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第125話Romeo and Juliet
文化祭2日目、一般公開。
9時になると一般の客がぞろぞろと校内へやって来る。うちは公立高校だから、特に入場の制限はない。
そのため客層は他校の生徒、志望校見学を兼ねた中学生、生徒の保護者や地域の人など様々だった。それなりの進学校で名前も売れているためか随分賑わっているようだ。
一方こちらでは劇の準備に追われていて、役者のメイクや大道具の設置、音響照明の最終チェックを行っていた。
「その、ワックスを使わないと駄目なのだろうか」
そう言っていたのは上杉で、ヘアメイクを担当している女子と何か話し合っている。
『ダメだよ~絶対こっちの方が格好いいって』
大人しく椅子に座らされた上杉は頭にワックスを塗られてオールバックになっていく。その目つきもあってかとても凄みがある。
真田が強そうだったといっていた意味がわかった気がした。
「本当にこの方がいいか?怖くないか?…中学の時を思い出して嫌なのだが」
『え~上杉くん中学のときこんな感じだったの?意外~でも似合ってるよ』
女子に褒められちやほやされている上杉を尻目に、真田は舌打ちしていた。
「なんであいつがモテんの、ムカつく」
「背ぇ高いだけで勝ち組だからな」
「双木、それ自分のことも貶してるからな」
「うるせえ」
ハルは相変わらず女子に囲まれている。髪の毛のセットなども任せているようだが、いつもとは違うその雰囲気に思わず見惚れてしまいそうになった。
『双木くん、双木くんもそろそろメイクしていい?』
「まだ心の準備が…」
『10分前も同じこと言ってたよね?メイクしたあとにウィッグとドレスも付けなきゃいけないんだからいい加減観念しなよ』
「やっぱりメイクとかは…」
『つべこべ言わないの!みんな、来て!』
それを合図にメイク道具を手にした女子が集まってきて押さえつけられ、無理矢理メイクを強行される。
「なんだそれ…それでまつ毛挟むのか?ぜってえ嫌だ」
『瞼挟むわけじゃないし痛くない!』
『やば~いマジでまつ毛ながい』
「もう…充分だから」
『もうちょっと我慢して』
『あと少し』
一体自分の顔面に何をされているのか分からない。
まつ毛に何か塗られそうになって目を閉じるとひどく叱られた。だめだ、女子は思っていたより凶暴で怖い。
『できたー!』
『ヤバい超可愛い!見て!』
「うわ…気持ち悪くねえか、これ」
鏡を見せられるが、自分の顔に化粧されている違和感が半端ではない。
マスカラだのアイラインだのをつけられて目がくっきりと強調され、頬はチークでほんのりとピンク色になっていた。
『ご飯食べたら、発声練習して、その後誰かにリップ塗って貰って。衣装とウィッグは本番前にやるから』
「おう…」
女子達がわいわいと騒ぎながら離れていき、俺は飯を食いながら手渡された鏡をもう一度じっと見つめる。
ハルは、こういう顔の女のが好きなのだろうか。
確かに化粧によって女っぽくはなったが、化粧なんてしなくても女子は皆最初から可愛らしいし、男が可愛さなんかで張り合えるわけがない。
別に俺は可愛くなりたいとは思っていないが、ハルの隣にいたいならそっちの方がきっといい。
小さくため息をつくと、鏡にロミオの衣装が映るのが見えた。
「どうしたの、自分に見惚れちゃった?」
「んなわけねえだろ、こんな気持ち悪い…」
「見せて」
肩を叩かれ、振り返る。既に全ての衣装を身につけてヘアメイクを終えたハルの姿に息を飲んでしまう。それくらいに似合っていた。
「可愛い…」
そう言ったハルの顔は、いつもの様な不敵な笑みではない。目を丸くして、空いた口から自然と言葉がこぼれてしまったかのようだった。
「別に、可愛くねえし」
「あっ…えっと、ご飯食べ終わった?」
珍しくハルが狼狽えている。不思議に思いながらも、あと少しで食べ終わる弁当箱の中身を見せた。
「じゃあ、食べ終わったら俺がリップ塗ってあげる。その前にピアス外しちゃうね」
ジュリエットがピアスをしていたら確かに変か…しかし、ハルの耳を見ると依然としてブラックダイヤが煌めいている。
「お前、新学期始まったのにピアスはずしてねえじゃん」
「ん?バレないし別にいいかなって。ロミオも別に客席から見えないから大丈夫だってさ」
まあ、ひとつなら目立たないか。俺はそうもいかないが。
同じブラックダイヤのピアスをつけ続けてくれているのがなんだかこそばゆく感じたが、自分が今それを外されてしまうのはなんとなく嫌だった。
しかし、ハルは俺の耳にブラックダイヤのピアスのみを残して他を外した。
「なんで、それだけ…」
「一応ウィッグ被るし、ひとつくらいついてても分からないよ」
「…まあ、そうだな」
別に、嬉しいだなんて思わないがさり気なくそのピアスに触れてみる。ハルが触ったときのようなひやっとする感覚はない。俺の手も耳も少し熱かった。
「食べ終わった?」
「ん。歯ぁ磨いてくる」
「待ってるね」
席を立ち上がる時にハルの方をちらりと見たが、手に持っているのは恐らくリップだろう。自分ではうまく塗れないだろうから助かるのだが、あのリップも女子の誰かのものなのだろうか。
「終わった…なあ、その口紅?リップ?誰のなんだ」
「ああ、これ?なんか有名なブランドのらしいけど」
見た限り新品のようだが、そんなもの俺が使って大丈夫なのだろうか。
「新品使うのは悪くないか…その、相手に」
「いや、これ俺が買ったやつだから問題ないよ」
「は…?」
怪訝な顔をしてハルの方を見る。
まさか、ハルにはそういう趣味があったのか?
「勇也がジュリエットやるってなったから、昨日急いで取り寄せた」
「いつの間に…」
「だって他の子のリップで勇也が間接キスなんて嫌だし」
自分の独占欲を隠しもせず露わにする。俺もこのくらい正直ならいいのかもしれないが、こいつはもっと周りに気を遣うべきだ。
「とりあえず塗ってあげるから、ちょっと上向いてね」
ハルは立ち上がって中腰になり、俺は椅子へ座って上を向いた。
顎に手を添えられて心臓が跳ねそうになる。ハルの顔が近くにあるから、まともに前を向いていられない。そんな必要はないと分かっていても、目を瞑ってしまった。
「勇也、ちゃんと目開けて…それ、ダメだよ」
別に口に塗るのだから目は関係ないだろうとうっすら目を開くと、口元を押さえているハルが見えた。少し耳が赤くなっている。
「なんでだよ、早く塗れよ」
早く終わらせてほしいので急かすように催促すると、耳元でボソッと呟かれた。
「キス…したくなるから」
その言葉に体が硬直してしまい、顔に熱が集まってくる。その間にハルは俺の唇を軽く開かせてリップを引いていった。
「はい、できた。うん…綺麗だよ」
「あ、ありが…と」
ハルは女子達に呼ばれ、一度俺の手を撫でてからこの場を去っていく。
もう一度鏡を見て、自分の顔がチークとは関係なく赤くなっているのに気づいた。
まるで、ハルが引いた真っ赤なリップのように。
『役者そろそろ移動してー』
舞台監督の指示で役者はぞろぞろと歩いて体育館へ移動していく。始まるまで舞台袖で待機することになっていた。
俺はこれから衣装とウィッグをつけるので、本番が始まるギリギリに体育館に裏口から入る。
というのも、劇が始まる前にバレると色々と面倒だからだ。
「じゃあみんな、私は音響室から見守ってます。落ち着いて、全力で行きましょう!」
円陣を組まされ本番前に全員の気持ちを揃えたところで、俺は部屋に残り着付けをされていた。
『双木くん息止めて!』
「待っ…死ぬ」
女性用なので流石にウエスト部分を直すのは大変で、コルセットを腰に付けられた。
苦しくて死にそうだが、そうでもしないと男の骨格でこのドレスを着るのはきつい。
微調整は出来ても、なかなか中心パーツの布を増やすわけにはいかなかった。
『はい、じゃあウィッグつけるね。誰かチョーカー付けてあげて』
ブロンドのウィッグを被らされる。その間も鏡が見えていたが、ここまですると別人に見える。
「これ…男ってバレねえ?」
『バレないバレない。超可愛い』
『てか双木くん、女子苦手って聞いたけど大丈夫そうじゃん』
「ああ、あれはその…」
『ジュリエット準備できたー?もう客入れしてるから急いで!』
その言葉を合図に、女子に壁になって貰いながら外の裏口へ向かう。
一度廊下へ出た時、ロミオとジュリエットのチラシを持った生徒がぞろぞろと体育館へ向かっているのが見えた。
『ねえ、政美骨折したって聞いたけど、劇出来んのかな?』
『なんか代役立てるんだって。ほら、ここにも訂正で書いてある』
『え、それって大丈夫なの?誰がやるんだろ』
やはり噂になるのもしょうがないか。文化祭の前日準備の時点で役者が変わったとなると、誰もが不安に思うだろう。
だからこそ俺の責任は重大だ。トラブルなどは何も起こらず、無事に本番が成功することを祈るしかない。
舞台袖へ着くと役者は既にスタンバイしていて、上下に分かれていた。ハルは上手からの登場なので、下手に控えている俺とは本番まで顔を合わせない。
アレをしていないが、表情はうまく作れるだろうか。
しばらくすると開演ブザーが鳴り、観客席は静かになる。
そして、舞台の幕が上がった。
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