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第127話Romeo and Juliet③

さっきの音は、マイクの接続が切れた音だったんだ。 セリフは覚えているがマイクは無いし声は男だし、会長があそこから叫ぼうにも、体育館には響かない。 せっかくここまでやってきて、無事に劇が終わろうとしていたのに。 こんなことで簡単に壊れてしまうのか。 観客は俺のセリフを待って皆こちらを期待の眼差しで見ている。 どうすれば、どうすればいい? セリフを使わずに、アドリブで俺がやりきるしかない。 愛する人が目の前で息絶えている。そんなときジュリエットは…俺だったらどうする? ロミオ、ねえロミオ、置いてかないで。 私も一緒に行く。あなたの妻だもの。 あなたと一緒に行く。 争いのない綺麗な空の上で、 二人でいつまでもどこまでも歩いていくの。 本当はあったはずのセリフ。 共に行きたい。もう息をしていない愛しい人、この地上で愛し合えないのならば、せめて空の向こうで。 仰向けに倒れたロミオの頬にそっと手を添えた。 そう思うと自然と目から涙が溢れてくる。感情移入してしまったのか、それとも目の前のハルがあまりにも美しく本当に死んでいるようだったからか。 ロミオの顔を見つめて、額にキスを落とした。流石に口にするわけにはいかなかったが、さっきのお返しに。 ハルが俺を置いて行ってしまったら、きっと俺はこの先ジュリエットと同じ選択肢を選ぶ。 愛する人のためなら、何も惜しくない。 そのために命だって投げ捨てられる。 目に映ったロミオの短剣を手に取って、静かに自分の胸へと突き刺した。 私の今が全てなくなっても、私はきっと あなたの側にいるの。ずっと、ずっと。 お休みなさい、愛しいロミオ。 そのままロミオに覆いかぶさるように倒れる。こうして、ロミオとジュリエットは一緒になれた。 観客席からは、鼻を啜るような音や声を押し殺した泣き声がちらほらと聞こえてくる。 その後はロレンスがやって来てその惨状を目にする。 この惨劇をきっかけに、キャピュレットとモンタギューの不和は解消され、平和が訪れるのだった。 終演の幕が降りていく音がする。会場は、見事拍手に包まれた。 やった、やったんだ。なんとかやりきることが出来た。 幕が降りきるまで俺はハルの上に被さったまま。密着しているから心臓の音が聞こえてしまいそうだ。 この劇が終わったあと、ハルとようやくちゃんと話せる。色々な念を込めて、観客からは見えない側の手でハルの手を握った。 幕が全て降りて、一度役者が舞台に集合する。カーテンコールも拍手喝采がおこった。 劇は大成功と言えよう。俺からしてみればハプニング続きだったが、観客からは分からなかったはずだ。 カーテンコールを終えて袖に戻ると、会長が松葉杖をつきながら駆け寄ってくる。 「ごめんなさい、双木くん!マイクが…」 俺が何か言う前に、ハルが前に出て言葉を発した。 「見てたでしょ。勇也のお陰で、ちゃんと何とかなってましたよ。会長は悪くないですし」 「…そうだね、本当によかった。皆、本当に、本当にありがとう!」 泣きながら喜ぶ会長を、副会長が宥める。 役者も裏方も全員集まって劇の成功を欣喜した。 役者は観客に群がられることのないよう、裏口から抜け出して衣装を着替えていた部屋に戻った。 『男子はこっちで、女子はこっちの教室ね。双木くんと小笠原くんは表彰式あるから衣装そのままで!』 「表彰式?俺が出なくても別に…」 『主役なんだから、ちゃんと賞状受け取ってよ。絶対何か賞取れるし』 『会長は司会で舞台袖にいるからできないしね』 ということはエンディングセレモニーが終わるまでずっとこの格好…クラスの連中にはバレないように気をつけなければ。 男子が着替えている教室に入り、ハルの姿を探す。見当たらないのでその場にいた上杉と真田に声をかけた。 「ハ…小笠原見なかったか?」 「おう、お疲れ。双木のジュリエット超よかったよ!泣きの演技なんてできたんだな」 「あぁ、そりゃどうも…」 「聡志、先に質問に答えてやれ」 上杉が呆れたように言うと、一度上杉の方を睨みつけてから真田は首を捻った。 「さっきまでこの辺にいたけど…あ、そういえば生徒会長が保健室にいるからなんとかって」 「なんで保健室…」 ズキンと胸が痛む。終わったら話すという約束だったのに。俺を置いて会長の所へ行ってしまったのか。 「会長は少し頑張りすぎたようだな、それで恐らく…おい、双木どこへ行く?」 「保健室」 いつの間にか俺は保健室に向かって走り出していた。足元はパンプスだからか走りにくい。けれどそんなことも気にしていられなかった。 早く、ハルに…誰かに取られるなんて、そんなの嫌だ。 俺がドレス姿のまま廊下を突き進んでいくと、劇を見に来ていた生徒達が群がってしまう。 『え、ジュリエットじゃん!』 『やっぱ可愛いな、1年生?』 『背高いね~モデルみたい』 『一緒に写真撮ってよ』 まずい、今ここで声を出したらバレてしまう。 どうしようかと戸惑っていると、三年生であろう男子生徒が近づいてきた。 この学校の生徒にしてはチャラチャラした見た目で、雰囲気はイケメンなのかもしれないがハルの方が何倍も整っている。 『可愛いね、きみ。よかったらこのあと俺と一緒に回らない?』 「ひっ…!」 腰に回された手の指がそっと腰から太腿にかけてを撫でていく。そのあまりの気持ち悪さに小さな悲鳴が漏れた。 『可愛い声してるね。劇の時は生徒会長が声当ててたの?ねえ、名前教えてよ』 こんな男、拳で一発殴れば問題ないのだがそういうわけにもいかない。周りの生徒も、三年生に口出しできず見ているだけで助けてはくれなかった。 『黙っちゃって…緊張してる?俺が解してあげよっか』 下品な笑みを浮かべ、いやらしい手つきで尻を執拗に撫で回される。寒気で身震いしてしまう。この男をはっ倒すことはできないだろうか。 その男とどうにか距離を取ろうと悪戦苦闘していると、俺が向かおうとしていた方向から人をかき分けて誰かがやって来る。 それが衣装を身にまとったハルだというのは容易に分かった。 「それ、俺のなんで」 そう言ったかと思うと俺の腕を強く引いてハルの腕の中に収める。他の生徒には見えていなかっただろうが、ハルはその冷たい目でキッと相手を睨みつけていた。 身長もハルの方が幾分高いので威圧感がある。戦いたその男を背にして、いきなりその場で姫抱きされた。 『お姫様抱っこ?!』 『やっぱりアレって本当にキスしてたのかな』 『うそ~遥人くん狙ってたのに…』 ギャラリーが賑わう中、慌てたように男がその場から声をかける。 『ま、待てよ!その子の名前くらい教えてくれたっていいじゃんか』 「名前…?」 ハルは階段の前で立ち止まると、ふっと笑って振り返った。 「ジュリエット…僕の妻です。以後お見知りおきを」 そんなクサいセリフを吐き捨てて、颯爽と俺を抱えて保健室へ向かっていった。 一階の保健室前の廊下には出し物が無いせいか生徒はほとんどいない。 「…その、悪かった」 「なんで勇也が謝るの。何もされてない?」 「なんか…すげえ触られた。殴ろうと思えば殴れたけど、この格好だったから」 「あの状況じゃ仕方ないよ。あーくそ…最悪」 俺のことを抱きしめて、背中をさする。 周りに人はいないが、少し気にしてしまう。 それに、さっきは寒気しかしなかったのに何故か今は顔が熱くなってきている。 「なんでその格好のまま一人で来ちゃったの」 「…お前と話したかったから」 僅かな声量でそう言うと、更に強く抱きしめられて頭を撫でられた。 「そうだったね…ごめん」 「お前はなんで保健室…会長のところに」 「ああ、具合悪いっていうから付き添ってたのと、劇でアドリブ入れすぎだって叱られてた」 生徒会長に付き添っていたのは事実だったのか。胸が痛む。 「劇中で二回もキスしやがって…セリフ変えんなよ」 「勇也があまりにも綺麗でつい」 「なっ…」 曇のない眼でそう言われるから何も言い返せず照れてしまう。 でも…やっぱり女の格好をしているからそう思うのだろうか。 「そうだ、会長が勇也のこと呼んでた。行ってきてあげて」 「俺が…?なんで」 「俺、待ってるからさ…」 そう言ったハルの顔は何故かとても寂しそうで、本当はこの場を離れずずっとハルの側にいてやりたかった。 けれど会長を放っておくわけにもいかないので、重い足取りで保健室に向かう。 「失礼します。会長、大丈夫ですか?」 「双木くん…?本当に呼んできてくれたんだ」 「あの…なんで俺を」 会長は具合が悪いのか俯いていて、心なしか顔も赤い。熱でもあるのだろうか。 「うん、当たって砕けろっていう言葉もあるしね」 「は、はあ…それはどういう」 「私ね」 そこまで言って、俺の方をまっすぐ見つめる。 「双木くんのことが好きなの」

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