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第128話Love Confession

好き…?誰が、誰を…? 会長が俺のことを好きと言ったのか? 自分でも理解が追いつかなくて、明らかに間違った返しをしてしまう。 「え…何があったんですか」 「何があったって…面白いね」 クスクスと笑っている。先程告白をした側とは思えないほどに会長は落ち着いていた。 「私ね…兄がいたの。双木くんみたいな不良だったけど、すごく優しくて。だから私は兄さんが好きだった」 「お兄さん、いたんですね」 普通に返してしまったが、なぜいきなりそんな話になるのだろうか。未だに頭の中がこんがらがっている。 「うん。でも、去年事故で亡くなっちゃったの。兄妹だから、許されないからって思って一度も想いは伝えられてなかった」 〝許されない〟その言葉に思わず反応する。ロミオとジュリエット然り、俺とハル然り… その兄の話を考慮すると、レシーブをしながら言っていた先輩の言葉がさらに重みを増す。 「兄さんと双木くんを重ねて好きになった。けど、双木くんには双木くんのいいところが沢山あって、もっと好きになったの」 自分の境遇を恐れもせず、正直な気持ちを伝えるこの人は本当にすごい。 人からまともに告白されたのなんて初めてだけれど、俺はこれに応えることはできない。 けれどそれをどうやって伝えたらいいのだろう。うまい言葉が見つからない。 「私は好きって気持ちを伝えたかったから言っただけ。この後どうこうしようとは思わないよ、それにきみは__ 」 「俺、好きなやつがいるんです。どうしようもないくらい。だから…ごめんなさい」 会長はキョトンと目を丸くした後、また笑みを浮かべた。 「あーあ、フラれちゃった。でもね、私はそれ知ってたの。知ってた上で伝えたかった」 「凄いですね…会長は」 「またそれ?私は凄くないよ、ちょっと勇気を出しただけ」 そのちょっとの勇気を出すのがどんなに大変なことか、いや、きっとこの人も大変だったはずだ。 それでもこうやって全力の気持ちを伝えてくれた。 見習わなければならない。俺もこんなふうに堂々と気持ちを相手に伝えられたらどんなにいいか。 「そのどうしようもないくらい好きなやつにちゃんと気持ちを伝えないとね?多分その人、今そわそわしながらきみのこと待ってるから」 「会長は、何か知ってるんですか?」 「うーんまぁ、半分は憶測だけどね。その人とこの前話したの。きみ、本当に愛されてるんだね」 意味有りげな言い方をするが、この人は一体何者なんだろう。すべてを見透かされているようだ。 佳代子さんにしてもそうだが、女という生き物はつくづく強いものだと思う。 会長は松葉杖をついて、保健室から出ようとしている。 「え、どこ行くんですか」 「多分、ここにその人くるから。私は生徒会室に戻るよ。表彰されたら、また劇のメンバーで集まってお祝いするからね」 「その…ありがとうございました」 「いいんだよ。私も言えてよかった。じゃあ、お互い本音で、全力で…ね」 会長が保健室から出ると、しばらくして入れ違いにハルが中へ入ってくる。会長の言った通りだった。 「勇也、その…どうなったの?」 不安そうな顔をしている。ハルは、会長の気持ちをもっと前から知っていたのかもしれない。仮に俺が逆の立場だったとしたらきっと耐えられない。 それを隠して、俺を信じると言ってくれた。 感極まってハルにタックルする勢いで抱きつく。 「う゛っ…ゆう…や?」 くぐもった声で呻くハルの唇を、自分の唇で塞いだ。 流石のハルもいつもの余裕はなく、驚いているのがわかる。 「勇也…いきなり、なんで」 「ハル」 勢いで言ってしまったが、自分でもあとから恥ずかしくなってハルの胸に顔を埋めてしまう。 「本当にどうしたの?ちょっと待って、俺今絶対変な顔してる」 「ずっと…不安だった」 「不安…?」 ずっと思っていたけれど言えなかったこと。 今言わなかったら、きっと後悔する。 「俺は…お前には相応しくないんじゃないかって」 「そんなこと…」 行き場を失っていたハルの腕は、俺の背中へとまわされた。 「お前の隣に立てる自信が無い。俺達は男同士だし、お前は優等生だから…俺みたいなやつと並ぶのは不釣り合いなんだって」 「でも、俺はこんなに勇也のこと」 「好きなだけじゃどうにもならないことだってある。もし俺が男じゃなかったら、可愛げのある女だったらって何度も考えた」 そこまで言うとハルは黙ってしまう。抱き締める腕に力が入ったから、きっと悲しいときにするあの顔をしているはずだ。 「現に会長は美人だったし…愛嬌もあったし、お前が会長のことを好きになったのかも知れないとまで思った」 けれどこれは、さっきの事実からすると相対することであって、ハルの方がずっと辛かったに違いない。 「だから、さっき会長の話を聞いて…お前がどんな気持ちで今日まで過ごしてきたか考えると辛くて…」 「うん…」 「でも、やっぱりまだ不安なのは変わらない。お前が俺のことを好きなのは、女みたいな顔をしてるからなのかもしれないし、女装してたから綺麗だって言ってくれただけなのかもしれない」 やっぱりダメだ、言葉が纏まらなくて、焦ると涙が零れてしまう。伝えたいのに、うまく言葉にできない。 「俺は、お前が思ってるよりもずっとお前のことが好きだ。好きで…どうしようもなくて、その度に自分のことを恨む」 こぼれていく涙を、ハルは何も言わずに衣装の袖で拭う。ロミオの衣装にマスカラがついてしまったけれど、ハルはそんなことも気にしていなかった。 「周りに認められずに隠れているのはお前には似合わない。けど俺は、お前の側にいたい。自分でも、どうすればいいか分からなくて…ただお前が好きで、それだけなのに」 続けようとした言葉は涙に呑まれて、そしてハルの唇に吸い取られていった。 強く腰を抱き締められて、コルセットが苦しくなる。 もっと締めていい、このまま気持ちごと押しつぶされてしまいたい。 「ありがとう、全部話してくれて」 唇を離したハルはそう言うと、頭を撫でながら言葉を続けた。 「とりあえず、会長の告白は断ったんだね?」 涙を流したまま、小さく頷く。 「本当によかった…すごく不安だったから。ほら泣き虫さん、そんなに泣かないで。メイク落ちちゃうでしょ」 俺が勇気を出してあんなに喋ったのに、いつも通りみたいでムカつく。 でもハルの顔は心底安心したような、慈愛に満ちた表情をしている。 「俺は、男だからとか、女みたいだからとか、そんなの関係なく勇也が好きだよ。何度も言ってるんだから、いい加減覚えて」 「だって…それは」 「もう、ちゃんと鼻かんで。落ち着いてから話そ」 ティッシュを鼻に持っていかれ、鼻をかんだ。そのゴミをハルがゴミ箱に投げ入れて、保健室のソファに腰掛ける。 おいでと手で招かれて、指図されるまま向かい合わせにハルの膝の上に座った。 ドレスがかさばって邪魔だったが、ハルがしっかりと俺の上半身を支えている。 「…辛い思いばかりさせてごめんね。それなのに今日まで言わずに我慢してたんだね」 「でも、それはお前も…」 「うん、俺はもう解決したからいいよ」 そういえば保健室のドアを閉めていないが、誰も通らないだろうか。 なんて、そんなことを今は気にする余裕もなかったのだが。 「俺が好きなのは勇也だけ、勇也自体が好きなんだよ。だから好きな人がメイクをすれば綺麗だと思うし、可愛い服を着れば可愛いと思う」 「…でも今日に限ったことじゃねえし」 「それは…好きだから、何割増にもそう見えるっていうか…反応とかいちいち可愛いんだもん」 嬉しくないのに、顔は勝手に火照り始める。 俺もハルが好きだから、こうやって言われるとこそばゆい気持ちになるのかも知れない。 「勇也の好きなところを挙げたらキリがないけど、俺だって勇也が思ってるよりもずっと好きだよ」 上半身を引き寄せられ、ハルの顎が俺の肩に乗る。少しくすぐったくて身をよじった。 「男同士とか、関係ない。人を好きになることの何が悪いの?好きな人とキスをして、抱きしめ合うのは普通のことでしょ?」 また、目が潤む。気にしていたのは俺だけだったのか。 「世間が認めてくれなくても、俺達が隠れる必要は無いよ。どんなに後ろ指さされても、俺が勇也を好きなのは変わらない。それで責められることがあるのなら、こんな世界で暮らすの、こっちから願い下げだよ」 今度はまっすぐ俺を見つめている。泣いて酷くなった顔をまた袖で乱雑に拭いて、頭を優しく撫で続けた。 「勇也は女の子の代わりでもない。誰にも代えられない存在だから。女の子みたいに扱ってるんじゃなくて、大切にしたいだけ。わかってくれる?」 嗚咽を漏らしながら、何度も頷く。 それを見て満足そうに笑うと、両手をぎゅっと握った。 「折角だから…今日から正式に、俺の恋人になってください」

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