下に響く。特別教室棟の4階、渡り廊下は封鎖されていて、普通教室棟から人は移動して来ない。
そもそもこの棟にあるものといえば生物部や科学部の展示くらいで、ひどく静まり返っていた。
本当に、何をやっているんだろう俺は。
あのとき、ハルの手を握り返していたら…いや、きっとそうしたらあの連中に何か言われていた。
あの好奇や軽蔑を含んだような眼差しが忘れられない。
俺と一緒にいることで、ハルまでそんな風に思われてしまったら耐えられない。
前までこんなことどうでも良かったはずなのに、自分でも呆れるくらい本当にハルのことが好きなんだと自覚してしまってその度に辛くなる。
どんなにハルが俺を好きでも、どんなに俺がハルを好きでも、俺達は世間から認めてもらえるわけじゃない。
隠れていればいい話だけれど、ハルにはそんな湿った暗いのは似合わない。
階段に腰を下ろそうとすると、下の階から誰かが駆け上がってくる音が聞こえる。
こんなところに何の用だろうと階段の方を見下ろした。
「勇也、こんなところにいたんだ」
「あっ…お前、なんで」
こちらへ向かってきたハルから目を逸らしてしまう。気持ちの整理がつかなくて、どうしていいか分からない。
「勝手にどっか行っちゃうから…お昼買ってきたよ、食べる?」
さっきのことに関して、何も怒ったりしない。気にしていないのか、気をつかっているのか。
「…いいのかよ、さっきの奴らのとこ行かなくて」
「なんで?勇也と一緒にいるのに、あの子達のとこ行く意味ないじゃん」
「けど…」
そこで言葉に詰まる。何を言っても、結局自分を余計に苦しめるだけだ。
「たこ焼き買ってきたんだ。俺食べたことないから、食べさせて」
「たこ焼きも食ったことねえの?」
「だって、なんか不味そうなんだもん」
じゃあなんで買ってきたんだよと言いたくなったが、小さく溜息をつくだけに留まった。
ハルが階段に腰掛けたので、俺もその隣に座る。
たこ焼きを容器ごと渡されて、仕方なくひとつ串に刺してハルの口元へ運んだ。
「中熱いから気をつけろよ」
「はーい」
ひと口にそれを食べてしまう。たこ焼きのソースがハルの唇に付着していたので、指で拭ってやった。
「ソースついてる、バカ」
ハルは黙ったままもぐもぐと頬張っているが、少しずつその瞳が潤んできた。
「熱いのか?だから言っただろ」
何やら手をパタパタさせて何かを要求している。袋の中に入っていたペットボトルのお茶を取り出してキャップを開けて渡した。
受け取ったお茶を口の中に流し込み、ようやく飲み込む音が聞こえる。
「ん…あんな熱いと思わなかった。あ、お茶ありがとう」
「どうだった?」
「熱くて味わかんないや」
「なんだよそれ」と思わず口元が緩む。
何故だろう、また普通に笑えている。
「勇也も食べる?」
「自分で食うからいい」
串を取ろうとすると、先に取り上げられてハルも俺と同じようにこちらへたこ焼きを差し出す。
面倒くさいと思いつつも邪魔な髪を耳にかけて、少し息を吹いて冷ましてから口に入れた。
表面を冷ましただけではやはり意味がなかったようで、ハルと同じように悶えながらなんとか咀嚼を続けた。
その間、お茶を俺に手渡したハルは勝手に話し始める。
「返事しなくていいから、食べながら聞いて」
優しく笑っているが、俺の目をまっすぐ見つめるその表情に身構えてしまった。
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