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第124話Festivals②

「ジュリエットのやつ、ごめんね」 予想外の言葉だった。今更そんなことをわざわざ謝るなんて、どういう風の吹き回しだろう。 そもそもハルは何も悪くないのに。 「でも、ジュリエットの練習勇也に付き合わせてて良かったって少し思った。不謹慎だけどね」 確かに、ハルの練習に付き合っていなかったらジュリエットのセリフを完璧に覚えることは出来なかっただろう。 「生徒会長…あの人は本当に神経図太いよね」 また、会長の話。変に意識してしまうから、きっと俺の表情は曇っている。 「でも、皆で作ってきたものを成功させたいっていう気持ちは俺にもあるんだよね。なんでかな、協調性なんて上辺だけのはずだったのに」 ああ、やはり最初は上辺だけのやる気だったのか。劇を成功させたい気持ちは、きっとみんな同じだ。確かにそれは、あの会長あってこその気持ちなのかもしれない。 「俺のジュリエットは、勇也だけだよ」 いきなりそんなことを言うから、飲んだお茶が変なところに入って激しく噎せる。 「っ…お前何言って」 「俺はもう、ロザラインのことなんてどうでもいいんだ」 ロザライン…一体誰のことを言っているのだろう。俺のことなのか、それとも 「母さんは、俺にとってのロザラインだったよ」 ハルの母親が…?そうか、こいつはずっと母親に愛されたくて、努力を重ねてきたんだ。 その愛が、返ってこないものだと知らずに。 「けど、勇也を見つけて好きになった。動機は不純だし、手に入れるまで汚い手ばかり使ったけどね」 「…本当にな」 「愛って、返してもらうことが目的だと思ってなかったから一方的にぶつけたのに、それを受け止めようとしてくれた」 そう思うと、自分でもおかしい。どうしてハルを受け入れる気になったのか。きっと俺も、愛されたことがなくて何もわからなかった。 それなのに今は、こんなにも心がハルで埋め尽くされている。 「ダンスのステップ、まだ苦手でしょ」 「は?なんで急に…まぁ、まだあんまり…」 ハルはスっと立ち上がってこちらに手を差し出した。その姿は王子さながら、ムカつくくらいに格好つけている。 「僕と踊ってはくれませんか」 「…ええ、喜んで」 条件反射でセリフを返すと、そのまま手を引かれて立ち上がらされる。 ハルの手が背中に回され、俺もハルの腕に手を添えた。 頭の中に流れるのはウィンナーワルツ。練習で何度も聞いていた曲。 お互い見つめあったまま、二人だけの世界に溶け込んでいく。 仮面の奥に見えるのはロミオの瞳、このときはまだ、これが許されない恋だとは知らなかった。 「本当に話したいことは、まだ全部言えてない。俺も、勇也も」 ダンスを続けながら、 ハルは耳元でそう囁く。 「だから、文化祭…劇が終わるまで待ってて。理由は言えないけど、信じてるから」 台本では、途中でダンスは止められてしまう。同じようにダンスを止め、名残惜しそうにお互いを見る。 「分かった…待ってる」 「ありがとう」 優しく抱きしめられ、体が硬直する。 ここは学校なのにという不安が今更襲ってきた。 だからといって、ここでハルを拒むわけにはいかない。 周りに誰もいないのを確認して、強く抱きしめ返した。 「残りのたこ焼き、もう冷めたかもな」 「食べやすくなって良かったじゃん。他に行きたいところある?」 「お前が行きたいところなら、どこでもいい」 呆れたように微笑んで、ハルはまた俺の手を握った。今度は離さないように強くそれを握り返す。 「じゃあ、お化け屋敷とかのアトラクションから映画まで、午後の練習までできる限り回ろうか」 「それって疲れねぇ?」 「我儘言わないの、もう決めたから」 お化け屋敷はあまりクオリティの高いクラスはなかった。 映画にしてもアトラクションにしても、所詮文化祭レベルだったが、俺は確かに楽しんでいた。 こんなに楽しいと感じるのは何年ぶりだろうか。今だけは、俺達のことをどういう目で見られているかどうか気にしなかった。 怖くなくなったわけではない、今は繋がれた手が自信を持たせてくれている。 ハルは、午後の練習が始まる前までずっと手を離さなかった。俺の手の力が緩んでも、それを引き止めるようにぎゅっと握りかえしてくれる。 なんだか夢を見ているみたいだった。 「はい、それじゃあ今日の練習はここまで。て言っても、明日はもう本番なんだけどね」 午後から練習が始まって、今はもう最終下校時刻の7時になっていた。衣装の調節、証明と音響、そして演技と会長との連携。皆が尽力したため、なんとか問題なく上演することができそうだ。 「本当に…一時はどうなるかと思った。私のせいで、劇が台無しになるんだって。でも、みんなのお陰で無事本番を迎えられます。本当にありがとう」 会長の目には涙が浮かんでいて、隣にいた副会長がそれを宥めながら代わりに話を続けた。 『これ以上会長が喋ったら泣いてしまいそうなので、これは明日の本番後に取っておきましょう。明日は午前中からすぐに準備が始まります。それでは、頑張っていきましょう!』 全員が大きく返事をする。初めは皆やる気など感じられなかったのに、ここまで気持ちを揃えられたのはやはり会長のお陰だ。 成功させよう、必ず。 そして、終わったらちゃんとハルに話すんだ。 心の内の不安を、俺のハルに対する想いを。

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